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内田力「一九五〇年代の網野善彦にとっての政治と歴史」へのプチ疑問(その3)

2018-12-18 | 「五〇年問題」と網野善彦・犬丸義一
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年12月18日(火)10時59分41秒

今谷明「時局下の網野先生」(『網野善彦著作集』第六巻「月報」、2007)の続きです。(p5以下)

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 ところで、佐野ルポにいう、先生が卒業と共に党務、運動を離れたとするのは、明らかに佐野氏の誤解であろう。先生自身が、常民研の仕事をサボり、「人々を(中略)運動に駆り立てる役割をするようになった」と明言されているからである。また、私は名古屋大学時代の先生とよく飲み歩いたが、当時先生から「自分は伊藤律の指令を下部へ伝達する役」を担っていたと承ったことがある。徳田球一の右腕といわれた伊藤律が北京に亡命するのは五一年秋のことで、先生のいう「伊藤律の指令」が民学同時代のことなのか、五六年以降の武装共産党時代のことなのか不明であるが、先生の激しい自己否定の言と悔恨に満ちた言葉からして、私は恐らく伊藤律の離日直前の頃ではあるまいかと推測するのである。
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私も網野が今谷に「自分は伊藤律の指令を下部へ伝達する役」云々と言ったこと自体を疑う訳ではありませんが、「よく飲み歩いた」際の発言であることは留意すべきですね。
また、網野は自身が共産党内のヒエラルヒーの中で伊藤律のすぐ近くにいて、伊藤律から直接に「指令」を受ける立場だったとは言っていない点にも留意すべきだと思います。
なお、内田氏の言うように「五六年以降の武装共産党時代」は明らかに「五一年以降」の誤記ですね。
当時の状況を簡単に整理すると、1950年6月6日、連合国軍総司令部(GHQ)は日本共産党中央委員24名全員の公職追放を指令し、同年7月15日、団体等規制令による出頭命令に応じないとして、最高検察庁は徳田球一・野坂参三・伊藤律ら9名に逮捕状を出します。
8月上旬、徳田指導下の最後の政治局会議で国内指導は志田重男・伊藤律・椎野悦朗の三者合意を中心とする指導体制を取ることを決定し、徳田は同年10月に北京に渡り、ついで野坂参三・西沢隆二らも北京に移って「北京機関」をつくります。
そして、国内でも北京でも深刻な路線対立が続いた後、1951年10月15・16日の第五回全国協議会で新綱領と軍事方針が採択されることになり、正確にはこれ以降が「武装共産党時代」ですね。
伊藤律は第五回全国協議会に出席した後、10月中に日本を密かに出て(『伊藤律回想録─北京幽閉二七年』、文藝春秋、1993、p19、なおp66注20)、北京に到着したのは11月17日です。(渡部富哉『偽りの烙印─伊藤律・スパイ説の崩壊』、五月書房、1993、p419)
今谷は「伊藤律の指令」が「恐らく伊藤律の離日直前の頃ではあるまいかと推測」していますが、「伊藤律の指令」の具体的内容すら不明なのに、このように「推測」してよいかについては若干の疑問があります。

徳田球一(1894-1953)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E7%94%B0%E7%90%83%E4%B8%80
「北京機関」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%BA%AC%E6%A9%9F%E9%96%A2
「51年綱領」
https://ja.wikipedia.org/wiki/51%E5%B9%B4%E7%B6%B1%E9%A0%98

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 その後、私は先生がどうやら戦後運動史上の重要人物であったと気付き、しきりに先生に回顧録の執筆を勧め、また先生の著書の書評等でも提言した。しかし先生は「迷惑を蒙る人が多いので」として承知されず、それでは「A氏、B氏」など匿名ででも残されてはどうかと申し上げたが、ついに執筆されなかった。このことも、先生の時局が、五一-五三年頃と私が推測する根拠の一つである。
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51年10月に伊藤律は出国するので、それ以降は網野が「伊藤律の指令を下部へ伝達する役」を務めるのは無理ですね。
もっとも、今谷は「時局」という表現を曖昧に使っていて、網野が「伊藤律の指令を下部へ伝達する役」を務めた期間に限定している訳ではありませんが。

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