大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第13回

2023年11月24日 21時31分35秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第10回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第13回




ライが水無瀬を戻している間にナギが連絡を取っていた。

『そうか、やはり彼で間違いないということだな』

「はい。 とは言っても長に見てもらわなければ分かりませんが」

矢島が書いたことは書いただろうし、矢島がこんな風に書いたものを無暗に渡すはずがない。
『頼む』 と言ってたそうだが気になるのはその内容である。
水無瀬には後継者と言ったがその確証があったわけではない。 たしかにこの書かれたものは大きく決定的なものとなるが、矢島が何を考えていたのか分からない。

『彼の移動だが・・・』

「はい、はい。 はい、分りました。 ではそのように」

通話を終え、窓の外を見るとライが水無瀬の尻を支えている。

「水無瀬ぇ、このヘッピリ尻どうにかなんないのかよー」

「そんなこと言われても」

来た時以上にこの高さが怖くなってしまっていた。 何故なら、よく見るとこちら側の柵の下部分が錆びて朽ちかけていた。 それも変に体重移動をすると、このまま柵と供に落ちてしまう可能性が高いほどの錆のつきかたであった。

そりゃ、腰も引けるだろう。

来た時に揺れるなぁとは思っていたが、それは柵が細いからだと思っていた。 だがそうではなかったというわけである。

「どんくさい・・・」

ナギが窓から出て柵をひと蹴りすると、ベランダの間にある境の壁と水無瀬をひとっ跳びに乗り越えた。
柵が揺れる。 叫ぼうとする水無瀬の口をナギが押さえる。

「大声を出すな、表にまで聞こえる」

「揺らすからだろうがぁ・・・」

訴える声に力がない。

「手をこっちに伸ばせ」

女性の手をこんな形で握るとは、と思ったのも束の間。 柵の様子を感じながらゆっくりと手を伸ばすと、むんずと二の腕を摑まれ、挙句にとんでもないことを聞かされた。

「ライ、投げろ」

「よっしゃー」

「は?」

身体が浮いて、足が柵の外に出て・・・。
・・・ベランダに引き込まれた。
ちゃんと足の裏で着地をした水無瀬は声を出す間もなかった。

「里と連絡を取った。 今晩、向こうが動く前に動く」

「・・・ふぁい」

きっと今の俺の口からは魂が出ていってることだろう。

ライとナギの手を借り部屋に戻ったが、盗聴器というのが気になる。
盗聴器という物のことをよく知っているわけではないが、壊されたり場所を移動したりすれば受信側でそれなりに分かるのではないだろうか。
そうだとすれば、また設置をしに来る可能性があるかもしれない。 水無瀬の居ない間に忍び入っていてもおかしくない。 ライの話からするとライたち団体も勝手に部屋に入ったようなのだから。

部屋の中を見回し見慣れない物がないかをチェックする。 二股や三股コンセントの盗聴器もあると聞いたことがあるが、この部屋には元々そんなものはない。 一応コンセント全てを確認するが、どこにもそんなものは差さっていない。

玄関と台所もチェックをしてふと思い出した。 ライが言っていたではないか、盗聴器は全員に仕掛けられたはずだと。 その盗聴器を仕掛けられた全員にそれらしい話はなかった、水無瀬一人が絞られることを言ったと。 その前には 『そこで盗聴器の出番』 と言っていた。 それに部屋を見張られているとも言っていた。
ということは、盗聴器があるに越したことは無いだろうが、本来必要とされている案件は解決されているということになる。 不本意だが。

取り越し苦労だったようだ。
こたつに足を突っ込んで・・・暖かくない。

「あ、コンセントさすの忘れ・・・」

あ、これか。 きっとこんな風に独り言を言ってたんだ。 それを盗聴器を通して聞かれていた。
誰かが居る時にもこんな風に独り言を口にしていたことがあるのだろうか。 そうだとすれば気味の悪いお兄さんではないか。
おっさんとは言いたくないし、まだその年齢ではない。

コンセントをさしてこたつの上に置いてあるスマホに手を伸ばした。 着信ランプが点滅している。
電話の着信相手を見るとやはり雄哉だった。
スマホに “着拒かい!” と叫んでいる姿が目に浮かぶ。

「雄哉、俺は雄哉を守りたいだけなんだ」

気取って言ってみた。


丁度ラーメンを食べ終えた時、窓をノックする音がした。 水無瀬が顔を巡らせるとライが立っている。
クレセント錠を開錠し窓を開ける。

「暗・・・」

明かりを漏らしたくなくて電気をつける気にはなれなかったが、食べる時には多少の明かりが欲しくなってくる。 だからベッドのある奥の部屋に引っ込んで襖を閉め、スマホのライトを点けていた。

「部屋が暗いの? 水無瀬が暗いの?」

「部屋に決まってんだろ」

何処をどう見てその質問になるのか。

「そっ。 じゃ、行こうか。 あ、靴忘れんなよ」

「忘れんなよって・・・もしかしてここから?」

「裏側は見張られていない。 向こうも負傷者が多く出て人員不足なんだろうな。 ま、こっちも現在人員不足だけど」

「え・・・それで逃げられるのか?」

「逃げるわけじゃない、里に行く、だ。 それにこっちの人員不足は矢島の追悼だし、怪我人がいるわけじゃない。 まぁ、全くいないわけじゃないけど。 何人か応援に来てるからそうビビるな」

「ライ、早くしろ」

いつから居たのだろうか、ナギがライの後ろに立っていた。

「ほれ、行くぞ」 と指さされたのは、ベランダの柵に掛けてあった縄梯子だった。
ライの居た部屋とは反対隣のベランダ近くに掛けてある。 やはりあの錆は危ないようである。

靴を取ってきてボディバッグを肩に掛け、ライのサポートの元で恐る恐る柵を乗り越え縄梯子に足を掛ける。
人生普通に生きていて、ましてや自衛隊にもレスキュー隊にもなるつもりのない、何でもないサラリーマンになろうとしている人生に縄梯子など金輪際、登場しないだろう。

一段一段縄梯子を降りていると、ヒュッと風が吹いた。
え? と思った時にはナギが下に居た。

跳んだのか? 跳び下りたのか?
ようやく降りると縄梯子がライの手によって回収されていく。 そしてライが跳び下りてきた。

やはりナギは跳び下りていたのか・・・。 あの風は、俺の横をかすめていった風だったのか。 そうであるなら危ないじゃないか。 もっと離れてくれても良かったのではないか?

「こっちだ」

ナギが先頭を行き、そのあとに水無瀬が続く。 ライは後ろを気にしながら水無瀬の後に続いている。
この辺りはもちろん水無瀬も知っている。 このまま行くと踏切に出てその先の道が細くなっている。 車同士がすれ違うどころか、普通サイズの車一台が精一杯の道である。 宅配のトラックも通れなければ、線路に斜めに伸びている道だけに見通しが悪いため、車が睨み合いをしているのを水無瀬は何度か見たことがある。

「げっ!」

踏切を渡ると斜めに伸びる細い道に車が停まっていた。 完全に通せんぼの世界である。 こんな夜にここを通る車はそうないだろうが。

「乗れ」

ナギが言うがドアさえまともに開けられない巾しか空いていない。 運転席の後ろの細く開けたドアからなんとか身体を滑り込ませる。 何故かナギとライが走って行く。

「よっ、また逢ったな」

え? と思ってルームミラーを見ると、運転席の顔が水無瀬を見ている。 助けてくれた時に免許の話をした男性であった。

「あ、その節は」

エンジンをかけ踏切に尻を向けた車が動き出す。

「コラム、運転しにくかっただろ」

コラムとは言ってくれるがシフトはクラッチさえ踏めば入る。 迂遠に言ってくれているが完全に水無瀬のエンスト祭りを見ていたということである。

「はい・・・その、ミッションは教習所以来でしたんで」

コラムどころの話ではない。 こういう時は正直に言った方がいい、二度目ということが無きにしも非ずなのだから。

「ああ、そうだったのか。 悪いことをしたな」

ワハハと笑うが、よくこの細い道を笑いながら運転できるものだ。 少しでもハンドルがブレればブロック塀にぶつかるか擦るかしてしまうというのに。
ゆっくりと走っていた車が広い通りに出た。 ライとナギが居る。

「様子は」

運転席の窓を開けワハハと笑っていたおじさんが訊いた。

「見当たらないってさ。 俺たちも見かけなかった」

「それは重畳」

ワハハおじさんが窓を閉めアクセルを踏み込んだ。

「あの、ライたちは乗らないんですか?」

「ああ、あの二人はバイク。 ほら、水無瀬君も乗っただろ」

水無瀬君と言われ一瞬ドキリとしたが、ライが言っていた身元調査情報は共有しているのだろう。 だがそれよりももっと引っかかる言葉があった。
あの憎っくきチョッパーか。

「バイク、どこに停めてあるんですか?」

よく考えればアパートの駐輪場にバイクなど無かったし、あの時ナギはバイクに乗って去って行った。

「あのバイクはライが手を加えて加えて育てたバイクだからな、ちゃんとしたバイク置き場に置いてある。 二十四時間駐輪場の係りがいるとこで、見回りもしょっちゅうしてるとこだ。 イタズラも持っていきもされないとこだな」

「ナギのバイクじゃなかったんだ」

「うーん、まぁ一応ライのバイクだけど、二人ともそこまで深く考えてないだろう」

水無瀬の独り言にワハハおじさんが答えた。
やはり独り言が口から出ているみたいだ。 気持ち悪がられる内容だけは口にしないよう気を付けなければ。

「行き先、訊いてもいいですか?」

「俺らの里、それだけじゃ不満か?」

言う気がないようである。

「聞いた話じゃ、里に来る気はなさそうなんだろ? 悪いがその相手に場所を明かすことはしたくなくてな」

「あ、じゃ、いいです」

ワハハおじさんがミラー越しに水無瀬を見たのが分かった。 水無瀬が気持ちを軟化させるとでも思ったのだろうか。

「行き先を誤魔化す気はないがもうこんな時間だ、気にしないで寝てていいぞ」

「はい」

今日は、というか、もう零時を過ぎているから昨日になる。 昼前まで寝ていたのだ、今でようやく十二時間経ったというところだ。 眠気などありはしない。
窓の外をぼんやりと眺めていると国道に出た。 このまま走って行くとインターチェンジがある。
ワハハおじさんのスマホの着信音が鳴った。

「おう」

『今のところ怪しい車はないな、乗るか?』

相手の声が水無瀬にも聞こえる。 ハンズフリーのスピーカータイプを使っているようである。

「そうだな、乗るか」

『前に出る』

「頼む」

水無瀬がぼんやりと見ていた右車線から車が追い抜いて行き、ウインカーを出してこの車の前に車線を変更してきた。
あの車が今の話し相手が乗っている車か。 ライは人員不足だと言っていたが、いったい何人、若しくは何台の車がこの車の周りを見張っているのだろうか。
後ろをちらりと見る。 あの車もそうなのだろうか。 一応、ナンバーを覚えておこう。 覚えたとして何の変わりがあるわけではないが。

“乗る” というのは高速に乗るということだったらしく、ワハハおじさんの運転するこの車が前の車に続いてゲートをくぐった。
高速に乗ってしまっては風景も何もあったものではない。 エンジンの振動を感じながらヘッドレストに頭をあずけた。


ガタガタと身体が左右に揺れる振動で目が覚めた。 いつの間にか寝ていたようだ。
首を振って窓越しに左右の外を見ると木々がうっそうと茂っている。 前を見ると陽の光が射しこんでいるのが見える。
六時間以上この車の中で寝ていたということになる。 前日にも山ほど寝ていたというのに。

(育ち盛りかよ、どんだけ寝るんだ、俺)

水無瀬の様子に気付いたワハハおじさんがチラリとルームミラーを見た。

「おっ、目が覚めたか。 悪いな、ガタガタ道で」

水無瀬の身体は左右に揺れ背中は後ろに張り付いている。 それは坂道を上っているということ。

「もう着くから我慢してくれな」

それはおじさんの団体に見つからず追われることもなく、移動できたということになる。 ライの言っていた向こう、おじさんの団体に負傷者が多く人員不足というのは本当だったようだ。
前を見ると左右に揺れながら一台の車が走っている。 後ろを振り返ると後ろにも一台。 いや、その後ろにも一台走っている。
合計四台で移動していたのか。
ふと思い出してもう一度後ろを見た。 ナンバーを確認する。 覚えたナンバーではなかった。

(なにやってんだ、俺は・・・)

まるで子供の一人遊びじゃないか。 前に向き直ってシートに身体をあずけた。
左右を木々に囲まれたガタガタ道を上がり切ると開けたところに出た。 そこには整列という言葉を知らない何軒もの家が無造作に建っていた。 もちろんアスファルトなど敷かれていない。
家と同じで無造作に停められた車から降りた水無瀬がワハハおじさんの先導の元、一軒の家の前に立った。

目の前に木の戸がある。 木の戸。 ウッド調とかそういうものではない。 木の戸。
ワハハおじさんがその戸を開けると、二、三メートルほどの奥行きを持った土間が左右に続き、左側はこの建物の左辺に続いている。 二辺に土間が続いているということである。 それ以外のスペースは土間より随分と高くなっている、フローリングというよりは板間。 その板間は十五畳ほどのスペース。 中央には大きな座卓が置かれている。
水無瀬が来ることが分かっていたからか、常日頃からそうなのか、ガスストーブがたかれている。 かなり威力があるようで家の中全体が十分に暖まっている。

(ここは・・・公民館か?)

いま水無瀬の住むアパートのある地域には見られないが、実家地域には公民館があった。 公民館はちょっとした畳の続き間もあって、そこでは月に何度かお華やお茶、着物を着ての踊りなどを教えていた。
水無瀬は公民館かと思ったがまさにここは村の集会場である、呼び名こそ違うが似たようなものであった。

「入ってくれ」

水無瀬が土間に足を入れた。

「他の者が長を呼びに行っている」

ワハハおじさんが戸を閉め、土間から一段高くなっている石の上で靴を脱ぐと板間に上がった。 水無瀬もそれについて板間に上がると「崩していいからな」と座布団を勧められ、遠慮なくその上で胡坐をかいた。

「俺は水無瀬君の名を知っている。 だから俺も名乗るのは当然だとは思うが、あとがあるかないか分からない状態ではな」

普通ならたとえ一時と言えども名前は名乗り合うものだろう、だが秘密のありそうな村。 あとが無いのなら名乗っても無駄、若しくは避けたいということだろう。 そう考えるとライの言った “安心・安全・信用第一” と言ったのはまんざら嘘でもなさそうである。

木戸が開いて女性が入ってきた。 その手には盆が乗っている。
女性が板間まで近づくとワハハおじさんが立ち上がり盆を受け取る。 盆には湯気が立った湯呑が載っている。
女性が水無瀬を見た。 軽く頭を下げて女性に応える。

「長からの話を聞いて、考えを変えてもらえると嬉しいんやけど」

「おい、それは長に任せればいい。 それに水無瀬君には水無瀬君の生活がある。 それより煉炭は」

「父ちゃんが戻ってきたからって、どこかに行ったわ。 隠れてんやないかね」

「探して連れて来てくれ。 水無瀬君に謝らせなきゃならん」

(俺に? いったいなにを謝ってもらうんだ?)

女性が頷き出て行った。

「あの、いったい何を?」

ワハハおじさんが盆を置くと水無瀬と自分の前に湯呑を置く。

「気になるだろうがそれは本人たちに言わせる。 ケジメってもんがあるからな、それまで待ってくれ」

(ケジメって・・・)

裏社会でもなかろうに。

ワハハおじさんが何を話すでもなく茶を飲んでいる。

(もしかして俺を見張ってる? いや、それは考え過ぎだろう)

ここがどこかも分からなければ、高速を走り、下りてきてからは寝ていたから何処をどう走ったのかは分からないが坂を上ってきた。 木々が茂っていたことを考えると山道を登って来たということになる。 そんな状態でどこに逃げることも出来ないのだから。
時間を持て余してやることと言えば茶を飲むくらいである。 ワハハおじさんと同じように茶を口に含む。

少し経った頃、木戸が開いて一人の老人が入ってきた、とは言ってもまだ初老に見える。
ワハハおじさんが立ち上がり座っていた座布団を他の座布団と換えると、空になった湯呑を持って板間を降りていく。 そしてそのまま木戸から出ていった。

(もしかしてこのお爺さんが長って人か?)

老人が板間に上がって来て、さっきまでワハハおじさんが座っていたところに座った。

「水無瀬君だな?」

「はい」

「役所的にはこの村の村長とはなっているが、長の魁水山海(かいみさんかい)。 暫くは村から出られんでな、わざわざ出向いてもらって礼を言う」

「あ、聞いてます。 忌服の間出られないそうで・・・その、お悔やみを申し上げます」

水無瀬の下げた頭に長も同じように頭を下げた。

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