mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

空っぽの器にどんな酒が

2024-04-11 09:22:08 | 日記
 今日は「ささらほうさら」の月例会。半世紀来の友人との老人会です。
 そこに出席する人たちに読んでもらおうと私は月刊紙「ささらほうさら・無冠」を出しています。大袈裟に話すことではありません。今こうして日々綴っている文章から選んで、A4版16頁ほどに収め、裏表印刷をして配ります。
 なにしろ出自は皆アナログ世代、今でもスマホ大陸にもケイタイ島嶼にも縁のない孤島に棲む何人かもいますから、プリントでなくては読むことができないのです。もっとも私自身も、メルマガはPCモニターで読みますが、やっぱり読むのは紙媒体の方が有難いと感じています。モニターで読むとさらさらと流れていってしまって、頭に残りません。どうしてなのかは、ワカリマセン。読み進めながら立ち止まって、しばし思いを別のところへ移し、また元の箇所に戻るという振る舞いが、考えるということと深く関係しているのではないかと、我が身の不思議の一つに加えています。
 コロナ禍が襲来した頃から月例会もときどき休止になり、この月刊紙も郵送することがありました。「ささらほうさら」のメンバーから手紙や葉書の返信が届き、それを紙面に掲載してきました。いつしかそれが「ささらほうさら・無冠」の「貸間」になり、記事への返信ばかりでなく、間借り人の読物が到来して、ともすると母屋を乗っ取りかねないほどになったりもします。もちろん大家も乗っ取られては大変と、これまで以上に気合いを入れることにもなり、ま、老人会の「俄機関誌」としては上々のお役目を果たすことになっています。
 今月号の編集をしていて、当ブログ2/20の記事「家族って何って考えはじめて」に目を通し、ちょっと気づいたことに今日は触れておきたい。
 記事は、社会学者・高橋幸の論稿を手がかりに、イギリス人の「相互独立的自己観」(いわゆる個人主義)と日本人の「協調的自己観」(日本的個人主義)の違いを考察したものです。イギリス人の「いわゆる(元祖)個人主義」が自由と規律の自己判断を伴うものなのに対して日本のそれが、個々人の自律よりも集団への同調を基調とするのは何故なのかと考えています。その起点が、日本人はそもそも「個の内心は空っぽ」だとみています。
 そもそもの日本のコミュニティが限られた家族や家庭、ご近所や見知ったムラの衆をその範囲として育ってきたことに由来します。システム的なその根っこには、戸主や家長や隣組の組長や村長が、責任者としてモノゴトを決め、責任もとる仕組みがあり、その余の人びとは長(オサ)にすべてを任せて(気風に身を馴染ませて)安穏と暮らしてきたのです。それが千何百年か続いたがために躰はすっかりそれに馴染んでしまったのでしょう。
 ところが日本に訪れた近代は、欧米の真似を外形的にしただけであったために、資本の原始的蓄積と別称される農村の解体と併行して、人びとは長を持つ集団から切り離され、いきなり個人として世の中に投げ出されてしまったという状態でした。世の中の人全体がそうなったわけではなく、当然長を務めるような家柄の人もいたでしょうし、そういう仕組みの職務を継いだ人もいたでしょうから、そういう人たちが謂わば社会の気風の背筋を支え、企業や社会活動や情報メディアを領導し、あるいは芸能活動を通じて啓蒙的に社会を牽引していく役割をそれなりに果たしてきたと言っていいでしょう。
 いうまでもなくその一角に行政などの統治機構が乗っかっていました。彼らは、むしろ自分たちこそが「にほん」を引っ張っていっていると思っていたのかも知れません。
 その一つの大きな結果が第二次世界大戦での敗戦だったと、市井の庶民はみています。大きな転換点でした。「(押しつけの)日本国憲法」の理念がもたらした戦前思潮との落差が、象徴的にそれを示しています。
 しかしそれもつかの間、GHQと天皇制国家的な統治体制が手を結び、大平洋戦争へ突き進んだいった統治的な瑕疵を棚上げして、冷戦状況への対応に勤しみ、アメリカという強大な「長」に順って、ただひたすら経済的な復興に力を尽くしてきたのです。その統治者の心情に思いを致して慮ると、戦後はGHQ、後にアメリカという超強大な「長」に任せて、置かれた状況に適応してそれなりに精一杯頑張るという江戸期庶民に似た心持ちを、(日本の)統治者もナショナル・アイデンティティとしてもつに到ったとまとめることができるように思います。言葉を換えると、「その余のことは知らんよ」という無責任の体系は、少しも転換せず相変わらずであったと言えましょう。
 それが79年後にどのような結果をもたらしたかは、言うまでもありません。
 相変わらずワタシたちは空っぽです。空っぽの器に注ぐ酒はどこにもありません。自ら醸し出すほかないのです。
 唯一つラッキーなことがありました。エコノミー一筋だったが故に一億総中流という思わぬ時代を経験しました。ほんの十数年という間だけでしたが、その結果、空っぽのワタシがポリティカルを忘れて、カルチャーに心を傾ける時期をずいぶんゆったりと味わうことができました。その間に世界各所からグローバルな気風が流れ込み、それはそれで庶民も含めて人びとの繊細な心持ちにスパークし、あるいは相乗して文化的な蓄積を蓄えてきました。それが今、花開いているという気配を感じます。経済社会はすっかり30年前と様相が変わり、トップを走っているという実感はまったくありません。
 でも、そこから切れた地点で、あらためて人の世を見つめ直して、人と人の関係を組み直していこうという再出発の社会的気分が漂っているように感じるのです。コロナ禍がきっかけになっています。ロシアのウクライナ戦争やイスラエルのパレスティナにおける乱暴な振る舞いもそうです。なにより米中対立という覇権争いが、その狭間に位置する我が国の主体性を起ち上がらせずにはいられなくしています。加えて、アメリカのエゴセントリックなトランプ現象が、ますますアメリカに歩調を合わせるだけでいいのかと、自律へのドライブをかけています。自立というのではありません。せいぜい自律を考えるという意味で、端緒についたところですね。
 さあ、空っぽのワタシたちは、どんな酒を盛るのでしょうか。
 だんだんお酒が飲めなくなって、もう空っぽのままで彼岸に渡るしかないと思ってさえいる私です。埒外の外野にいて、さあ、高みの見物と行きますか。それともまだ未練を残して、岡目八目が縁台将棋を囲むように、床屋談義を続けましょうか。ははは。