mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

そして今日、平成という時代を終える

2019-04-30 05:51:58 | 日記
 
人を人たらしめている原基

  宮部みゆき『孤宿の人』(新人物往来社、2008年。初出は2005年)を旅の途次に読んだ。先月の「ささらほうさら」で「宮部みゆき」をテーマにnjさんが話しをしたとき、この作品......
 

  昨年の同じ日にアップしているもう一つの記事。作家宮部の「物語る」視点が、ズームダウンして、フィクションの埒外に飛び出した指摘が、物書きの苦しいところを表している。でも、「人を人たらしめている原基」としてみると、作品中の「ほう」の立ち位置から作家・宮部の立ち位置まで時代を経て、私たちはずいぶんと遠くへ来たものだと思う。そして今日、平成という時代を終える。次に元号が来るようには思えない。そういうところまで私たちは来てしまった。

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いいことか、まずいことか。

2019-04-30 05:48:49 | 日記
 
トカラ列島訪問記(2)――働き手と鳥の減少が比例する

  島の探鳥路はおおよそ七つ。  「ガジュマルの森」が一番長い探鳥ルートであった。小中学校のグランドにはじまり、ジャガイモ畑を経て、ガジュマルの森を抜け、樹林の中の水場......
 

 上記文末の「ひとでなしになる」というところを、踏みこんで解説しているのが、下記の(同じ日にアップした)記事だと読める。わずか一年前だのに、こんなことを書いたこと自体、すっかり忘れている。いいことか、まずいことか。

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球史に一勝を刻む

2019-04-29 11:18:42 | 日記
 
  昨日(4/28)、先日予定し(雨模様に)延期していた大山・三峰山へ行ってきた。休日に山へ行くことは、仕事現役の方々の行楽を妨げることになると考え、長らく控えてきた。だが雨には勝てない。ところが電車に乗ってみると、座席は空いている。連休のせいか。新宿の乗り換えも雑踏というほどでない。小田急線の快速急行も座っていけた。本厚木につきバスに乗ったが、19日のウィークデーに同じバスの乗ったときは立っている人もいたのに、全員腰掛けている。何だか混むという私の思い込みがはぐらかされたようであった。埼京線の電車からくっきりと、雪のついた富士山が見える。昨日朝の大雨が白い化粧を施したようだ。その富士山宝永火口の右下方に、かたちのいい三角錐の山が黒っぽく姿を現している。大山だ。今日上る三峰山は、その東に位置している。
 
 登山口のバス停に着き、9時25分、歩きはじめる。山並みが迫る前方に三つの峰が、雲ひとつない晴天の空に見える。「物見峠・三峰山→」の案内標識にしたがって登山道へ踏み込む。やがてスギの林に入るが、広葉樹が多く東からの陽光を受けて明るい。空気も少しひんやりとして山歩きにもってこいの日よりだ。30分ほどで尾根筋に出る。オレンジ色のツツジが新緑に混じってハッとさせる。ほぼ1時間で三峰山への直登と物見峠への分岐に出る。物見峠へ立ち寄ることにして、分岐の上の広いところに行って、安全確保のザイルワークをする。三峰山の案内地図をみると、階段や鎖場がたくさんある。ここで、簡略な安全確保をした通過技術の練習をしようと考えた。物見峠へのルートも、トラバースに注意とあった。たしかに斜面の細い踏み跡の右側は切れ落ちて、踏み外すとたぶん命を落とす。上り初めには、足元に桜色の花びらが散り敷いて花筵をつくっていたが、ここの谷の斜面にはオオシマザクラが白い花をつけている。yさんはヤマブキの脇に咲く白い蕾に気をとられている。あとで分かったがノリウツギ。標高の低いところでは真っ白に開いた花を噎せるほど付けていた。
 
 40分ほどで物見峠に着く。振り返ると上って来た東の方が開けているが、物見というほど天下が見えるわけではない。地図では林道が通っており、四つ角にあたる標識が置かれている。だが西の方へ向かう林道に抜けるルートには「崩落 通行止め」の表示がある。ここから標高差150mほど階段を上り、三峰山に向かう。750m地点で直登ルートと合流する。「海が見える」という声に左をみると、相模湾が広がり、江の島がぽつりと海に浮かぶ。その向こう、海へと延びているのは三浦半島だろう。「その向こうに延びているのが房総だよね。その間が東京湾の入口ってわけか」とkwrさん。昨日の雨で花粉が洗い流され、今朝の乾いた空気で見晴らしが利く。標高800mに来たところでお昼にする。11時45分。
 
 三峰山の方から二人連れが来る。聞くと清川村の道の駅から登って、私たちの登った方へ下るようだ。この人たちがこんなふうに歩いているんじゃあ、安全確保は必要ないかなと思う。20分ほどでお昼を済ませ歩き始めた先に、三峰への階段がはじまる。その手前に「経験者向きの登山道です。引き返す勇気を」と標識が立ててある。上り始めたところへ、後ろから一組の若いペアが来る。道を譲る。鎖が設えられた細い稜線部を歩く。先行していた若いペアが休んでいる。追い越す。鎖よりも、稜線部の痩せ尾根のほうが気を使う。kwrさんは軽快にすすむ。yさんはしっかりとついていく。稜線の開けたところから、西の方の眺望が良い。先週歩いた丹沢三峰さんが三つの峰を並べてスカイラインにシルエットをつくっている。その右の端には丹沢山だろうか、ひときわ高く遠方にある山頂が覗いている。その他前の山肌の緑が、濃淡取り混ぜて美しい。先週の1250mの標高差を上ったことを思い出してか、kwrさんは「もっときついところを歩かなきゃ、表銀座のトレーニングにならないからね」とyさんに話す。今日の標高差は700m。先週歩き切った自信があふれだしている。
 
 アカヤシオが陽ざしによって色合いを変えながら花開いている。「斜面崩落があります」と、やはり標識が立てられている。「三峰北NO.8」と記した看板がある。ここが北峰だろう。スリリングな鎖場も、とぎれとぎれに結構続いている。岩場を回り込み、まだ新しい鎖が何カ所も設えられている。岩角をつかみ、ときどき鎖をもち、足場を定めて慎重に上り下りをくり返す。とてもカナビナをかける余裕はない。というか、それほどの難所ではない。北峰から25分ほどで三峰山934mに着いた。
 
 一人お年寄りがベンチに陣取り、お湯を沸かしてコーヒーでも入れているのだろうか。そうか、こういうところでこんなふうにお昼を過ごす登り方もあるんだ、と思う。先ほど追い越したペアがやってくる。道を先へ譲ろうと思ったが彼らはここで、休むようだ。私たちが先行する。細い稜線の上を木の根が剥き出しになりながら絡まり合って這う。それを踏みつけながら下ったり上ったりして先へ進む。目に入るミツバツツジが気持ちを休める。こうしていつしか南峰を超え、下りのルートへ踏み込む。地図には「迷」と記されて、道に迷いやすいと表示があったが、果たしてどうやって迷うのかと思うほど、細い踏み跡がしっかりとついている。不動尻へ分岐も、どこが分岐だったかわからなかった。でもすごい下りだ。雨の後などは滑り易くて、怖いだろう。
 
 ジグザグに下る道を歩いていて、何がどうしたのか自分ではわからなかったが、角を曲がったとき左足を踏み外して、どうっと左の斜面に倒れ込む。斜度30度ほどの斜面は深い落ち葉で覆われ痛くはない。頭の上に木立があったのでつかまろうとしたが、うまくいかない。5メートルほど落ちたろうか。たまたま足の膝の裏が木立に引っかかり止まった。私の前を歩いていたyさんのストックをひっかけたのだろうか、さらに20mほど下に落ちている。私の帽子もストックのそばに落ちている。yさんが降りて来てストックを回収し、私の帽子を拾ってくれた。私は左手小指に軽い切り傷だけ。先頭を歩いていたkwrさんも、どうしたの? と心配顔だが、私自身何がどうしたのか、わからない。疲れていたわけでもない。ほぼ急斜面を終わろうという場面、ボーっと歩いてんじゃねえよと叱られるような気分だ。だが、ほんとうに木立があって幸いした。もしそれもなくて転がっていたら、谷の底にまで行ってしまったかもしれない。こうして、「後期高齢者、また遭難」などと新聞記事になり、年寄りの冷や水と取り沙汰されるのかもしれない。
 
 急斜面は終わったが、崩れやすそうなトラバース道をたどり、不動尻キャンプ場に着いた。十数人の高校生が荷をほどいてくつろいでいる。その先は林道。トンネルを潜り抜けると舗装道になり、そこからさらに200mほどの標高差を下っていく。kwrさんが時間をチェックし、記録を録っている。おおむねコースタイムで歩いているという。キャンプ場からほぼ1時間、広沢寺温泉入口バス停に着く。バスは5分も待たないでやってきて、伊勢崎駅まで運んでくれた。
 
 休日とあって、帰りの小田急線は満員状態。それでも座って新宿まできて、kwrさんとわかれた。分かれて後電車の中で読んでいた本に「球史に一勝を刻む」というふうなことが書いてあった。そうか、九死に一生を得たとは、今日の私のようなことを言うのかもしれない。9割方は死んでいても不思議ではない。たまたま1割方の一生がついてきた、と。
 
 これまで平気で歩いていたルートも、緊張をとぎらせないようにして、歩くようにしなくてはならないと臍に刻んだのではありました。
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言語以前と言語以後の端境(3)「わたし」の意識と存在のゼロ・ポイント

2019-04-27 09:15:51 | 日記
 
 さて本題に戻す。言語になる以前の茫漠たる混沌の海が、私の「おもい」の原点にある。外部からそこに突き刺さり、そこから出でてこそ「わたしのことば」として、私の輪郭をかたちづくると思える。だから、その混沌の海を「言語以前」として「世界」から切り離して捨ててしまう考え方に、未だにこだわっているのだ。
 
 こうした言葉に物狂おしい思いをしていたところに、井筒俊彦が『起信論』のことばを投げ込んできた(『意識の形而上学』中公文庫、2001年)。
 
 《「一切の言説は仮名(けみょう)にして実なく、ただ妄念に随えるのみにして不可得(=コトバでは存在の真相は把握できない)なるを以っての故に、真如というも、また相(=この語に対応する実相)の有ることなし。言説の極(=コトバの意味指示作用をギリギリのところまで追いつめて)、言によりて言を遣るを謂うのみ(=コトバを遣うことによって、逆にコトバを否定するだけのこと)」……》
 
 《「当(まさ)に知るべし、一切の法は(=本源的には)説く可からず、念ず(=思惟す)可からず。故に(=こういう事情をはっきり心得たうえで、敢えて)真如となす(=真如という仮名を使う)なり」と。》
 
 上記文中の「真如」には強調点が打たれている。『起信論』にいう「真如」というのは、仮にそう名付けたもの。コトバにしてしまうと、その実体/実態があるように思えてしまうだろうが、そうではない。コトバにしなければならないから(仮にそう)しているが、明快にコトバにしてしまえるような実態/実体があるわけではない。それと同様に、それを説明することも意味がないし、それがなんであるか考えることにも意味がない。「真如」とはそういうものだ、と。これは私が考えている「混沌の海」と同じことを謂おうとしている、と受け止めた。
 
 《「真如」とは、字義通りには、本然的にあるがままを意味する。「真」は虚妄性の否定、「如」は無差別不変の自己同一性。もとサンスクリット語******の漢訳で原語的にも「ありのまま性」の意。真にあるがまま、一点一画たりとも増減なき真実在を意味する、とでも言っておこうか。》
 
 井筒は、《「真如」という仮名によって名指される意識と存在のゼロ・ポイント》と見事に表現している。そういう意味では私も、井筒を借用して「真如」と呼ぶことにしてもいいが、残念ながら『起信論』を目にしたわけでもないし、サンスクリット語を身の裡に落とすこともできない。やはり私の堆積してきた文化的径庭を重んじて「混沌の海」と呼んで、使っていきたい。
 
 大事なことは、混沌の海に「わたし」の意識と存在のゼロ・ポイントがあるという実感である。その海が、36億年の生命体の歴史ばかりか、135億年に及ぶビッグバン以来の宇宙の生成とそこにおけるミクロの物質の形成と崩壊と拡散が、何がしかの形でかかわっているという、おおよそこのちっぽけな意識と存在に似つかわしくない壮大な堆積によって、かたちづくられてきたことである。わが(なしたる)ことではないが、まさにわが(身におよぶ)こととして誇らしい。135億年がわが身とひとつながりになる。そう実感してとらえられるのも、ミクロとマクロの世界のここ何十年かの探究のおこぼれを、一知半解ながらわが身に受け止め、わが「妄想」を膨らませてきたからにほかならない。
 
 その混沌の海が、「わたし」の意識と存在の起点であると思うからこそ、私の感性や感覚、思索や傾きの根拠を問うていくことが、混沌の海から「わたしの輪郭」を引きずり出し、翻って「せかい」をつかみ取っていくことになると、実感できるのだ。それは同時に、ほかの人たちの言説や振る舞いを鏡としてわが身を見て取ることでもあり、日々何を見ても、135億年を写し取ると思えば、興味津々の森を遊行する思いになるのである。
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不順な天候、年寄りがごめん

2019-04-26 09:38:44 | 日記
 
 昨日も今日も、雨が降り続いている。いつも晴天を良い天気と呼ぶのは、サラリーマン生活をしているとか山歩きを趣味とするとか傾きもあろうが、連休ともなると、遊びに行くのに、やはり晴天を好ましく思うのではなかろうか。そして、この十連休は晴天続きといわれていたのに、ここに来て、だいぶ怪しくなってきている。
 
 4/24(水)に予定していた山も、雨の予報に無理をすることもなかろうと、5/3に変更した。ところが、5/3の晴天予報が昨日になって「降水確率80%」に変わった。まだ一週間先のことなので、それ自体もまた変わる可能性はあるが、このところ十日間山から遠ざかっているわが身は、うずうずしている。直近の、文句なしの晴れの日は4/28(日)だけ。同じ休日なら、電車やバスが少し混んでもアプローチに違いはなかろうと、5/3を変更することにした。こういう変更が、状況に応じて臨機応変にできるようになったのが、今年の私の山の会だ。
 
 参加を予定していたうちの一人は、28日には尾瀬ヶ原のスノーシュー・ツアーに出かける。だがそれ以外の方は、28日でも構わないというので、思い切って変更したというわけだ。世の中の勤め人は、連休で遊びに行きたいであろうから、私たち年寄りがそれに加わって混雑の度合いを高めるのははばかられるが、致し方ない。
 
 あまり人が足を運ばないルートだと思うから、ご勘弁願いたい。とはいうものの、28日に山に入れるとなると、今降っている雨などは、何でもない。心地よい前奏曲のように聞こえる。さてさて、準備にかかろうか。
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