大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第75回

2022年06月28日 21時53分56秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第70回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第75回



少し前、他出着に着替えたシキが、従者が見えなくなったところで回廊を下りるとロセイに言った。

「ロセイお願い」

「ですが今は」

「ロセイ、ロセイはわたくしの考えていることを分かってくれているわね?」

「・・・はい」

「お願い」

一度頭を下げたロセイが意を決したように、大きくなり翼を広げシキの前に出した。

「ありがとう」

その翼に座すとロセイが翼を納める。 シキがロセイの背に座す。
シキを乗せたロセイが翼を広げ空を舞った。

「久しいわ。 気持ちがいい」

「それはよう御座いました。 ですが今頃、昌耶は腰を抜かしておりましょう」

「ふふ、あとでお説教が待っているわね」

「その時にはご一緒に」

先に岩山が見える。

シキの姿をとらえた見張番。

「え? シキ様?」

婚姻の儀を上げたシキがロセイに乗って飛ぶことはもう無いはず。 すぐに剛度を呼んだ。
剛度と今居る見張番全員が見守る中、ロセイに乗るシキが洞に入って行った。

「どういうことだ・・・」

剛度が言う。
何かあったのだろうか。 東の五色である紫揺が本領の地下に入ったことを知っている。 己も間接的に手を貸したのだから。 己たちの知らないところで何か起こっているのだろうか。
剛度が振り向き百藻と瑞樹を見た。

「シキ様が洞を潜られたと宮にお知らせしろ」

他の者がすぐに馬を出してきた。 百藻と瑞樹が騎乗する。

「一刻も早くお知らせしろ」

剛度の切羽詰まった気が伝わったのか、百藻と瑞樹が頷くと常は歩かせる岩山なのに速歩(はやあし)で降りて行った。

「宮で何が起きているのか・・・」

剛度の心配を嘲るようだがシキが飛んだ元の元はぶっちゃけ “恋” が原因である。

百藻と瑞樹が馬を走らせ宮の門前に着いた。
客人があるわけではない。 門番から下問される。

「領土のお人もいないのに何用か」

この門番はあからさまに見張番を見下していた。 それを知っている百藻と瑞樹。 そして百藻と瑞樹は知らないが、北の領土の狼たちのことも見下していて、狼たちハクロとシグロはこの門番のことを気に入っていない。

「ほぉー、門番はシキ様が飛ばれたことをご存じないと仰るか?」

百藻が言う。

「シキ様が? ・・・だからと言って見張番がしゃしゃり出る話ではないだろう。 見張番は領土のお人を警護するだけだろう」

「御冗談を」

瑞樹が言い、にこやかにしていた顔を真顔にかえる。

「我らは洞の出入りを見ている。 門番と同じだ。 その意味が分からんか」

美丈夫な瑞樹だがその目を据わらせると何とも言いようのない迫力がある。 据わった目の瑞樹に睨み据えられ門番が怯んだ。 だが門番としての矜持がある。 簡単に通すわけにはいかない。

「だからどうと言う」

「シキ様が洞を抜けられたことは大きい。 それが分からんか? 我らを通す通さないの話ではない。 シキ様のことをご報告せねばどうなるかくらい門番にも分かるだろう」

「見張番風情に言われなくとも分かっているわ!」

「ではすぐに門を開けていただきたい」

見張番に言われたから口を動かすみたいで腹立たしいが、内門の門番にシキのことを伝える。 内門の門番が走った。

百藻と瑞樹が目を合わせる。 出来ることならマツリの権限でこの門番をかえて欲しいと。
だが今の問題はそういうことではない。 内門の門番が走ったのだから四方の耳に届くはずである、もう用はない。 百藻と瑞樹が馬首を回して岩山に向かって馬を走らせた。 その後ろ姿を見ていた門番が舌打ちをした音は百藻にも瑞樹にも聞こえはしなかった。

内門番が走り回り、やっとのことで四方の従者を見つけることが出来、見張番から聞いたシキのことを話すことが出来た。

この従者は四方から離れてはいたが、四方の居所を知っている。 門番は回廊に上がることは許されていないが為、庭や渡廊の下を走っていたが、従者は回廊に上がっている。 回廊をどたばたとは走れない。 足早に歩くと小階段を降り履き物を履いて走り出す。 宮内の門をくぐると財貨省へ急いだ。

まだ武官長が揃っていなく、財貨省長も人選びで困っているのだろう。 一度顔を出して武官長がまだだと知るとまた引っ込んでいった。

四方とマツリが茶を飲みながら話している。

「で? 杠はなんと?」

「面合わせと聞いて一瞬顔を強張らせましたが、父上もいらっしゃるからと言っておきました。 体術はそれまでに一度我と手を合わせたいと言っておりました」

そこに従者が息を切らせてやって来た。 尾能が従者から話を聞く。 一つ頷くと四方に歩み寄った。

「見張番からで御座います。 シキ様が洞を潜られたそうです」

え? と四方とマツリが目を見開く。

「まことか」

「見張番からの報告で御座います」

逡巡を見せた四方。

「承知した」

尾能に言うと続けてマツリに言う。

「夜までに帰って来なければ飛んでくれ。 ・・・東の領土だろう」

夜行性のキョウゲンと違うロセイのことを考えると陽が落ちる前に戻ってくるはずだ。 戻って来なければ東の領土のどこかに泊まるつもりだろうが、今のシキはあくまでもお役御免となった身だ、領土に飛ぶことすら許されないというのに、更にその様な勝手は許されない。

どうしてそこまで紫揺に固執するのか、と考える四方の横でマツリが肘をつくとその手の中に額を置いた。
思い当たる節がある。 夕べの酒の席でのことを波葉がシキに言ったのならば、泣いた紫揺を気にしてシキが東に飛ぶことは十分にあり得る。
波葉に話したことは失敗か。

泣かせたことは悪いとは思っているが、それでもそこまで心配せねばならないか、もう童女ではないのに。 それにシキはもうお役御免となっているのに。

武官長が揃って部屋に入ってきた。

「お待たせして申し訳ありません」

武官長四人が頭を下げ席に着くと、その後を財貨省長と三名の文官がついて入ってきた。 三か所で押さえなくてはいけない。 一ケ所に一人ということか。

一人の武官長が立ち上がりマツリの方を見て言う。

「造幣所でお手を煩わせたそうで、申し訳ございません」

マツリが捕らえ引き渡した武官の武官長である。 報告はちゃんとしているようだ。

「あれしき何ということもない」

マツリの返事を聞くと四方が話を進める。 立っていた武官長が座る。

「人数は集められたか」

「可能な限り」

「造幣所の話を聞く限りは、先に分かっていた者しか咎人はおらんかったということだ。 そこから考えるに、多数の武官が要るかどうかは分からんが、万が一ということがある。 一人残らず捕らえる」

武官長四人が頷く。

「では説明をする」

白木から聞いた事を先に話し、次に杠が城家主の屋敷から持って帰った紙を広げ前に座る武官長に見せる。 見終わった武官長が財貨省長に紙を回す。

「省長、光石の採石場と加工所の人数は調べたか」

「ここに」 懐から紙を出すとそれぞれの人数と名が書かれていた。

「では、段取りを組もう」



「あれ?」

やっと泡だて器の代わりになる物を見つけた葉月。 もう使わなくなった調理道具が置かれている小屋から出て空を見上げると、上空にロセイに乗るシキの姿が目に入った。
すぐに領主に知らせようと領主の家に走る。 と、紫揺の家を過ぎたあたりで塔弥を見かけた。

部屋に戻ると待ち構えられているのは分かっている。 いつ紫揺が出て来ても分かるように紫揺の家の辺りをウロウロとしていた。

「塔弥! シキ様が来られたみたい」

塔弥が上空を見る。 かなり近くまでロセイが飛んできている。
すぐに領主の家に走り領主に知らせる。
湖彩がホッとした顔で長卓に項垂れた。

ロセイが領主の家の向こう、緑がたくさん生えている所にそっと降り立つ。 ロセイの翼に乗ってシキがロセイから下りた。

領主より先に駆け付けた秋我がロセイに近寄った時にはロセイは身を小さくしていた。

「シキ様、何か御座いましたでしょうか」

お役御免となったシキが東の領土に飛んでくることなど有り得ないはずだ。

「少し紫とお話がしたいのだけれど、いいかしら?」

秋我が後ろについていた塔弥を見ると、塔弥が紫揺を呼びに走った。

「こんな所では、どうぞ家にお入りください」

「気にしないでちょうだい。 紫とお話をするだけだから」

マツリが来た時もそう言っていた。 いったい本領が紫揺に何の話があると言うのだろうか。
遅れてやって来た領主。 離れた所に葉月もいる。

「領主、婚姻の儀の折には来て頂いてありがとう」

「お招きを有難うございました」

シキが紫揺と話がしたいと言っていると秋我が領主に耳打ちをする。

「どうぞ、家の方に」

「秋我にも言いましたが気にしないでちょうだい。 少しお話をするだけだから。 領土の方はどうかしら?」

マツリからは聞いているが紫揺が来るまでの時間潰しに訊く。

「お陰様で紫さまのお力は存在だけで民を幸せにして下さっております」

「まあ、あの時とは比べ物にならないわね」

あの時、まだ紫揺が見つからず民が悲しみに暮れていた。 シキはその時に東の領土を見ていた。 民に添い、民の悲しみを拭うようにしていたが、どうしても民の悲しみを拭うことは出来なかった。

「いいえ、そのようなことは。 紫さまがこの領土に来て下さるまで、シキ様が民を励まして下さったことが大きいかと」

本当にそうだった。 この東の領土のあちこちに飛び、民の嘆きにずっと耳を傾け黙って聞き続け、そして背中をさすり 『必ず紫は戻ってきますよ』 と言いながら涙を拭ってくれていた。

「少しでもお役に立てたのなら嬉しいけれど、やはり紫の存在は大きいわね」

紫揺を本領に招けばまたこの領土が悲しみに暮れてしまうのだろうか。 代わりの五色では力不足になるのだろうか。

「シキ様!」

シキが憂いていると紫揺の声が聞こえた。
声をする方に顔を向けると紫揺が走ってきている。

「紫さま、走ってはいけません!」

塔弥の叱責が飛ぶが聞く耳など持っていない。

「紫」

シキが両手を広げる。 その腕の中に入る紫揺。

「どうしたんですか? 急な用ですか? あ、まさかまた?」

リツソに何かあったのだろうか。

塔弥に遅れてお付き、さらに遅れて此之葉がやって来た。

「いいえ、そうじゃないわ。 紫に謝りたくて来たの」

「え?」

シキが領主を見る。

「二人だけにしてもらえるかしら?」

領主が頷き秋我と塔弥を促しその場をあとにする。 他の者もそれに続く。 それを見届けたシキ。

「マツリが御免なさいね」

「え?」

「紫を泣かせてしまって」

紫揺がシキを見上げていた顔を下げた。

「シキ様が謝るなんて・・・」

シキが紫揺の首に気付いた。 赤くなっている。 紫揺の首に手を当てる。 紫揺が少し顔を歪めた。

「これは?」

「あ・・・その。 痒くて、こすり過ぎました」

波葉からは首に口付けたと聞いている。 痒いのではないだろう。

「紫? 紫の手をここに当てて」

「え?」

「ここに手を」

シキに言われるがまま左の掌を首に当てると、入れ替わりにシキの手が紫揺の首から離れる。

「五色の色の力のことは覚えている?」

「はい」

「青の力は雷や風であるけれど春の力でもあるわ。 春は木々や草花が芽吹くもの。 青の力、春の力を紫の手をあてている場所に送ってみて。 いい? 間違って雷や風の力を送ってはいけなくてよ。 芽吹くのは緑。 新緑よ。 緑というのは最初を現すことでもあるの」

「最初?」

「ええ。 元に戻すということ。 慌てなくてもいいから掌から春の力を送ってみて」

青の力は使ったことがある。 それで花を咲かせてきたのだから。 それは春の力を使っていたということか。 心に思っただけで花を咲かせていた。 だがそうならば、同じように思うと首から花が咲いてくるのではないだろうか。

「首からお花が咲きませんか?」

「まぁ、可愛らしいことを考えるのね。 お花ではなくて緑を心に浮かべてちょうだい」

そうだった。 緑と言われていたのだった。

紫揺の瞳が青色になっていく。 その下には黒色の瞳がある。 一人で五色を持つ者の濃い青色。
シキは何も言わず紫揺を見ている。

何をしているのだろうかと、遠目からシキと紫揺を幾つもの瞳が見ている。

手で触ると痛かった首、触らなくともヒリヒリとしていた。 そのヒリヒリが遠のいていく。
手で首を押してみても痛くない。 首から手を外す。
シキが紫揺の首を覗き込んでニコリとする。

「治ったわ。 もう痛くないでしょ? 上手く力を使えているようね」

「こんな使い方もあるんですね」

シキが微笑む。

「マツリのことを許してもらえないかしら」

紫揺の顔が固まった。 たとえシキが言おうと許せるはずなどない。 口を一文字に引き結ぶ。

「紫を泣かせたことはわたくしも許せないわ。 でもマツリは紫のことを想っているの」

「そんなことありません」

有り得るわけない。

「マツリ自身がやっと気づいたの。 もっと柔らかく紫に向き合えばよかったものを紫を泣かせてしまって・・・。 マツリに言葉が足りないのは常なることですけれど、このような時には言葉が足りないでは済まされません。 それは分かっているわ」

柔らかく暖かく優しい声。
シキを見上げあの時のことを思い出す。
下ろしてと言ったのに反対に持ち上げられた。 耳元でマツリの声が聞こえた。 目の端にマツリの銀髪が映った。
そして・・・。
シキを見上げている瞳にジワリと涙が浮かんでくる。

「紫、ごめんなさい」

紫揺がシキに抱きついて声を殺して泣く。
シキが紫揺の頭を抱いてやる。

「ごめんなさい、心細かったわね」

遠目に見ていた秋我と領主が目を合わせる。 お付きたちもそうだ。

「此之葉ちゃん、紫さまに何かあったの?」

「何かあったことはあったみたいなんだけど言ってくださらなくて」

「シキ様はご存知だってことね」

此之葉と葉月の会話を耳にした領主。

「そう言えばシキ様は謝りに来たと仰ったか」

「ええ、たしかにそう聞きました」

秋我が答える。

「本領でマツリ様と何かあったということか」

「マツリ様の代わりにシキ様が謝りに来られたということですか?」

「それ以外考えられんだろう」

紫揺に助言をしたのはマツリだ。 二人が話していたことは分かっている。 あの二人が穏便になど話せるはずがない。

「ではシキ様が紫さまの憂いを取って下さるのでしょうか」

此之葉が領主に問う。

「取って下さると良いが」

是非とも取って頂きたい。 誰よりも塔弥が思いながら話を聞いている。

どれくらいの時が流れたのだろうか。
紫揺がシキから離れた。 手はまだシキの腕を握っているが頭は下げている。 紫揺の表情が見えない。

「ごめんなさいシキ様。 シキ様が悪いわけじゃないのに謝らせてばかりで」

「紫が謝ることではないわ」

「シキ様は大好きです。 でも・・・マツリのことはキライです。 だから許すも許さないもありません」

「紫・・・」

「伝えておいてください。 東の領土に来ても私の目の前に現れるなって」

シキが息をついた。

「・・・伝えておくわ」

紫揺が顔を上げる。 また涙が頬を伝う。

「紫・・・」

シキが指で涙を拭いてやる。

「もう泣かないで、大丈夫だから。 わたくしが紫の心を分ちあうわ。 ね、一人じゃないから」

紫揺が自分の手巾を出すとゴシゴシと目をこする。

「まぁ、そんなに乱暴にしては。 おかしなさいな」

シキが手巾を受け取る。 片手を頬にあてまだ流れてくる涙をそっと押さえてやる。

「杠が言っていたわ」

紫揺が驚いた目をする。 ここで杠の名前が出るとは思ってもいなかった。

「紫と杠が父上の前に出た時、紫はそこに居ないマツリのことを父上に尋ねたと」

「え?」

「どうしてかしら」

紫揺が首を傾げる。
記憶にないのであろう。 シキも杠から言われて思い出したほどだ。

「さっきも言いました。 わたくしは紫と心を分ちあうわ。 紫は一人ではないのですからね。 いつでもお話しに来てね」

「シキ様」

「さ、皆が心配しているわ。 安心させてあげて」

紫揺が振り向くとずっと向こうで領主やお付き、此之葉や葉月までもがこちらの様子を窺っている。

ロセイが身体を大きくした。
それを合図に領主と秋我、此之葉が歩いて来る。 そしてその横を塔弥が走って来た。

「紫さま!」

「まぁ、塔弥が心配して」

まで言うと紫揺を見た。
紫揺がシキを振り返り微笑み返す。

「心配性なんです」

走って来た塔弥。 紫揺の顔に泣いたあとが目にとれる。

「シキ様、紫さまは・・・」

普通に考えると一介のお付きからシキに話しかけるなど有り得ない。 だがそんなことを考える余裕もなく塔弥が紫揺の様子を案じている。

「泣かせてしまったわ。 ごめんなさいね」

塔弥に言うが紫揺がそれに答える。

「シキ様のせいじゃありません」

紫揺を見て微笑み、次に塔弥に目先を転じる。

「塔弥、暫くは心配をかけるでしょうが頼みます。 紫の憂いはわたくしが知っています。 紫にも言いましたが紫の心はわたくしが分ちあいます。 皆が憂うことの無いよう頼みますね」

塔弥が厳しい顔をして頷く。

やっと領主がやって来た。

「シキ様」

「領主、邪魔をしました。 紫とお話が出来ました」

領主が紫揺を見ると完全に泣いたあとと分かる。

「紫、忘れないで。 いつでもいらっしゃいな」

紫揺がコクリと頷く。

ロセイが羽を広げシキが座る。 羽を畳むとシキがロセイの背に乗った。

領主と秋我が頭を下げる中、ロセイが羽ばたいて空に飛んだ。
空を見て見送るお付きたちと此之葉と葉月。
ロセイの姿が見えなくなった。

「紫さま・・・」

塔弥が紫揺の名を呼ぶ。

「大丈夫。 何でもないから」

俯いた紫揺の顔に異変を感じた。 先ほどまでそんなことは無かったのに。

「紫さま? お顔を上げてください」

「ん?」

紫揺が顔を上げる。 熱っぽさを感じる顔。
塔弥がすぐに紫揺の額に手をあてる。 熱い。

「紫さまお熱が」

「え?」

自分で自分の額を触るが熱さなど感じない。 掌にも熱を持っているのだから分かるはずもない。
紫揺の身体がぐらりと傾ぐと塔弥がすぐに支えた。

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