ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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林秀卿(イム・スギョン)、「従北」、「セッカル(色)論」等々・・・ (下)

2012-07-06 17:46:47 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 1つ前の記事の続きです。
 1989年韓国の全大協の代表として北朝鮮を訪れ、<統一の花>と称された林秀卿(イム・スギョン)現民主統合党議員をめぐる最近の話題です。

※全大協(全国大学生代表者協議会)は、日本でいえば全学連。・・・といっても、全学連も知らない世代が増えているからなー。全大協の後身が韓総連(韓国大学総学生会連合.1993年~)。その韓総連は、現在大法院で国家保安法上の「利敵団体」と判断され、ウェブサイトも閉鎖されている状態が続いています。(関連記事→コチラ(韓国語))

○6月6日 
・この日は顕忠日、つまり国のために命を捧げた人々を追悼する日でした。記念式典で李明博大統領は、「自由民主主義を否定するいかなる勢力も、韓国国民は決して容認しない」と強調しました。
 この「自由民主主義を否定するいかなる勢力」とは、端的には「従北勢力」を指したものです。最初、総選挙で最左派の統合進歩党から出て当選した李錫基(イ・ソッキ)・金在妍(キム・ジェヨン)両議員が、党内予備選挙の際に不正なネット投票を行ったという問題をめぐって党内は大紛糾。その中で、彼らが北朝鮮ベッタリの党内主流派だったことから、党のワクを越えて従北が大きな論点となり、連日この言葉がマスコミを賑わせました。そして6月初頭からのこの林秀卿議員の暴言問題も、その<従北>論議のかっこうの新ネタとして取り上げられたというわけです。
 <従北>という言葉はごく最近の新語というわけではありませんが、この2ヵ月ほど、実に頻繁に政界(及びメディア)を飛び交った言葉になりました。
※本ブログ昨年8月の記事に、<従北林秀卿議員から「変節者」と決めつけられた「開かれた北韓放送」の河泰慶代表の公開書簡中に「民労党のような従北派は、日帝強占期の親日派よりむごい運命に遭う可能性がある」という一節があります。

・この6日の「朝鮮日報」の記事によると、脱北者同志会や北朝鮮民主化委員会等15の脱北者団体脱北者団体は5日の記者会見で「暴言吐いた林秀卿議員、北に帰れ」と訴えたとのことです。

○6月7日
・北朝鮮は、公式サイト「わが民族同士(ウリミンショクキリ)」で「脱北者を変節者というのは正しい」と「援護射撃」をしたことが「デイリーNK」で報じられました。(「援護射撃」になるのかな? 逆じゃないの?)

○6月8日
・「朝鮮日報」は「民主統合党内から慎重な行動求める声」という記事で、林秀卿議員に対する非難が高まる中、同じ民主統合党内でも「われわれも慎重に発言し行動する必要がある。感情に流されて相手(セヌリ党)の調子に巻き込まれてはならない」と自制の声が上がっていることを伝えています。同党の代表者選挙立候補者キム・ハンギル議員の他、朴智元院内代表も同様の発言をしたそうです。ところが、同党の盧武鉉前大統領に近いグループのイ・ヘチャン議員は逆に「新マッカーシズムに対しては全力で戦う」と強気の対抗策を述べたことが→コチラのニュースに載っています。また同党の崔宰誠(チェ・ジェソン)議員も「ゴミ情報を量産する一部の貴族脱北者のために、一般脱北者らもイメージにダメージを受けている」と林秀卿議員を擁護したとあります。彼はペク・ヨセフさん対しても「工作的臭いが漂う」とまで語っています。

○6月9日
・「産経新聞」で黒田勝弘記者が「「従北主義」に振り回される韓国」という記事で韓国の状況を(彼らしく)紹介しています。

○6月11日
・セヌリ党や右派言論からの「従北」攻勢に強気な反論で臨む上述のイ・ヘチャン氏が、キム・ハンギル氏を逆転して民主統合党新代表に当選。「極悪非道な李明博政権に審判」という見出しで「朝鮮日報」が報じています。

 このイ・ヘチャン氏による強気の反論あたりからよく新聞の見出しにも出るようになった言葉が「セッカル論(색깔론)」>。「セッカル(색깔)」とは「色」のことです。しかし、「従北」は漢字を見れば意味がわかるのに対して、「色論」と訳してみても何のことかわからないですね。
 一言で言えばレッテル貼り(ラベリング)のことです。昔(1950年頃)マッカーシー旋風が吹き荒れた頃、日本でもレッドパージ(赤狩り)が繰り広げられました。戦前にもありましたが、「アカ」というレッテルを貼られたら問答無用で排除されてしまうこと。
 韓国でも「パルゲンイ(빵갱이.アカ)」という言葉がかつてよく使われていたことは、韓国の小説や映画等に接していればよくわかります。そしてこの「セッカル論」という言葉自体も以前からある言葉です。
 今、「従北」という言葉で人を攻撃するのも「アカ」攻撃と同様で、無条件で人を否定・排除する危険な論難ではないか、というのが上記のイ・ヘチャン氏の反論の骨子です。
 たまたま検索にかかった2011年10月のある韓国のブログ記事を見ると、「「アカ」とか「従北」とかの烙印を押すようなセッカル論は力を失ってきたが、「親日」、「反民族」、「売国」のような民族を基盤としたセッカル論はいまだ強い力を振るっており、また左派・右派を問わず用いられている」とありました。
 しかし、この2~3ヵ月の間に「従北」という言葉が重要な政治的タームとして再び復活してきた、というわけですね。
 民主統合党内にも、上述のように「従北」と誤解されないよう気をつけようという慎重派と、「従北」攻撃はセッカル論だ!と反論に打って出る強硬派がいるように、セヌリ党内にも、この際「従北」を手がかりに進歩陣営に対して積極攻勢をかけようという人たちだけではなく、6月11日の「京郷新聞」の記事によれば、セヌリ党内にも「セッカル論による過度な理念攻勢は、かえって逆風をよぶ」と慎重さを求める声もあるようです。(左派的な論調の「京郷新聞」ならではの、遠回し的な援護射撃?)

 6月半ば以降、ようやく林秀卿議員に対する非難の波は沈静化したようです。
 しかし<従北>関連のさまざまなニュースは依然として続いています。

 6月11日にサッカー北朝鮮代表の鄭大世選手が11日、SBS放送のトーク番組に出演して北朝鮮チームの内部事情等を話した(→関連記事)ことについても、「北朝鮮の対南工作員の鄭大世選手をSBSが出演させたのは「従北」行為だ」という批判記事さえ出てきました。
 7月に入ってからは、3日「李石基議員、韓中FTA反対集会から締め出される」とか、「違法訪朝した韓国人、板門店から帰還・・・北、体勢宣伝に活用か」あたりが関連ニュース。

 その間発行された月刊誌「新東亜」7月号は「大韓民国 主思派を語る」というタイムリーな記事を掲載しました。
 主思派(チュサパ.主体思想派)は80年代民主化闘争の担い手となった金日成思想派。その主だった活動家たちのその後を追っています。副題は「転向した金永煥(キム・ヨンファン)氏も主体思想は捨てられない」。金永煥氏は90年代に北の実態を知って「転向」、北朝鮮人権運動家として活動を続ける中、今年3月末中国当局に拘束され、今に及んでいるという人物です。
 日本の60年代後半の大学闘争の担い手だった世代がその後さまざまな道をたどったように、韓国の80年代の闘士のその後の人生もいろいろです。(ここでも、私ヌルボの持論の「日韓を分ける24年差の歴史」があてはまるかな?)
 その中に河泰慶・金永煥等々のような「転向」者も多数いる一方で、林秀卿氏は明らかに「全然変わっていない」代表的人物といってよさそうですね。

 今の彼女を見て、私ヌルボの頭に何となく思い浮かんだ人物が中浦ジュリアンです。
 天正遣欧少年使節としてローマにまで行った4人の少年の1人で、1585年ローマ教皇・グレゴリウス13世と謁見した時、彼だけは高熱のため公式の謁見式には行けませんでしたが、便宜を図ってもらって後日1人だけで教皇との面会を果たしました。
 1590年帰国した後の使節たちの人生は各人各様でしたが、いちばんドラマチックだったのが中浦ジュリアンです。キリシタン弾圧の時代になってからも20年以上地下で布教活動を続けた彼は、ついに1632年捕縛され、翌年穴吊りの刑に処せられました。遠藤周作の「沈黙」の主人公フェレイラ神父は同じ時に棄教しましたが、彼は「私はローマを見た中浦ジュリアンだ」と叫びながら死んでいったそうです。
 おそらく、当時の日本人の中でも、いや全世界のキリスト教徒の中でもほとんどありえないような17歳(←たぶん)の時の栄光の経験が、その後の人生と、その最期を決定づけたといえるのではないでしょうか。

 ・・・ヌルボが、中浦ジュリアンを連想した大きな理由は、下の写真参照。(韓国ブログより)

     
    【林秀卿は金日成を「アボジ(お父さん)」と呼んだそうな・・・。】

 この金日成との熱い抱擁が、もしかして彼女の「転向」を阻止する大きな力になったのではないかなー?

[7月8日の付記]
 今日の<NORTH KOREA TODAY>の記事によると、林秀卿氏が北朝鮮の大学生集会に出席した時「韓国では乞食でもこんな服は着ない」と話したり、金日成に会った時には「統一しようとするなら、南の大統領とまず会わなければならない」と話して、金日成をたじたじとさせたそうで、そんな林秀卿の予期せぬ質問が北朝鮮人をたびたび当惑させ、またそれが林氏に対して北朝鮮人たちが妙な尊敬心を抱かせた、ということなのだそうです。
コメント
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