大福 りす の 隠れ家

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国津道  第17回

2021年03月15日 22時05分40秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第10回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第17回



「姫様・・・」

辺りを見回していた朱葉姫が振り返る。

「此処には居ないようですね、今は」

“今は” それ程に移動できるのか・・・。 それは容易いことではない。 だが有り得ることが浅香からもたらされた。

曹司から浅香への情報は曹司がスイッチをオンにすればいいことだし、切りたければオフにすればいいのだが、反対に浅香からは伝えたくてもスイッチは無い。

だが浅香がスイッチを入れなくとも曹司が浅香に気を向ければ、浅香の状況を感じることができるし、曹司は特に何かをしている以外の時は常に浅香のことをぼやりと感じるようにはしていた。

浅香の言う助手席の話から車で例えると、曹司の乗る車での運転席で半クラ状態と言っていいだろうか。 そこで気になることがあればクラッチを繋ぐ、スイッチをオンにするということである。

それは浅香と曹司の間で曹司からの一方通行であり、浅香にそんな芸当は出来ない。 早い話、どんなスイッチも浅香は持ち得ていなく、気を向けたところで近くに居れば曹司の存在を感じる程度しか持ち得ていなかった。

「瀞謝に異変があったようです」

朱葉姫の身体が強張った。


浅香が席を立ち詩甫の前に回りこむ。
電車の中は空いていたが、それでも数人が座席に座っていた。 祐樹の『姉ちゃん!』 と言う大きな声で何人かがこちらを見、その後すぐに浅香が回りこんだのを見たが、興味なさげに手の中にあるスマホに目を戻していた。

「祐樹君、大丈夫だから手を離して」

動転している祐樹を宥めると、しゃがんで顔を伏せている詩甫を覗き込もうとしたが、その前に祐樹から声がかかった。

「浅香、姉ちゃん助けて・・・」

「分かってるよ」

まるで重病では無いという風な顔を向けて祐樹の目を見て言うと、詩甫の顔を覗き込む。

「野崎さん? どうしました?」

ヒュッと音をたてて詩甫が息を吸うと深い息を吐いた。

「野崎さん?」

祐樹が今にも泣きそうに詩甫を見ている。

一つ二つ三つ、いくつ数えただろうか、固く握られていた左手を取り脈をとった。 脈が速い。 だが今の状況ではそうだろう。 どんな病気の可能性・・・いやきっとそうではないだろう。

ようやっと詩甫が浅香に応える。

「・・・すみません、もう何ともありません」

胸元に置いていた手を離し身体を起こす。 浅香と目が合う。

「どのような状態でした?」

「・・・」

それは有り得ないような事。 言っていいものだろうかと思うが、病気は急に起きることもあると聞く。 心臓の血栓関係の病気だろうか・・・。

「祐樹君も心配をしています。 話してもらえませんか?」

祐樹に心配をかけるかもしれない。 だがここで黙っている方が余計と祐樹に心配をかけてしまうことになるのだろう。 そして浅香にも。

「・・・心臓を」

「はい」

「・・・鷲掴みにされたような、握り潰されるような・・・それで痛くて、息がしにくくなって」

「今までにそのような事は?」

詩甫の迷いに関係なく浅香が訊く。
個人で色んな表現がある。 心筋梗塞、狭心症、他に色々と考えられるが、詩甫はまだ若い。 今の時代、若いからと言ってその病気に当てはまらないとは言えないが、様子がおかしかった時間もそんなに長くはなかった。 なによりもそれ以外に一番濃い原因が考えられる。

「ありません」

「浅香・・・」

浅香は真剣に応えてくれた。 それがどこか祐樹に安堵をもたらす。
不安な目をしてその目から今にも大きな涙の粒を落としそうな祐樹が浅香を見ている。

浅香が一旦祐樹を見て微笑むと再度詩甫を見る。

「一度検査をしてもらう方が良いとは思いますが、それだけでは無いかもしれません」

「え・・・」

「浅香・・・どういうこと?」

浅香の手が祐樹の震える手に伸びる。 手を覆ってやる。 手と目は違う方向を見ている。

「僕はそちらの理由の方が濃いかと思います」

「・・・どういうことですか?」

震える声を押さえるように詩甫が言う。

「そのお話しを野崎さんの部屋でしましょう。 どうですか? もう何ともありませんか? 息をするのが苦しいとか、まだどこかに痛みがあるとか、どこかに違和感はありませんか?」

詩甫が首を振る。


カラリと氷の音がしてリビングの座卓に布製のコースターを敷き、その上にガラスのコップが置かれた。 ストロー付きである。
秋が終わろうとしている山の中ではとても寒くて飲めたものではないが、この街中では時折こうして冷たいものが飲みたくなるような気温になることがある。

「インスタントしかなくて」

それはコーヒーであった。 可愛らしい花柄の入ったコップに入っている。
今詩甫はインスタントと言った。 浅香が来てから新たに作っている様子はなかった。 きっと自分で何杯か作り置きをして冷蔵庫に入れているのであろう。

「いえ、豆をひいたのは、あまり好きではありませんので、僕もインスタント派です。 いただきます」

フレッシュとシュガーを幾つか小皿にのせて一緒に置いていたが、浅香はそれを使わなかった。 インスタントではあるが、ブラックのようだ。
一口コーヒーを飲むと、職業柄なのか再度詩甫の身体を気づかう。

「どこか体に変調はありませんか?」

「はい、どこも何ともありません」

祐樹が黒い瞳を左右に振っている。 その祐樹の前にはジュースが置かれている。

「どこかに痛みもありませんか?」

「はい」

此処は詩甫の部屋。 この部屋に来るまで詩甫の手を取り、何度も詩甫を見上げ「姉ちゃん、大丈夫?」 と訊いていた祐樹。 その祐樹が今は口を噤んでいる。

「えっと、足を崩してもいいでしょうか?」

浅香は正座をしていた。

「あ、気付かなくて、どうぞ崩して下さい」

祐樹が自分の足元を見る。 祐樹も知らず正座をしていた。 いつもなら足を投げ出していたのに。 それ程に詩甫の身を案じ身を固くしていた。
浅香が胡坐をかいたと同時に、祐樹も足を崩す。

「すみません、正座が苦手でして」

詩甫がフッと笑みをこぼし、そのままきちんと座ると自分の前にもコーヒーを置きフレッシュに手を伸ばす。

「検査を受けた方がいいんですよね?」

詩甫の言いように、祐樹が不安な目を詩甫に目を向ける。

「救急隊員としては一応」

「それだけではないと言うのは? 浅香さんが他の理由の方が濃いというのは、どういうことでしょうか?」

俯いた浅香の目が閉じられた。 それは今の詩甫の質問を拒んでいるわけではない。 詩甫を傷つけることなく、不安にさせることなく、どう話し始めればいいかと考えたのだが、詩甫の部屋に来るまでもそれは何度も考えていた。 だが正解を得られなかった。 今もだ。 だからと言って黙っているわけにはいかない。
浅香の瞼が上がり、一拍遅れて俯いていた顔が上がる。

「お社の状況が変わったようです」

「え?」

「曹司から、野崎さんの健康が損なわれるかもしれないと聞かされました」

それは曹司が言ったことではない、朱葉姫が詩甫に危険が生じると言ったことからである。 だが敢えて曹司からと言った。

「・・・」

浅香が他の理由と言った時に、社でのあの視線の事ではないかとは思っていた。 だが健康を損なうまでとは考えていなかった。

「野崎さんのお気持ちを考えると言いにくいのですが、お社のことは無かった事にしてほしいと朱葉姫が仰っていたそうです」

直球であった。 どれだけ頭を捻っても、詩甫を傷つけることの無い言葉をチョイス出来なかった。 だが溺れる者は藁をも掴むではないが、全てを曹司から聞いたことにする。 それで少なくともワンクッションは置けるだろうと。

「・・・どういうこと、ですか?」

詩甫の不安を祐樹が感じる。 詩甫と同じような目を浅香に向ける。
祐樹は浅香と曹司のことも、朱葉姫のことも知っている。 だがその朱葉姫が詩甫に何を頼んだのかは知らない、いや、詩甫が頼まれたという事実さえ聞かされていなかった。 それは浅香にしても詩甫にしても、故意ではなかった。

「まずは・・・いや、第一に野崎さんの健康が一番です。 それを朱葉姫が望んでいます」

詩甫が首を振る。

「そんなことは訊いていません。 どうしてお社のことが無かったと? それでは長年の朱葉姫の想いが終(つ)いえてしまいます。 朱葉姫がどうしてそんなことを言ったんですか?」

そうだろう、そう思うだろう。 詩甫は朱葉姫と直に話したのだから、その朱葉姫の想いを重々に受け取ったのだろうから。

(くっそっ、曹司のヤロー、こんな時には知らぬ存ぜぬかよ)

電車の中で既にスイッチは切られていた。 あちらでどんなやり取りをされているのかは、浅香の知るところではない。
“僕にもよく分からないんです” そんなことを言ってしまえば一番楽だろう。 だがそれを選ぶことが出来ない。

(うわぁ、俺って面倒臭い奴だったんだぁ・・・)

改めて己を知った。

瞼を閉じ二呼吸、そして瞼を開ける。

「曹司が感じた事、それと聞いたまま、見たままをお話しします」

だがそれは責任転嫁であるのではないかと思った。 曹司のように。 それでも選ぶのは詩甫にあると思った。 それも責任転嫁であるのかもしれないが。
曹司から見聞きしたという浅香の話を聞いた詩甫は冷静だった。 反対に祐樹が顔色を青くしている。

「その、誰かは分からない怨? その怨を持った人が私に何かをすると?」

全てを言ったわけではない。
根本は朱葉姫にあるとは告げなかったし、もちろん詩甫にあるとも言わなかった。 そんなことを言ってしまえば詩甫がどれだけ朱葉姫のことを心配するであろうか、それに思いもしない行動に出るかもしれないという懸念があった。 だから漠然と怨を持つ者という言い方をした。

怨を持つ者の標的は肉体を持つ者に向かう。 それは色んな情報から分かっていることだ、詩甫もテレビや雑誌を見て知っているだろう。

「朱葉姫はそう考えているようです。 事実、野崎さんに異変がありました。 救急隊員がこんなことを言ってはいけないとは思いますが、電車の中であったことは病的なことでは無いと思っています」

浅香の台詞に病気ではなかったのかと、どこか安心ができる。 特に死にたくないとは思っていないが苦しむのは受け入れがたいし、入院などということになれば母親がどう思うか。

「それに雑草で指を切られましたが、あれ程に出血するのは有り得ないかと。 僕もあそこの雑草は抜いていましたが、あそこまで出血するような指を切らなければならない雑草は無かったと思います」

詩甫を不安にさせることばかりを言っている。 不安にさせたくないと思っているのに。

(くっそ、俺の馬鹿野郎!)

だが知って欲しい。 知って身を引いて欲しい。 他の方法が見つからないのだから言うしかなかった。

「私が浅香さんの手をお借りして、お社を閉じるということにも何かがあると?」

「朱葉姫は人死にがあるかもしれないと言っていたそうです。 それが野崎さんなのか、関わった他の人なのかは分かりません」

昔からいわくつきの所に、道路を作ろうとか開発をしようとして、ことごとくに関わった者が病気になったり命を落としたという話を聞かないわけではない。 その状況がもたらされるということなのだろうか。

「・・・」

詩甫が顔を下げる。
自分だけならともかく、自分が起こしたことを切っ掛けに、見も知らない人に厄災がおきることなど許されるものではない。
その思いは朱葉姫と同じだった。

「・・・浅香?」

詩甫はまだ顔を下げている。 詩甫の様子を伺うように祐樹が浅香をそっと見る。 今なら訊けるだろう。

「ん?」

「お社を閉じるってどういうこと?」

「ああ、そうだった言ってなかったか」

そこでかなり端折って説明をした。

「あのお社・・・潰すの?」

祐樹が戸惑った顔をしている。

「だから・・・潰す前に綺麗にしてたってこと?」

浅香が今までになくどこか寂し気な笑みを返事とした。 祐樹が顔を下げてしまう。

「お社は・・・」

今の祐樹と浅香の会話を聞いてではないだろうが、詩甫が意を決したように顔を上げる。

「はい」

「お社は私が、私自身が閉じます」

浅香と目を合わせる。

「野崎さん!」

祝詞を上げなくてはならないのだろうか、でも祝詞など知らない。 建物を潰すというのはどうしたらいいのだろうか、そんな手順は知らない。 社を終わらすにどんな手続きが・・・。 何も知らない。

「何も知らないです、何をどうしていいのかは全く分かりません。 でも私が閉じます。 私自身の手で」

「野崎さん! 相手の力は野崎さんが一番よく分かっているでしょう」

指先から血を流し、今回は心臓を鷲掴みにされたのだ。 それは病的なことではない、朱葉姫を怨む者の力。

(姉ちゃん、浅香の言う通りだよ)

祐樹がそう口を挟みたかった。
ついさっきは社を潰すと聞かされ、寂しさに口を噤んでしまったが、そうだった、詩甫は今日大変な目に遭ったのだった。 またそんなことがあるかもしれないと浅香が言っていたのだった。 だが詩甫の気持ちがそうでない。 言いたくても言えなかった。

「浅香さん」

「はい」

「あのお社を閉じるのにどんな手続きが必要なんですか?」

「野崎さん・・・」


結局、詩甫を説得することが出来なかった。 挙句に、何の手続きも要らず、あの社を閉じるに際して山の持ち主にもう話はつけてあるということを言ってしまった。
それは社としても、建物としても登録のされていない社を勝手に潰すことが出来る。 言い方は悪いが小屋を潰すようなことであった。 それで終わりということを言ってしまったと同じだった。

「あぁぁ・・・俺の馬鹿ぁ・・・」

電車の中で一人悶絶をし、頭を抱える浅香であった。


浅香が詩甫の部屋を出た後、詩甫がコップを洗っていると水切りに入ったコップを手にし布巾で拭き始めた祐樹。
この義弟はこういうことをよく手伝ってくれる。

「・・・姉ちゃん、再来週どうするの?」

詩甫が祐樹を見て最後のコップを水切りに入れながら微笑む。 タオルで手を拭く。
祐樹が拭いたコップをテーブルに置いていた。 それを詩甫が食器棚に戻していく。

「お姉ちゃんってね・・・頑固なの」

「そんなことないよ?」

優しい姉だ、頑固だなんてことは無い。

水きりに入れられた最後のコップを拭きテーブルに置いた。 布巾を布巾かけに戻す。 詩甫がテーブルに置かれた最後のコップを食器棚に戻す。

「約束は守りたいの。 それに単なる約束じゃないから。 朱葉姫の想いがよくよく分かっているから。 瀞謝として朱葉姫の紅葉姫社を知った時から、この事は始まっていたのかもしれないから」

祐樹が俯く。 そんなことを言われれば、どう言っていいのか分からない。

「ね、状況は変わっちゃった。 この事で祐樹が怪我をしちゃったら、お姉ちゃん悲しくなるから祐樹はお社に行かないように―――」

「行くよ!」

俯いていた顔を上げて真正面から詩甫を見てはっきりと言った。

「姉ちゃんを一人にさせないからっ」

「祐樹・・・、お願い」

「オ、オレは強いんだから! そいつが出てきたら、い、石を投げてやるんだから!」

詩甫が電車の中で苦しんでいる時に自分は何も出来なかった。 浅香に頼るしかなかった。 今回だけじゃない。 いつもいつも浅香に頼ってばかりいる。
浅香に頼ることに厭う気持ちはない。 大人として、大人にしか出来ないことをしてくれている。 それに詩甫のことをよく見ていてくれているとも思っている。 大切な姉のことを。 でも自分で出来ることは自分でする。 相手は幽霊だ、怖いかもしれない、でも怖くても石くらい投げられる。

「幽霊に石を投げても、ぶつからないで通っていくと思うよ?」

「う・・・」

・・・他の方法を考えよう。

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