mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

快晴の高尾山、城山

2019-01-29 20:15:14 | 日記
 
 今朝の晴天、ここを「私の里山」と決めた高尾山と城山に行ってきた。20日ぶりの山。石灰化の肩もいくぶん軽くなったので、脚の欲求に身を任せた。6時25分に家を出て、登山口に降りたのが8時。たくさんルートがあるうちの、わりと静かと聞いた沢沿いの6号路を登る。ずうっと沢の脇を歩く。高尾山頂が近くなって、沢そのものに踏み込むようになっている。でもそれもすぐに上りきり、舗装路を辿るようにして山頂の茶屋の脇にポンと飛び出す。
 
 何組かを追い越す。何人かに追い越される。犬を連れたヨーロッパ系の外人が「オハヨゴザイマス」と後ろから声をかけて、足早に通り過ぎる。小さなリュックを背負ったトレイルランナーが、一人、二人と抜いて通る。たしかに、前後に歩く人を追い越さなければならないルートに比べると、格段に静か。全部で14ほど設けられた「自然観察ガイド」の表示があるルートポイントを、一つひとつ読みながら谷間の日陰の道を通る。
 
 小さな沢を三つ越えた。つまり、高尾山の支稜のあちらこちらから湧きだした水が沢をつくり、その山体をぐるりと巻いて沢を渡る橋がかけられている。標高が上がると西側にもう一つ高い稜線が山頂へとつづいているのが、見える。稲荷山ルートと呼ばれているコースだ。だがそれとは交錯しないようにルートが設えられている。上から降りてくる人にも、何人か出逢った。早朝から登り、早や下山というわけだ。時刻は9時前だ。
 
 1時間15分で山頂の広場に着いた。今月の9日にみたのと同様、富士山が、雲ひとつない空に雪をつけた姿をくっきりと見せている。丹沢の東の大山も、独特の単独峰をみせてスカイラインを描いている。風が出てきた。展望台を降り、シモバシラのあった「植生中」の縄を張ったところへいってみるが、シモバシラはもうない。なんでも、12月下旬から1月初旬が見ごろ。それ以降は、茎が割れて水を吸い上げる力が弱まり、昼に溶けると再び凍結することができなくなると、高尾山口駅のインフォメーションのお姉さんが話してくれた。
 
 そこから先、「ここから奥高尾」と記している看板の脇を抜けて城山へ向かう。やはりポツリポツリと登っている人がいる。何カ所かに展望台があり、いずれも富士山が主役を張っている。奥高尾になると、登山者の数はぐっと少なくなる。でも、ちらりほらりと行き交い、追い越されるから、やはり単独ハイキングにはいいコースだ。トレイルランナーもけっこう走っている。
 
 城山には歩きはじめてから2時間5分で到着。ほんの数人が、広いベンチとテーブルを占めているだけ。風もなく、陽ざしが暖かい。早いがお昼にする。相変わらず富士山が見事だ。相模湖の方へ向かう人もいる。20分ほどのちに出発。稲荷山コースを戻る予定であった。
 
 20分ほど歩いたところで、上ってくるkwrさんに出逢う。私の山の会の常連だ。彼は先週もここを歩いたという。息せき切るようにスピードを上げている。これはすごい。少しおしゃべりして別れた。彼は城山まで行くようだ。巻道をとる。奥高尾の看板のところから、高尾の山頂へは向かわず、西側の巻道を辿る。このルートは人が少ない。でも登ってくる人が結構いる。高尾山頂の南側からは、長い稜線の道だ。上ってくる人がずいぶんと多い。女性の単独行者も、若いのが多い。まだ12時前だからというのか、それとも、下山はロープウェイの方からとでもいうのだろうか。外国人のグループも、何組か見かけた。
 
 晴天の高尾山、城山。都会地から簡単にアクセスできる手頃なハイキングコースだ。まさに里山。行動時間は4時間であった。

影が深まりをもたらす

2019-01-27 16:50:39 | 日記
 
 昨日午後は、隔月seminarの日。講師は、車の設計開発に携わってきたMさん。話は、しかし、自動車の設計開発の手順を解きほぐして解説することに時間をとられ、それに取り組んできた彼自身の「生き方」にまで言い及ぶ時間がなかった。そういう意味では、「序論」であった。
 
 デザインを決め、市場調査の結果を踏まえてコンセプトを定め、いくつものパートに分けて部品設計をすすめ、五分の一モデルをつくって、工法とロボットによる工程のアルゴリズムを組み立てていくなどのことが、1960年代の半ばから2000年代前半までの40年程の間に、どう変わって来たか。日本国内市場の競争を視野に収めているだけで十分刺激的な開発のインセンティヴを得られたであろう1970年代前半までの自動車工業界とせかいのトップに躍り出たことによってグローバルな市場での研究開発がもたざるを得なかったであろうコンセプトはがらりと違ったにちがいない。それ加えて、ITの急速度の開発が進展した1980年代後半から2000年代のかけての「研究」や「開発」は、また大きく異なる舞台設定をしたであろう。そんな話のとばぐちで、ひとまず時間となったから、いずれ機会を見つけて、「つづき」をやっていただかなくてはならない。
 
 今日の午前中は、わが団地の2019年度の理事候補の人たちに集まってもらって、「役職決め」をしてもらった。ちょうど一年前に私たちが集められ、「互選で決めてください」とわたされたように、大まかな手順を説明して、今年度の理事は別室へ引きあげた。運びからすると、くじ引きとか「役」の押し付け合いとかもなく、順調に決まったようでよかった。
 
 だが、あれやこれや片づけるのに手間取り、毎年この時期に行われる劇団ぴゅあの公演に間に合わない。とうとうすっぽかすことになった。仕方なく、傾きかける陽ざしを受けながら図書館へ、読み終えた川上弘美『七夜物語』(朝日新聞出版、2012年)を返しに行った。
 
 この本、図書館の書架にあったのが目に止まり、借りてきて読んだもの。(上)(下)2巻の表紙絵もページに描きこまれているイラストも、子ども向けのメルヘンにみえた。それにしては大部である。両方合わせると千ページ近くになる。
 
 読みはじめてすぐに、子どもの内面的な成長の物語だとわかる。内面的成長とは、自律である。親に保護されて育まれている子どもたちは、それぞれに自らの内面において「世界」をかたちづくっている。それは、親を対象としてみる「訣れ」でもある。あるいは、友人を鏡にして自らを見るように、ほぼ同時進行で、友人を対象としてみることでもある。そのようにして、「かんけい」を感知し、自律の厳しさと哀しさと向き合うことでもあり、「わかる」ことが「わからないこと」との出逢いであると感知する「世界」の不思議との邂逅である。
 
 だから、子どもの精神世界の成長を語りながら、じつは、大人の世界の不可思議さにも言い及ぶように、ことばは展開する。川上弘美の視線の面白さは、明るく楽しい陽の当たる部分に、じつは深まりがなく、むしろ悲しくも寂しい日陰のところに人との関係を感知する深まりへの入口があることを提示していることにある。それを川上弘美の日常批判とみると、毎日がお祭りのような高度消費社会に生きる私たちの日常が俎上に上がり、がぜん夜の物語の重みが、密度を増して胸中に拡がる。
 
 面白い小説であった。子どもが読むと、どういう感懐を懐くだろうと、ちょっと思った。
 
 図書館は、ほどよく暖かで静かであった。予約していた本が2冊、書架にあった小説を1冊借りて、さらに傾いた陽ざしを浴びてゆっくり歩く。風が強い。こんな平穏な暮らしがいつまでつづけられるだろうか。そんなことを思いながら、ふらふらと歩いているのが心地よい日曜日であった。

どこに着地点を見出すか

2019-01-25 10:22:53 | 日記
 
 右肩の痛みが、日を追うごとに和らいでくる。右腕を吊って肩が思わぬ方向へ動かないように、医者は吊具を貸し出してきた。服の着脱をする右腕と右肩の動きを自分でやると、痛くて適わない。腕の重さがこんなにあるものかと、感じていた。それが今朝ほどは、自分で脱ぎ着できる。肩のある部位を押すと痛みがあるから、まだまだ完治には遠いが、着実によくなっているのはうれしい。
 
 1/20の「積立金値上げ案説明会」に始末をつけて、2/3(日)に開かれる理事会は5月に行われる通常総会の「議案書」の準備をはじめなければならない。ことに今年は、4月末から5月初旬の十日間が連休になる。毎年「議案書」の印刷製本を頼んでいる業者から「出来れば2週間ほど原稿の納期を早めてもらえないか」と申し入れが来た。注文が殺到して、さばききれないというのだ。「御代代わり」を景気浮揚に結びつけようとする政権の意図が作用しているかどうかは、知らない。
 
 「説明会」は本筋においては順調に運んだから、みなさん「よかった」と言って次へ移ろうという。法的にはもちろん、十年以上前の「管理組合規約改正」によって「専有部分の給水管改修工事は管理組合が行う」と定めているから、そもそも取り上げる必要すらない問題と、みなされていたのではあった。だが私は、「考えてみるべきこと」に「こだわり」を感じた。それを前回までに2回記した。一昨日の記事は、集合住宅に共に安心して平穏に暮らすのに、私的所有権の絶対性を考えている人は、どう対処しようとするのかと、「課題」を投げかけて締めくくった。
 
 これは、私たち団地の管理組合は「法を根拠」にして管理組合の活動をしているのではなく、「生活上の必要」に基づいて行っていると確認するものであった。法をないがしろにしろというのではない。私たち自身の暮らしをベースに置くという自律宣言である。だから(私的所有権の絶対性という法的論題を掲げて)、合法的か、適法的かどうかを問題にするなら、まずその前に(当該の改修工事が)、実社会関係的に必要か不要かを論じ切ってから提起してほしいと問題提起者に問うものであった。たぶん管理組合運営においては、以上で一件落着と言っていい。
 
 だからここから先の論題は、私の私的関心の落ち着きどころへ向かおうとするものだ。次のような疑問符が浮かんでいる。

(1)法は、私たちの生活上の土台に接着しているか。
(2)管理組合の自律的な自前管理が、なぜ必要なのか。
(3)管理組合が法を遵守するとは、どういうことか。
 
 (1)は、今回の一人の管理組合員(aさん)の「専有部分の修繕はその所有者に任せよ」という合法性の問題提起が、私たちの暮らしに実際的かどうかを問うている。専有部分の私的所有権を保障する法が実際的ではない(実態がある)から、国土交通省も「ガイドライン」を出して、専有部分の管理組合による改修を「規約」ガイドラインに盛り込んだに違いない。問題は(そういう実態を知らないわけではない)aさんが「私的所有権の絶対性」を掲げて改修工事を非難するのは、法の権利保障が実生活を貫くべきだと彼が信じているからであろう。だが、法はそれほどに、実生活の土台に寄り添うように位置しているものなのだろうか。
 
 この点で、私のとらえる法とaさんのとらえる法とは180度食い違っている。aさんは「管理組合が専有部分の改修工事を行うこと自体が私的所有権の侵害」、つまり法を犯しているとみている。だが私は、「法は自在なありようのリミットを示すものであるから、実際生活の処し方で争いになったときには参照されるべきことではあるが、法を根拠に実際生活上の諸事を処理することはできない」と考えている。「自在なありよう」というのは、社会生活上のさまざまな事柄は慣習や社会規範に基づいて処理されていくものであって、直ちに法的な争いに持ち込む以前に、まだやりとりするべきことがあるというものだ。その「やりとりするべきこと」というのが、実際的な私たちの暮らしに何がどう必要なのか不要なのかという「やりとり」である。その「やりとり」があるにもかかわらず、強引に(例えば、管理組合という中間集団において)決められ執行されようとするとき、はじめて法に訴え、リミットにおける争いを闘わせることになるのではないだろうか。法は、慣習や社会規範の外縁に位置して、ちょうどテニスコートの白線のように、イン/アウトを見極めるときに作動するものである。この私の法感覚は、間違えているであろうか。
 
 aさんは、「私的所有権を侵害している」と、まず法の規定から「改修工事」を非難している。ではどうしたらいいのか、どうしたいのかについては、提起しない。もちろん提起しないで反対する「権利」はある。だが、それが理を尽くした「やりとり」に耳を貸さないものであるなら、白眼視されても仕方がないものといえる。
 
 それは(2)の自前の管理につながっている。団地の管理組合が自前管理をする(必要がある)のは、(団地の管理に関する)コートの内側におけるさまざまな事柄には、慣習や社会規範が働かねばならないからだ。管理組合という中間(社会)集団が必要なのは、個人がただ自由気ままに振る舞うことで社会がほどよく運営されていくわけではないからだ。それを市民の自律を前提とするイギリス流の個人主義は「市民の権利と責任」と表現した。その「市民」たちがじつは、キリスト教的な、かつ伝統的な風土に象られた社会規範に、しっかりと共通の足場を置いていたのであった。
 
 実際の日本でも、長く島国とか井の中の何とかといわれるような共同感覚に包まれた社会規範に育まれて、大きな違和感を感じずに過ごしてきた。家族や職場や学校といった個人の帰属集団を中間集団として介在させて、「やりとり」は行われてきたのであった。それが市場社会になるにつれて少しずつ変容しては来たが、「お上」が仕切ってくれるという(国家・社会への依存)感覚は、遅くまで残った。それが、あたかも法が規範にとって代わるような「絶対性」を持っていると思わせたのであろう。
 
 中間集団の影が薄くなり、たくさんの個人が皆ばらばらに自由を謳歌して、国家・社会にまとめられるようになるという、おそらく世界でもまれな高度消費社会に、私たちはおかれている。だが管理組合という中間集団が働かなければ、社会規範の作用はいつもリミット上の合法/非合法の争いばかりになる。そう言えば、政治家たちの国会論議を聞いていると、いつもリミット線上の争いばかり。不法を指摘されると、「書き換えたり」「返金したり」して、コトが済むような気配すらある。こんなことをしていたら日本の社会は、極道者ばかりが往々するようになると私は、心配している。
 
 (3)はしたがって、管理組合の積み重ねてきた「規範の蓄積」を「慣習」として定着させる起点を示している。つまり「法を順守する」というのは、管理組合の諸事を執行する権限を持つ理事会は、「決定に基づいて」執行することを義務付けられている。理事会の運営が自律的であり、自前の管理をすすめるものとするとき、執行者が持つ権限が恣意的に暴走することを(予測して)防止しようとする定めである。(3)はつまり、国法を遵守せよというよりも、ひとつひとつの執行過程を理事会の「決定」に基づいて行えという、規範的定めといったほうが良い。
 
 この最後の「規範的定め」が、居住者の現役仕事にかかわって、ずいぶんと大きな広がりを持つ。司法書士や弁護士、会計士や税理士をしていた方々は、法曹界のコンプライアンスをイメージして「法の遵守」を考えている。企業の経営中枢に身を置いた人たちは、国法ばかりか取締役会や株主総会の決議を経ているかどうかを勘案する。日常の暮らしを営んできた人たちは、非常識な振る舞いを思い描いている。その抱懐するイメージの違いをつないで、ことばを共有していくこと、それが理事会の仕事である。それが果たせてこそ、自前管理の理事会が健全に機能していると言えるのではないか。
 
 この辺りに(今回論議の)着地点がある。そんなことを考えている。

ひとつ考えておかねばならないモンダイ

2019-01-23 18:40:44 | 日記
 
★ 「変わり者」で済ませるか
 
 1/20の「積立金値上げ説明会」は管理組合の組合員に(値上げの必要性を)よく理解してもらえたというのが、一般的な評価でした。ただ一つ「論点の漂流」として取り上げた一人の組合員の発言が何を意味するものだったか、私の胸中に「わだかまり」を残しました。この組合員にはNさんという固有名があり、彼をよく知るご近所の方などは「頭のいい頑固でマイペースな方。他人の話を聞かず、自分の掘った穴に閉じこもって自己主張をする」という印象をもっているようですから、説明会場での彼の発言も「またか」というふうに受け取られていたようでした。

 だが私の「わだかまり」は、Nさんの人格や個性にかかわって生じていることではありません。そもそもNさんは「総会」にも「説明会」にも、その3ヶ月前に設けた「住民ミーティング」にも出席しています。「説明会」の「案内」にも、それが実施されたことにも気づかない住民に較べると、関心の示し方は、たいへん熱心と言わねばなりません。彼の言葉足らずもありましょうが、それも含めて、彼が指摘したかったことをもう少し絞って、それに応えてみる必要があるように思っています。

 そこでNさんの人格や日常的な振る舞いに関する余計な夾雑物を取り除いて、積立金値上げに関する一人の管理組合員・aさんと名づけて、彼の主張を引き出し、それに対して「提案趣意」をほぐしてみます。
 
★ 専有と専用使用権と共用という分け方
 
 aさんの主張の骨格は、私的所有権の成立している物件の修理修繕については、その所有者の処理判断に任されるべきで、管理組合が共同事業として取り組むべきではない、というところにあったと考えます。具体的に今回管理組合が取り組んでいる事業について言えば、給水管・給湯管更新工事です。

 5階建てという重層階の集合住宅の所有形態は、大まかに言って三つに分かれます。共用部分、専有使用権部分、専有部分です。

 「管理組合規約」にはその区分を厳密に記していて、たとえば給水管に関して言うと、水の使用メーターのところから内側が専有部分、メーターまでが共用部分、メーターは水道局の管理部分ということです。あるいは、建物の躯体の外壁面、玄関扉の外側は共用部分、内外の間にある換気口や換気扇は専有部分ではなく専用使用部分、ベランダや一階の専用庭も専用使用部分と明確に規定されています。戸建ての「我が家」の日常感覚では切り分けできない微妙なところが含まれてきます。ですから修理修繕のときに明快に規約に基づいて(共用部か専有部か)分けられるところと、その都度「精査・審議」して理事会が承認するところと「届け出」で済むところと、細かく対応してきているのが実情です。

 ともあれ、今回更新しようという給水管・給湯管の各家庭に属するものは、間違いなく専有部分です。aさんの主張は、その私的所有権のはっきりしている専有部分に、「修繕積立金」という(棟別のも含め)共用の資金を提供するというのは間違いだ、というものだと私は理解しました。それに、「(値上げ)提案趣意書」はどう応えているかが、モンダイです。
 
★ 理事会業務の正当性の根拠
 
 aさんの主張を私は「ちゃぶ台返し」だと受け止めました。「提案趣意書」の第一章で、2018年度理事会が取組前に決定されてきていることを、まとめています。その冒頭の、2008年総会で改定された「管理組合規約」は、「専有部分である設備のうち給水管・給湯管等の隠蔽配管に関する長期修繕計画に基づく改修工事は、管理組合がこれを行い」と記しています。この規約改定は、当時の国土交通省の「ガイドライン」(細部は「標準管理規約」と「モデル細則」と名づけられています)に基づいて改定されたものです。

 その「ガイドライン」がどういう状況を踏まえて提起されたかにまでは踏み込みませんが、国土交通省はその後2011年に「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」まで出して、管理組合を運営する人たちが参照できるよう丁寧子細に記しています。
 つまりaさんは2008年の「規約改正」段階の総会で提起すべき問題を「蒸し返している」と、まず受け止めました。

 管理組合の理事会は、基本的に「決議」に基づいて運営されるべきです。だから今回も、私たち2018年度理事会が「修繕積立金の改正(値上げ)」を「提案」する根拠を「提案趣意書」の「第一章」で明示したわけです。ですから「ちゃぶ台返し」を理事会が受け入れるとしたら、それこそ10年余にわたる管理組合の(理事会や総会などすべての)活動を否定することになります。

 民主主義というのは、執行権限を持った機関が「規約」「決議」にしたがって執行するところに意味があります。そういう観点からすると実際上、この問題はこれ以上とりあげる必要はありません。
 
★ 完璧な市民が、皆自律しているのか?
 
 だが私のなかの「わだかまり」は消えません。aさんは私的所有権を絶対化しているのではないか。その背景には、所有権を持つ人格を完璧なものとみなす人間観があるし、すべての人がそのように振る舞えば自ずから世の中はうまくいくという社会観とか世界観をもっているようにみえます。

 でも、世の中の人はそんなに一様ではありません。まして完璧に自律して生きている人なんているんでしょうかね。いや完璧とまで行かずそこそこの人格であっても、人に頼らず、社会の共同性に依存せずに暮らしている人は、ほんのわずかの人しかいないのではないかと、私は思います。

 重層階の集合住宅に住む私たちが専有部分の給水管・給湯管の修理修繕を全部自分でやると、各戸任せになったら、果たしてうまくいくだろうかと私は心配します。自分自身がやりきれるか、考えてみるだけで困ってしまいます。いつごろ、どのようにどこの業者に頼み、なにをどう改修したり更新したりすればいいのか、ほぼ間違いなく途方にくれます。

 いや、管理組合が「ガイドライン」を出して居住者が困らないようにしてくれればいいさと、aさんは答えるかもしれません。
 
★ 勝手にしたら、どうなるのか?
 
 それでも、各戸が勝手がってに業者に頼み(おおむね5日間ほどの)工事が行われるとしたら、どうでしょう。工事をしている上下6戸ほどの住宅は、うるさくてかないません。

 合理的に考えれば、一斉に業者が入って上下6戸の工事を一斉にすれば、5日間で済みます。各戸ばらばらだと、少なくとも45日間は、たぶん断続的にそれを我慢するようになるでしょう。これは合理的でしょうか。

 まして更新工事をやるやらない、いつやるかは各戸の自由となると、階下の家は上の家が更新工事をやらないと、いつ水漏れ事故があるか心配でなりません。更新工事をしないで給水管から水が漏れて下階に被害をもたらしたら、そのときに損害賠償すればいいというのは、真っ当な市民のとる態度ではないと私は思います。

 コトが起きてしまったときには仕方がありませんが、私たちは予測できるアクシデントには事前に対処し、できるだけ隣人に迷惑をかけないように配慮します。またそれと同じことを、隣人にも期待しています。その相互関係は、安心した暮らしに欠かせないことだと思います。そして、共に暮らしている人たちが安心して日々を送ることができること、これが公共の福祉というものです。これが今回の管理組合理事会の活動なのです。
 
★ 私たちの必要性が今回工事を生み出した
 
 公共の福祉は、何も行政組織だけが考えることではありません。

 管理組合の活動も、私たちの日々の暮らしをたすけるよう「コミュニティの形成」を業務目標の一つに据えています。国土交通省がガイドラインを出したから、専有部分の給水管更新工事などを管理組合が行うと「管理組合規約」を変えたのではなく、その根底には、私たちの生活から来る必要性があったのです。

 私的所有権を頑固に主張するのなら、上記の生活上の必要をどう懸念なく暮らしていけるようにするのか、同じ団地に暮らすものとしてご提示いただかねばならないと私は考えます。

ストレスは溜まらないのに石灰が溜まる

2019-01-22 16:39:08 | 日記
 
 先週金曜日、ストレッチをやっているとき、肩甲骨を開こうとしても、右腕が思うように後に動かない。少し強くやると痛みが走る。そう言えば、12月半ばから少しヘンだなとは思っていた。でも風呂でゆっくり温めると軽くなった。
 
 ところが土曜日の朝になって、首から肩にかけて痛みが走る。おや、寝違えたかなと思った。ついで、昨日のストレッチがきつすぎたのだろうかと反省した。午前中一杯、業者との打ち合わせがあった。私は理事長として午後になると、なんだか少し熱が出ているように感じた。これは困った。インフルエンザじゃないか。翌日曜日の午前中は修繕専門委員会、午後には「積立金値上げ説明会」が予定されている。インフルエンザで私が休むと、(たぶん)すっかりダメになってしまう。
 
 土曜日も風呂にゆっくり使って首と肩を温める。なんとか日曜日のお役目をこなすことができた。緊張していると、痛みを忘れるのかもしれなかった。無事に「説明会」を終えて、ご機嫌でワインを飲んだ。それが悪かったとは思わないが、翌朝方の張りが強くなっている。動きが変とみたカミサンが「痛いのか」と訊く。「医者へ行ってみてもらえ」という。そう言われて、思い出した。一昨年の9月、石灰化が左肩に来て、越後駒ケ岳の案内が出来なかったことがあった。
 
 とうとう午後になってパソコンも打てなくなった。医者へ行く。レントゲンを撮り、「石灰化ですね」という。カルテを見て、前回痛み止めの飲み薬が効かなかったことをみて、「注射しましょう」といったので、思い出した。一昨年は一カ月以上痛みがつづき、その末に注射したのであった。バカだね。すっかり忘れていた。
 
 やはり風呂にどっぷりつかり、医者がくれた湿布薬を貼り、横になると痛みが和らぐ。そのまま休んで、今朝はだいぶ楽になった。明日の山の案内を中止にしてもらった。それを知った山友が2月のスノーシューもやめた方がいいのではないかと電話をしてきた。彼は一昨年の9月の越後駒ケ岳に私以外の人たちと行っていたので、長引いたことを覚えていたのだ。いやはや、面目ない。
 
 それで思い出して、2月の奥日光の宿を予約する。予約が早かったから、和室が二つ取れた。午後にはパソコンが打てるようになって、一筆啓上している。肩に重みがかからなければ痛まない。「説明会」のストレスは感じなかったが、石灰は溜まるんだね。医者は「加齢です」としか言わない。私の一挙手一投足が、身体の衰えを訴えている。それに気づいてやらないと、11月の出来事のように三途の川辺に行ってくるようになるのかもしれない。本当に後期高齢者なのだと、言い聞かせている。