mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

これぞ、春の夢か

2016-03-30 16:04:51 | 日記
 
 昨日も今日も、暖かい。最高気温が22℃になると予報がいう。5月の気温だ。半袖でも過ごせる機構ということである。一昨日のように曇り時々晴れ、気温が一桁台と低いのでは「寒の戻り」がつづくと思えたが、昨日、今日のこの気温と陽ざしは、何か新しいことをはじめてみようかと、気持ちまで前向きにさせる。「気持」だけね。荒川沿いにあるサクラソウ自生地に出かけて、2時間ばかり「お花見」をしてきた。サクラソウはきれいに咲いていた。ノウルシがまだ背を大きく伸ばしていないから、全身が見える。ノウルシも根株の赤い苞が残って見えている。アマナも幾種ものスミレも、カントウタンポポやシロバナタンポポも花をつけて、春を言祝いでいる。今年開花宣言の早かった桜もむろん、3,4分咲き。日当りのいいところは、明後日くらいには満開になるだろう。ユキヤナギやレンギョウがにぎやかな雰囲気を醸し出している。
 
 気持ちだけ前向きの私は、家に帰ると閉じこもって、本を読んでいる。
 
 渡辺靖『沈まぬアメリカ――拡散するソフト・パワーとその真価』(新潮社、2015年)。
 
 《これまでの「地域コミュニティ」に限定されない「テーマ・コミュニティ」を主題に据えた》
 
 と狙いを語る。コミュニティというと私たちは、自分が住まう地域、あるいは国を考える。「アメリカという国」を対象とすると、いまや「凋落のアメリカ」、「衰退するアメリカ」が主たる話題になる。だがアメリカが育んだ「ソフト・パワー」となると、俄然、話は違ってくる。アメリカ映画、グーグルやフェイスブック、企業経営や国際機関を動かす方法、軍事的席巻やポリティカル・コレクトまでを、「アメリカのソフト・パワー」の側面からみると、(私の身の周りを眺めるだけでも)ずいぶんな広がりを持っていて、受け容れられているとみることができる。
 
 それを「テーマ・コミュニティ」と呼んで、渡辺は考察の対象を絞る。アメリカという国が育んだ「文化=ソフト・パワー」が世界に受け容れられ拡散していく様を描き獲ろうとしている。むろんそれらを、「アメリカ帝国の覇権」とみて「新植民地主義」と警戒する向きも多い。だが必ずしも、アメリカの政治的力や軍事的力や経済的な力によって押し付けられたものというわけではなく、アメリカの文化が(むろんヨーロッパのそれや日本のそれや他の国々のそれらと相対的に)好ましく思われて受け容れられている側面を見逃すことはできない。もちろんフーコーの見立てにまで及べば、喜んで受け容れる構造がかたちづくられてきているとも言えなくはないが、それはひとまず措いておこうソフト・パワーがいま、世界でどう拡散しているかを、考察している。
 
 面白い。アメリカという国が生んだ「文化」を、7つの領域に分けて、子細に追っている。
 
1) アメリカ高等教育の世界的な広がりに目をやる「ハーバード」と「リベラル・アーツ」。UAEでのニューヨーク大学の設立と展開は、目を瞠るものがある。と同時に渡辺は、それがアラブ諸国の人々のアイデンティティと齟齬をきたさないかどうかにまで目を配って考察する。
 
2) 「毎日が低価格」を看板に小売業で世界へ乗り出したウォルマート。その株主総会を称して参加者の女性は「ウォルマート・ネイションのお祭り」と呼んだと記す。反面、韓国、台湾、香港やシンガポールに進出するウォルマートが引き起こす労働問題に目を留めて、その意味を問う。
 
3) 「反知性主義」と言われながら、アメリカの「キリスト教保守主義」を大きく塗り替えて活性化させてきたメガチャーチが、シンガポールではリベラル派によって運営されていたり、韓国では世界最大のメガチャーチを擁するという。 
 
4) 「人種や身分の分け隔てない教育」を中核とするTV番組、「セサミストリート」。三十の言語、百五十カ国にローカライズされて現地語の子ども教育番組として広がりを見せている。日本におけるように英語学習番組として放映されて来たのとは異なり、アメリカンリベラルの文化的な伝播と見ることができる。渡辺は「文化外交」と呼んで、それを検証している。
 
5) 「政治コンサルタント」の広がり。何、それ?  と思うかもしれないが、ロビイストやシンクタンクと違って、イメージ戦略やメッセージ戦略のコミュニケーションを担う、大衆社会アメリカに発生した独特の業界だ。日本でも最近は、安倍政権のそれを担当する「政治コンサル」が介在していると言われている。日本では選挙の時くらいしか顔をみせないようだが、アメリカでは世界戦略にも口出しを求められているようである。その政治手法が世界に越境していると渡辺はみる。イギリス、イスラエル、インドネシア、ボリビアなどに、アメリカ人の政治コンサルタントが重用されたとある。世論操作のエージェント(スピン・ドクター)であることが、かえってアメリカ民主主義を掘り崩す役目をしているのではないかと、渡辺は疑問を呈して、こう述べる。
 
 《トクヴィルは「アメリカのデモクラシー」の中で、アメリカ人の自治と独立の精神を称賛した。確かに、合衆国憲法に規定されたような民主主義の制度設計は大切だろう。しかし、そうした精神や気質、いわゆる「心の習慣」なくしては立派な制度も機能しない。……しかし、スピン・ドクターやビッグデータが支配する政治空間にあっては、個人の実存性や内面性が顧慮されることはなく、個人(ないしその群れ)は計算かつ制御可能なものに矮小化されかねない。》
 
 かつての「人工国家」としての建国モデルは色あせて、机上の知恵に合わせた統計的操作によってつくられる現実に、暮らしている人間が適応しなければならないという逆説が、ミシェル・フーコーの見てとったように浸透しつつある。人間が変わりはじめているのだ。
 
6) 功成った地域事業者、つまり地域ミドルクラスの親睦組織と思っていた「ロータリークラブ」が、日本では1920年に創設されたことを、私はこの本で知った。奉仕活動を第一義とする有産者の団体とは思っていたが、世界二百以上の国・地域に120万人に及ぶ会員を持つというのには、驚かされる。これを渡辺は、「こうした結社づくりはアメリカ人の十八番でもある」としてトクヴィルが「アメリカ人が公共の問題のために大きな犠牲を払う場面をしばしばみた……必要に応じて彼らが誠実に助け合う」と賞賛していることを付け加えている。その初めに、ピルグリム・ファーザーズとして大陸に渡った彼らが自律と相互扶助の精神を培いつつやってきたことは疑いもない。日本の「ボランティア」という奉仕活動がどこか偽善的な響きをもつのは、AO入試の評価の対象になったり、高校や大学の「単位」に読み替えられたりするからでもあるが、基本的に、優位者が劣位者を救済するという響きを消すことができない。「ロータリークラブ」の発祥が、キリスト教精神と自律における相互救済という根柢をもっているからこその「文化的力」だといえよう。日本で根付くためには、いまひとつ越えなければならない「ネイションシップ」があると、私には思える。渡辺によれば、アメリカにおいては、ミドルクラスの没落に応じるようにして、「ティーパーティ」運動や「ウォール街を占拠せよ」運動が巻き起こり、「ロータリークラブ」が緩やかに後退している反面で、台湾やインドなどで会員が増加するなど、新興国のミドルクラスへと越境、伝播、拡散をつづけているとみている。
 
7) 渡辺が最後に取り上げているアメリカのソフトパワーは「ヒップホップ」。彼は「現代アメリカ文化の象徴」と呼ぶ。ヒスパニックやプエルトリコ系の若者たちが多く住むニューヨークのサウスブロンクスに生まれたストリートカルチャー。DJ、ラップ・ミュージック(MC)、ブレイクダンス、グラフィティなどなど。それが1980年代になってはじけ、商業主義の波に乗ってメジャーにのし上がるようになってから、「リムジン・リベラル」(貧困救済や格差是正を掲げて優雅な暮らしを満喫している人たち)と蔑称されるようになって、渡辺は幻滅を覚える。しかし、アメリカ系とヒスパニック系とのハイブリッドがさらに進行して、いまやカンフー映画や日本のポップカルチャーをも取り込んで変容していく様子を渡辺は「アメリカならではのダイナミズム」と、そのエネルギーの拡張に目を瞠っている。
 
 《複雑性と流動性を増す現代、とりわけ「液状化する近代」を生きる若者にとって人生の不満や不安の表現手段としてヒップホップがクールな存在であることは想像に難くない。ヒップホップはライフスタイルとも密接に関係している》
 
 と述べて、若者の政治参加や社会参加のツールとして着目している。さらにむかしのルイ・アームストロングやデューク・エリントン、ベニー・グッドマンらの「ジャズ外交」に擬えて、「ヒップホップ外交」に目を配ってみせる。
 
 つまり渡辺の視線は、コミュニティの地理的境界を取り除いた「テーマ・コミュニティ」へ据えられて、「アメリカの覇権衰退後の世界」を描き出そうというものである。だが、それより早く、イスラム諸国へのアメリカをはじめとする先進諸国の暴力的介入がもたらした結果が、ヨーロッパの爆弾テロなどになって、表出している。渡辺自身が世界の警察官として展開しているアメリカの軍事基地がもつ「アメリカ文化」の波及にかかわってくるのであろうが、それがもたらした負の部分に目を向けないと、単なるアメリカ賞賛のお話しになってしまうと思うが、どうなのだろう。
 
 でも、面白かった。こうした私の知らない世界を垣間見せてくれただけでも、(たぶん)これからの私の視線は変わってくる(かもしれない)。

戦乱/混沌に我が身の始原を感じとる

2016-03-28 11:03:15 | 日記
 
 和田竜『村上海賊の娘(上)(下)』(新潮社、2013年)を読む。通巻すると千ページを超える大部作。なぜ読む気になったか。動機は二つある。
 
 ひとつは、私が小学校上級学年(1952~4年)の頃の水泳授業にある。そのころは夏場、瀬戸内海の渋川海水浴場まで出かけて行って水泳の授業を行った。校長の苗字は四宮。四宮水軍の末裔ということばもそのときに知った。備南地域の海を仕切っていた海賊だよと聞かされ、へえ、海賊も校長センセイをやるんだと思ったこと、その校長の泳ぎの達者なこともあって、カイゾクという音の響きに心地よさを感じたことを覚えている。教えられた泳ぎは、ノシ、立ち泳ぎ、平泳ぎ、抜き手、潜水。最後6年生になったら、カッターを漕ぐのもやった。大きくなって(淡水の)プールで泳ぐときに(体が重くて)驚いたこともある。クロールの息継ぎも我流になった。後にものの本を読むようになって、村上水軍が瀬戸内一帯の統括をしており、四宮水軍はその一支流だとも知った。でも一度も、瀬戸内海賊の話を目にしていなかったから、食指が動いたというわけ。
 
 もうひとつは、和田竜という作家。「のぼうの城」という映画の原作者と聞いた。「のぼうの城」は埼玉県の北部、行田にあった城。秀吉が攻めて、ついに攻めきれなかったという物語りを映画にした。飄々とした野村萬斎の城主が、わずかな兵を率いて2万に及ぶ石田三成の軍勢に立ち向かう戦国絵巻。映画は、物語りを発掘したという風情があった。
 
 だが読みはじめて、なんだこれは、物語りというよりは、史料解読に(作家の)重きがあるんじゃないかと思うほど、「史料」にこだわって記述がすすむ。下巻の末尾に上がっていた史料の数は、優に80冊を超える。6年かけて完成させたそうだ。丁寧に資料を読み解き、その空白部分に物語を差し込んで話しは展開する。といっても、空白部分が多いから、物語りの合間に資料をさしはさんでもっともらしさを繕っているのかもしれない。だが全体の印象は、陸戦と船戦の違い、船という装備とそれを動かす水夫(かこ)と兵の違い、海戦における武器と戦術の違いなどなど、史実を踏まえていると思えば、よけい面白く、作家の描きこみたいテーマなどはそっちのけで、読みすすんだ。最終的には、ちょっと荒唐無稽な活劇ものと思えた。
 
 印象に残ったのは、海上の覇権が流動的に形成されており、海賊たちは(戦国の末期という時代もあって、武家の諸勢力の)合従連衡のなかを泳ぎながら、「我が一族を守る」というインセンティヴに突き動かされて、命を懸けるというお話しである。最後の「命を懸ける」というのは、時代のセンスもあろうから特段感心することでもないのだが、覇権が流動的であり、争いの形成をみながら敵味方識別を変えるというのも、ちょっと近代のマキャベリズムを思い起こさせて、日本の封建制という契約関係の萌芽を感じさせて面白いと思った。いまほど(各勢力が思うところは)単一ではないし、棒のごとく一貫しているわけでもない。秀吉が(信長の死後6年目に)出したとされる「海賊禁止令」が(どのように執行されていったのかも知りたいと思ったが)執り行われたことによって、中央集権的な(武家)支配勢力がかたちづくられて、「中央」となっていったことがうかがわれる。それとても、秀吉―家康を通じて(社会が)一枚岩になったわけではないのだ。
 
 平安のころとは違うであろうし、もっと昔の漢の倭の那の国が争っていたころとも、まったく違いうであろう。にもかかわらず私などは、ともすると昔から「大和」は単一の中央政権が支配していたと前提にして考えがちである。気がつくと、そういう前提に立ってしまっている。それほどに、今の時代の身体には、全国が単一であり、海上であれ陸上であれ、交通が自在であったように、観念がしみ込んでいる。そう思い込んで物語りを読んだりしている。それをこうやって身からひきはがして、混沌のなかをくぐり抜けて、今に来ったと読み取るのは、やはり爽快である。我が身の始原に触れているような感触と言おうか。
 
 活劇的な部分よりも、覇権の争いを通じた海上世界の揺れ動きが、今の時代(の将来)を考えるうえでも重要なのかもしれない、と思った。

第19回 36会aAg Seminar 開催――日本の女性の生き方

2016-03-27 19:34:30 | 日記
 
 昨26日、「第19回36会aAg Seminar」が行われました。いよいよ4年目に入ります。講師はkeiさん。長く開業医の裏方を取り仕切ってきました。お題は「待合室の小さな窓口から」。「果たしてどんな話が飛び出すか、愉しみですね」と前振りをしてきましたが、終わってみて、さてこれは、何のSeminarであったろうかと戸惑うような展開。Tくんは「まとめるのが大変だね」と同情してくれました。ところがkimiさんは、《「窓口に立つ」keiさんの「気遣いパフォーマンスですよ」》と、こともなげにまとめてくれました。
 
 冒頭に「新・心のサプリ」と題した海原純子が毎日新聞に連載したエッセイ16回分と川柳78句のプリントが配られました。それを使って話が進むかと思いきや、「参考資料」です、あとでお目通しください、と片付けてしまいました。これは講師を依頼した事務局が「心とは何か」というお題でどうかと振ったのに対して、keiさんなりの応対であったのだと、あとでわかります。
 
 子細は後日、「ご報告」の形で出します。「自分の経験したこと、感じたこと、考えたことしか話せません。井戸端会議ふうにしゃべります」と断ってスタートしたのですが、戸惑ったのはkeiさんが自己紹介からはじめ、そこにかかわる人たちの人物評を織り込んで、話しをはじめたからです。ポンポンと話しが跳びます。
 
 (えっ、それって、窓口から?)と途中で突っ込みを入れる方もいました。それと同時に、keiさんの話しに触発されて、あちらからこちらからも、口が差し込まれます。そのうち、それぞれのところで、やり取りがなされてkeiさんの手を離れてしまう気配さえ出来してきました。それでも、「開業医」の何をkeiさんがとりしきっているのかに関心を向ける問いが発せられ、その事情をよく知るmdrさんが、keiさんに代わって話をします。
 
 聞いている私にとってkeiさんの人物像は、まるで万華鏡を覗いているようです。話しの乱反射のかたちづくる模様が、くるくるまわる筒の動きに次々と変わって、とらえどころに戸惑ってしまう。話はあちこちに跳び、留めようもなく広がる気配を見せ、ご本人も「何を話していたんでしたっけ」と立ち止るという様子でした。それに向き合う女の人たちの達者なこと。まさに「井戸端会議」といえば言えるのですが、散漫なおしゃべりかというとそうではなく、「いえ」をとりしきる「はは」のつよさとやわらかさを感じさせる時間であったと、感嘆しています。
 
 でも、「窓口から」という私の関心に惹きつけて主題化すると、日本の女性の一つの生き方が浮かび上がってきます。
 
 keiさんはいま、地域に根付いた三代続く「かかりつけ医院」の裏方を担っています。寡黙で篤実な医師であるご亭主や息子さんが「赤ひげ的に」医業に専念するための周辺の「環境」を整え、職員の異動や勤務を調整し、薬の在庫や購入管理にまで気を使う。かつ、来院する患者さんたちと医師との意思疎通を仲立ちするという芸の細かい気遣いに心を砕く。「ドクター・ファイル」というインターネット・サイトにH医院をアップし、院長と副院長の医療指針を静かに語らせて、地域へのホームドクターとしての浸透をさらに図ってもいます。さらに今、資金を調達して医院の改築をはかるべく土地を手に入れ、どのようなイメージの医院にするか思案しているようです。それらを全部取り仕切る。ゴッドマザーのようですが、立ち居振る舞いはまったく日本の古典的女性のそれ。静かな語り口、控え目な身の置き方、肩にかかる重荷を抱えても愚痴を言うでもなく、ひたすら前向きに明るく振る舞う。つまり、芯の強さを裡側に秘めて、気遣いと心遣いを完璧にやりきろうとする構えを持っていると言えます。
 
 話を聞きながら想い起していたのは、つい昨日手に入れて読みはじめた本、精神科医・宮地尚子『ははがうまれる』(福音館、2016年)の「はじめに」です。
 
 《「母」であることには、柔らかさ、あたたかさ、包み込むような感じが、イメージとしてついてまわりがちだ。けれど、実際に「母」であることは必ずしも簡単なことではなく、いつもイメージ通りにふるまえるわけではない。いつも優しい慈母のような存在であれるわけではない。/「母」をするということは、おびえたり、かたまったり、意地悪くなったり、冷たくしたり、腹を立てたり、どなったり、受け容れられずに拒否したり、傷ついたり傷つけたり、そんなことの連続でもある。》
 
 Seminarでは、宮地の書く後半部分はまったくかたちをみせていません。ですが、先代からの医院経営をすっかり受け継ぎ、子育ても周到に終わって、今すでに(医院の裏方は)Hさんの時代になっているからであろうと推察しています。ただ、そのような 医院の事務長のような仕事をしながら、それを「主婦」の裏方仕事のようにして「肩書」ももたずにこなしているというのは、戦前からの家族経営的な「赤ひげ」センスなのかもしれない。そのあたりに、三代続いた「医療システム」の今後の課題が見え、そこにおける日本の「主婦」と「はは」と「女性」の生き方が問われているような気がしています。

今日は寒い、でもうれしい、不思議。

2016-03-26 11:08:56 | 日記
 
 月初めの痛風以来、晩酌は止めた。止めるのはつらいだろうと同情されるが、実はそうでもなかった。お酒を飲むというのが、単なる生活習慣になっていたわけですね。痛むときに止めたものを痛みが去ってから復活しようというときになって、バカだなあ、癖になってるだけじゃないかと思ったら、それほど飲む気がしなくなった。そう、山を歩きながら山仲間のKwさんに話すと、「体が弱ってきているからじゃないの。うまくないと身体が応答しているのよ」という。
 
 飲めないわけではないから、お付き合いのときはちゃんと飲む。八重山諸島へ行った5泊のあいだは、その主宰者が好きな方であったから、毎晩のようにビールと焼酎を飲んだ。おいしかったが、少しくたびれもした。帰ってきて、晩酌をすることにこだわらない気分になっている自分に気づいた。どちらでもいいなら、飲まない方を選ぶことにした。カミサンはワインを空けると3,4日かけて飲むことになる。私の傍らで「いいですか?」と気遣いしながらグラスを持ち来り、「ああ、どうぞ、どうぞ」というのを待つ間でもなく、とくとくと注いでいる。飲めないことが悔しいでも残念でもなく、むしろ得意な気分も少し混じって、私は食事に取りかかる。
 
 昨日は、ご近所の「運動仲間」の月例飲み会。近くのイタリア料理店で、ワインを傾け世間話をしながら、2時間ほどを過ごす。久々の安ワインが、うまい。私の痛風を気遣ってワカメサラダを採ってくれたが、話を聞きながら、気分良く過ごした。今日は、二月に一回のSeminarの日。そのあとの会食に備え、私は自分の飲み代として石垣島の43度の焼酎を持参する。昭和大学病院の17階レストランは、そこの教授を務める友人のおかげで、飲み物は自分で持ち込める。
 
 昨日から、Seminarで皆さんに配布する「付属資料」を制作している。9ポイントの小さな活字にしてA4判6頁のもの。講師は別の方だが、4年目に入るこのSeminarの仕上げとして、2012年に提案して以来保ちつづけてきた「古稀の構造色」を文章化する段階に入ろうと、「呼びかけ」を提示することにした。「提案」の趣旨を明確にして、経過をつけ、制作の「時代区分」と「テーマと領域」のイメージをつけ、少しばかり実務的な手順を記して、まとめた。
 
 だが今朝ほど寝床で考えていると、あれはまずいここは手を加えた方がいいと、思い当たることが噴き出して、今朝あらためて手を加え、プリントしなおした。どういうわけか、熟慮するのは、朝方の寝床のなかが多い。お酒が入ったものの、一晩寝て身体が力を回復してきて、頭も動くようになったのだろうか。いずれにせよ、有難い話。
 
 先ほどちょっと買い物に出た。寒い。暖房していない室温は(陽ざしも受けて)20度ほどあるのに、外は8,9度しかない感じだ。寒の戻りというのだろうか。開花宣言のあったサクラが長持ちするから悪くはない。それにしても私たちはサクラが好きなんだなあ。サクラの花開いているのを見ただけで、うれしくなる。西行じゃないが、「花の下にて春死なん」という気持ちにもなる。どうしてだろう。不思議。

現代人の妄想

2016-03-25 09:01:02 | 日記
 
 このブログの《3/21 「火の山のマリア」―我が身の裡に淵源を探れ》で私はレミングの集団自殺のことを記し、《子どものころ知った話だ。確か映像も見たような気がするが、物の本で読んだ時の、私の思い描いたイメージかもしれない。》と付け加えた。ひょっとすると挿絵だったかと思い、「シートン動物記」を当たってみたが、そこにはレミングに関する記述がなかった。
 
 インターネットで探してみると「懐疑論者の祈り」というブログ・サイトにぶつかった。その中でディズニーの記録映画「白い荒野 White Wilderness」(1958年、日本公開は1960年)にレミングの集団自殺の画像があることがわかった。この映画は、1958年の「アカデミー長編ドキュメンタリー賞」を受けている。この映画を私が見たかどうかは、覚えていないが、観た可能性は大いにある。
 
 意外であったのは、「懐疑論者の祈り」が、レミングの集団自殺は「都市伝説だ」と断じていたことであった。北欧にすむレミングの集団自殺の「伝説」が1958年以前にすでにあったこともチェックしたうえで、ディズニー映画のカメラマン11人にインタヴューした記事や本にもあたっている。つまり「やらせ」であって、「動物虐待」と問題にされていたとも。
 
 映画を観たかどうかは覚えていないが、(私のイメージでは)シベリアの原野を駆け走るレミングがベーリング海に次々と飛び込んでいくすがた。本の挿絵だったかもしれないが、刷り込まれたイメージは、昨日何を食べたか(ちょっと考えてみないと)覚えていない私でも、55年以上も前のことなのに鮮明である。
 
 もっとも「3/21」ブログで用いた比喩は、人類史が滅亡に向かって暴走しはじめているのではないかという「妄想」であるから、その元ネタが「都市伝説」であっても大した違いはない。私のような庶民は、わりと簡単に百聞は一見に如かずというように、目で見たものに囚われて、自らの観念をかたちづくってしまっているものなんですね。
 
 もっとも、「懐疑論者の祈り」の子細な解析手法は、ずいぶんと知的合理性を貫いている。「参照資料」を明示し、それに関して末尾に掲げられたコメントはなかなか面白く、広がりを持つ。なかには、「カッパーフィールド 自由の女神消失 (Vanishing the Statue of Liberty by David Copperfield)」という記事もあって、なぜ「自由の女神が消えるのか」という「懐疑」を抱いて、「イリュージョン」の仕掛けを解き明かすということをしている。ずいぶんと大掛かりな手間暇をかけたマジックなのだと分かる。映像や動画を通して「知的形成」や「情報獲得・蓄積」をしている、私たち現代社会の人々は、自らが立つ足元の仕掛けにまでは気が回らない。「やらせ」にせよ「大がかりなマジック」にせよ、百聞は一見に如かずというドグマ自体をも、「懐疑」してかからねばならないというわけである。
 
 「妄想に注意せよ」というよりも、すべて世は夢まぼろしの如くなり、ということなのかもしれないと、思ってしまった。