学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

『増鏡』にしか存在しない記事の取扱い─「愛欲エピソード」の場合

2018-05-18 | 『増鏡』を読み直す。(2018)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 5月18日(金)10時48分7秒

「弘安の御願」論争からひとまず離れて、『増鏡』にしか存在しない記事の信憑性をどのように判断するか、という一般論を少し検討してみます。
先に私は、『増鏡』にしか存在しない記事で、その内容が面白いものは基本的に『増鏡』作者の創作と考えるべきだと書きましたが、これを文字通り適用すると、私は現代の「抹殺博士」になってしまいます。
例えば「関東伺候廷臣」の処遇について後嵯峨院が「院中の奉公にひとしかるべし。かしこにさぶらふとも、限りあらん官、かうぶりなどはさはりあるまじ」と言ったという話は『増鏡』にしか出てきませんが、多くの歴史研究者がこの『増鏡』の記述を信頼し、その土台の上に様々な議論をしています。
従って『増鏡』に描かれた後嵯峨院の発言が創作であれば、多くの研究者の議論は砂上の楼閣となってしまいます。

「巻五 内野の雪」(その12)─宗尊親王
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/df97ebd9ddfd84fc306d7efd834631af

ま、重要なのは「関東伺候廷臣」の処遇のような政治的な話ですが、検討の順番として、先に「愛欲エピソード」の取扱いについて考えてみます。
『増鏡』には(『とはずがたり』を除く)『増鏡』以外の史料で基礎づけることができない多数の「愛欲エピソード」が存在しますが、何故か後嵯峨院の皇女については、例えば「弘安の御願」の直前に出てくる名前も分からない後嵯峨院姫宮と四条隆康の密通、そして流産による姫宮の急死のエピソードなど、「愛欲エピソード」が目立ちます。
このうち、名前なき後嵯峨院皇女の場合、肝心の姫宮の名前は分からないとしても、四条隆行・隆康父子の名前には相当のリアリティが感じられます。
後深草院二条なら四条家、それも隆親とは別系統の家の不祥事には特別な関心を持つはずで、秘密情報の入手も可能と思われるので、まあ、これは事実を反映しているのではないかと私は思います。

「巻十 老の波」(その15)─後嵯峨院姫宮他界
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/cff81b83b5579beabef9fe74b37293da

また、月花門院の場合、二十三歳の若さで亡くなっていることは事実であるので、堕胎の失敗による急死という話もそれなりにリアリティが感じられます。

「巻八 あすか川」(その8)─月花門院薨去
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/7fefb8903614166d0eee9c4963c36217

ついで五条院の場合、亀山院の女性関係が多彩で大変な子沢山だったことは『増鏡』以外の、例えば「本朝皇胤紹運録」のような系図からも伺えるので、異母妹との間に姫宮が生まれたこと自体は、まあ、ありそうな感じがします。
ただ、姫宮が「宮の御母君をば誰とか申す」と聞かれると「いはぬ事」とのみ返事をしたという話は些か出来すぎで、創作っぽい匂いも感じられます。

「巻十 老の波」(その4)─五条院
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/2763b18b7676761c25266abb46aba941

一番問題となるのは後深草院と前斎宮の密通ですが、私はこれは後深草院のイメージを貶めるための作り話ではないかと考えています。
『とはずがたり』では自身を御所から追放した東二条院への憤りは伺われるものの、それを容認した後深草院への非難が存在しないばかりか、最後まで後深草院を慕って、その葬列を裸足で追いました、みたいな綺麗ごとに終始しているのですが、実際には後深草院二条は後深草院に恨みを抱いていたと考えるのが自然です。
そこで復讐の意味もあって、『増鏡』作者は亀山院を称揚するエピソードを創作する一方で、後深草院を貶めるための工夫もしており、その一例が前斎宮エピソードではなかろうかと私は考えているのですが、この点は『増鏡』作成の目的に関係するので、別途検討する予定です。

「巻九 草枕」(その6)─前斎宮と後深草院(第一日)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/e25b0fbfedcc25a407c202e61e161ddf
「巻九 草枕」(その7)─前斎宮と後深草院(第二日)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c7c9e9918899aa55f64744b59d9a3bf9
「巻九 草枕」(その8)─前斎宮と後深草院(第二日の夜)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/b7aee4690e5603b5bda8b5c5d5736bd5
「巻九 草枕」(その9)─前斎宮と後深草院(第三日)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/5a58f07bed7b0300dbac5204ce193a25
「巻九 草枕」(その10)─前斎宮と後深草院(第三日の夜)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/9b66ecfbbbb8585e29499abc8f9d4725
「巻九 草枕」(その11)─前斎宮と西園寺実兼・二条師忠(前半)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a4a9cc3e7d2b0873f824e27bff3f0000
「巻九 草枕」(その12)─前斎宮と西園寺実兼・二条師忠(後半)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ac8642bb8d6f5b41db85c5fc6abcb3ad

このように、『増鏡』にしか存在しない記事で「愛欲エピソード」タイプの面白い話はそれぞれの個別事情、特に登場人物と後深草院二条との人間関係を見て行く必要があると思います。

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