大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第74回

2022年06月24日 22時28分56秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第70回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第74回



帰ってきた紫揺とお付き。

お転婆に水を飲ませ、汗を流してやりブラシをかけるとガザンと共に家に戻った。
すぐに此之葉がやってきて紫揺に茶を用意する。 ガザンには水を。 ガブガブと水を飲んでいるガザンを見ながら茶をすする。

「阿秀さん、ちゃんと言いました?」

唐突な質問。

「え?」

「此之葉さん、阿秀さんに応えました?」

「あ・・・」

「此之葉さんには幸せになってもらいたいと思っています。 OKですよね?」

僅かの時だが此之葉は紫揺に代わって日本で働いていた。 その中でOKの言葉を聞いている。 意味は分かる。

「・・・はい」

頬を染め、俯いたまま答える。

「良かった! あとは葉月ちゃんか」

「え? 葉月?」

己のことなど忘れたかのように顔を上げ、紫揺を見るその目がキョトンとしている。

水を飲み終えたガザンが紫揺の横に伏せる。 ガザンの身体を撫でながら紫揺が話を進める。

「あれ? 気付かなかったんですか?」

なんのことかと此之葉が首を振る。

「葉月ちゃん、想い人がいますよ」

「え?」

「その人も葉月ちゃんのことを想っています。 けしかけときました」

「・・・え?」

「上手くいけばいいですね」

自分のことを探すことだけに時を取られていた皆に幸せになってもらいたい。
心寄せている相手が居るのなら、そして相手も心寄せているのなら、それ以上のことはない。

お互いに好いているのなら・・・。

紫揺の笑顔がかげった。 それは僅かなことだったが此之葉は紫揺の様子がおかしいことに気付いている。 見逃すはずはない。

「私のこともそうですが、どうして急に?」

「皆さん一人の人としての時間を割いて紫を探してくれていました。 好きな人が居て相手も好きでいてくれるのなら皆さんに幸せになってもらいたいから。 ちょっと余裕が出来たのかな。 それに耶緒さんは一人・・・あ、秋我さんがいるけど、頑張ってきていたのを敢えて知って、私も・・・私にはお付きのみんなが居てくれるし、此之葉さんも葉月ちゃんも沢山の人が支えてくれてるって、今更ながら実感したってところもあるかな」

そうなのだろうか。 本当にそれだけなのだろうか。 それで様子がおかしいというのは有り得ないだろう。 それに秋我は悲しそうな顔をしていたと言っていた。 今もそうだ、笑顔がかげった。

「私たちの幸せは紫さまのお幸せです・・・民もそうです」

何を言いたいのだろうかと紫揺が小首をかしげる。

「紫さまが心痛めておいででは、私たちにも民にも幸せは訪れません」

シキも同じようなことを言っていた。 どうしてそんなことを急に言うのかと訝しながらも「はい」と答えておく。 此之葉が紫揺の憂いを知っているとは思いもしなかったのだから。 それに此之葉が知る知らない以前に紫揺自身が憂いていることさえ分かっていない。 ただ腹が立ってムカついて・・・涙が出るだけだ。

「私の幸せは民が幸せでいてくれること。 此之葉さんやお付きの人が幸せでいてくれること。 それに心なんて痛めていませんよ? ちょっと腹立つことがあるけど、そんなの無視したらいいだけから」

本領であったことだろうか。

「本領で何か御座いましたか?」

あったのは本領ではない。 この東の領土に入ってからだ。 ましてや本領では身体を動かして楽しく過ごした記憶の方が多い。
この領土であんなことをすれば塔弥からどれだけお説教をされるか。

「本領は楽しかったですよ。 勉強にもなったし。 ・・・お兄ちゃんって想える人との出会いもあったし」

「お兄ちゃん? その様な方が本領に?」

「はい。 あれって何て言うのかなぁ・・・赤い糸? それは違うか。 なんだろ。 分からないけど、もしお兄ちゃんが居てくれたらこの人しかいないって思える人」

「その方は紫さまのことを何と?」

「妹って思ってくれてます。 弟でもいいみたいだけど」

あの時の会話を思い出す。

幸せそうに紫揺が柔らかく笑む。
一抹にホッと安堵する此之葉だが憂いが取れたわけではない。 ではどうして紫揺の様子がおかしいのだろうか。

「その方とお会いできないのはお寂しいですか?」

「まぁ・・・会えるに越したことは無いけど本領と東の領土だもん。 会えないのは分かってることだし、領土に帰る時には見守ってるって言ってくれたからそれで十分」

ニコリとして紫揺が言う。
寂しさを感じない笑顔。 この事ではないようだ。 紫揺から話してくれるのを待つしかないのだろうか。

紫揺のことは此之葉に任せ、厩舎の中では男五人が塔弥を取り囲んでいた。
これが地下道か高架下ならチンピラが予備校生をいたぶっているような図だ。

「そんなはずないだろーよー」

「言えよー」

「いや、だから・・・おやつ? その話を聞いてただけで。 紫さまが甘い物がお好きとか・・・」

「それだけであの雰囲気はないだろうよー」

「らしいな塔弥。 かなりいい雰囲気だったって聞いたんだがー?」

「いい雰囲気って・・・。 それは勝手に思ったことだろ」

「ふーん・・・。 で、阿秀の名が出たらしいが、なんで出た? どうして塔弥と紫さまの間の話しで、それもおやつの話しでなんで阿秀の名が出るー?」

「あ・・・」

全員の目が光った。 思い当たることがあるらしい。

「隠すなよ」

「言え」

「吐け」

「いや・・・その」

厩舎の入り口から声が掛かった。

「おーい、塔弥ぁ。 領主がお呼びだぁ」

領主が家の外に居ると醍十と目があった。 そのまま醍十を家の中に入れ他の者と同じ質問をすると「此之葉が嫁に出るまでは考えられません」ときっぱりと言った。
その時はそう遠くない時だと思われる。 領主が醍十も野夜と同じく保留組とした。
だが此之葉と言われれば塔弥も気になる。 塔弥も此之葉もずっと誰とも接触がなかったのだから。

『塔弥を呼んできてくれ』

領主が醍十に言ったが、塔弥からしてみれば今は天の助けであった。 それがすぐにぶち壊されることになるとは知らなかったが。

「ってことで」

にこやかに五人を後にしかけたが振り返った。

「忘れてた。 お転婆で走っても泉で泳いでもスッキリとはされなかったようだ。 此之葉一人では飛び出されたらどうにもならないと思う」

「はっ!?」

五人が目を合わせ塔弥の後を追うように厩を出た。

今のところ紫揺は大人しくしているようで、紫揺の部屋から紫揺と此之葉の声が聞こえる。
醍十もいれた六人がお付きの部屋に戻った。

部屋に戻ると野夜と悠蓮が馬のことを話し出した。 若い馬でないと到底お転婆にはついて行けないと。

「そろそろ牝にフケ(発情)がくるだろ。 増やすか」

お付きの馬は必要以上に増やしていない。

「今から種を付けて産まれた仔が大きくなるのを待つまでには、紫さまも大人しくなってるだろうよ。 いや、そういう意味じゃなくて、余っている馬でいいからそっちを乗っていいか?」

「余ってる馬って・・・鈍足じゃないか」

「言えてるな」

「野夜、悠蓮、馬を言い訳にお転婆から戦線離脱を謀ってるんじゃないだろうな」

野夜と悠蓮が明後日を見る。
目を眇めた梁湶。

「お前らの乗る馬はまだ歳とは言えん」

「そこそこお歳だ。 お転婆にはついて行けん」

「これからのことを考えて繁殖はさせよう。 阿秀には俺から言っておく。 その周期に来ていることは確かだからな。 だが馬を言い訳に戦線離脱は認めんからな」

野夜と悠蓮が目を合わせる。 作戦は失敗に終わったようだ。

それから暫くしてグッタリとした顔の塔弥が部屋に入ってくると六人の目が注がれた。

「次、誰か。 梁湶と醍十と野夜以外」

残りの者たちが突き合う。 お前が行け、と。 もう全員が何の話かは知っている。

「後でも先でも一緒だろうが。 塔弥、指名してやれ」

「んじゃ、湖彩」

「なんでだよー!」

湖彩が塔弥に突っかかる前に早く行けと、部屋から蹴り出された。

塔弥が湖彩に続いて部屋を出ようとすると、話の続きがあると止められたが「ちょっと紫さまのことで出る」と言われた。 そう言われれば止めることは出来ない。

塔弥が玄関を出て行った音を聞くと醍十以外の四人がニヤリと笑った。

「かなり絞られたみたいだな」

「ってことは、相手がいるってことか」

「誰だと思う?」

「塔弥が今まで話したことのある女って限られてるだろ?」

「話したことは無くても見かけたとか? 一目惚れってやつとか?」

「一目惚れって言えば・・・」

野夜が悠蓮を見る。

「なに? なんだ?」

事情を知らない若冲と梁湶。

「悠蓮、吐け」

恋バナは女の特権ではなさそうだ。

家を出た塔弥が大きなため息を吐く。 ほんの少し前ならこんなことで溜息などつかなくてもよかったはずなのに。
どうしてこんなことになったんだ、と少し前を回顧するがまた溜息が出るだけである。

己に気付かぬふりをして、紫揺に言われたことは聞かなかったことにして遣り過ごすしかない。 己に出来ることはその程度しかないのだから。
己の溜息など二の次だ。
足を進め目的の人物を探しに出た。

領主の家では領主がニンマリとしながら湖彩に訊き返した。

「で? 紫さまに付いて行った時に知ったその女人は辺境の者か」

「気になるくらいです」

「他には居らんのか?」

「領主、我々お付きといえど、それぞれ己のことは考えています」

「考えておらんから言っておる」

「そんなことはありません」

「では、紫さまが今も見つかっていなければ湖彩はどうしていた」

「女人どころではありません。 ですが実際、紫さまは我らの前におられます」

「で? 紫さまがおられる。 湖彩は湖彩の想い人に心を寄せるのか?」

「いや・・・。 それは。 ・・・あの紫さまです。 今そんな余裕などは・・・」

「だからそれを言っておる」

塔弥の探していた人物が目の前で女たちと話しながら歩いてきた。
ゴクリと息を飲む。 目を閉じ己の精神を落ち着かせる。 再び目を開けると回顧したものは無かった事としてその人物を呼んだ。

「葉月」

女達と山の恵みを手にしながら話していた葉月が顔を巡らせ塔弥を見た。

「なに?」

「訊きたいことがある」

女達と葉月が眉を上げる。

「紫さまのことで」

それだけで葉月が分かった。 もちろん女たちも。

「あとで行くね、先に準備を始めといて。 今日の夕餉は楽しみね」

各家で料理をすることもあれば共同で料理をすることもある。 今日の山の恵は女たちが楽しく会話をしながら共同台所で料理をする予定だ。
女達が葉月の持っている籠を受け取ると葉月を残して塔弥の横を通り過ぎた。

「紫さまがどうかしたの?」

心に決めたはずなのに葉月と目があってドキリとする。 だがそれを押しのける。

「ちょこれーと、ぱふぇ、けーき、ぷりん・・・それと・・・しゅーくりーむ、そういうものを知っているか?」

「日本の物ね。 知ってる。 それがなに?」

日本で暮らしていた時、料理本を買って島の子供達に作ってあげていたし、タイミングが良ければ塔弥を除くお付きたちも口にしていた。

「作れるか?」

作れるかと、唐突に訊かれても。 何のことだろうかと思ってしまう。
それにそれらは日本で食べられているスイーツである。 塔弥が知らないメニューを言うはずはない。 ということは、紫揺が欲しているのだろうか。

「・・・材料が領土にないかな。 それにケーキとかシュ-クリームを作ろうと思うとオーブンもないし・・・。 あ、窯でいけるのかな」

「その中のどれか一つでいい。 似たものでもいいから作れないか?」

葉月が考えるようにこめかみを押さえ顔を下げる。
暫しの時のあと。

「パフェとプリンなら似た物が作れる」

塔弥の顔に明るさが差す。

「作ってくれないか?」

「日本のようなお砂糖がないからなぁ・・・。 お砂糖の甘味が足りなくなるけどいい?」

パフェ・・・もし紫揺がフルーツパフェと思い描いていたのならばなんとかなるが、チョコレートと言っていたくらいだ、きっとチョコレートパフェだろう。
そのチョコレートパフェとなればバナナが必須となってくる。 そのバナナがこの領土には無いのは痛いが、パフェに決められた果物があるわけではい。 この領土の果物でも何とかなるだろう。
だが一番痛いところはチョコレートがこの領土にはないということだ。
チョコレートは厳しいところがあるが、砂糖がなくともプリンのカラメルならなんとかモドキで作ることが出来なくもないはず。

「紫さまは甘い物がお好きと仰ってた」

紫揺の話しと聞かされたのに、何の振りもなく甘い物の名を出されてなんのことだろうとは思ったが、やはりそういうことか。
もう一度、葉月がこめかみを押さえる。

「うーん。 乳製品で誤魔化そうか。 甘味じゃなくてコクで。 それと・・・蜂蜜、えっとどの蜜が一番濃い色をして甘かったっけ・・・。 あ、そこに苦みも・・・」

独り言をつぶやくと塔弥を見た。
塔弥が再度ドキリとする。

「濃い乳の出る牛。 明日の早朝その乳を取ってきてくれる? それで試してみる。 その行き帰りにでも甘い果物があったらもぎってきて。 他のものは私が用意する」

蒸し器はあるが生クリームもどきを作るに、泡だて器の代わりになる物を探さなくてはいけない。 それに濃い卵もだ。
プリンは焼きプリンではなく蒸しプリンにしよう。 今の状態ではそれが無難だ。

「あ、ああ。 それでは頼む」

塔弥が踵を返しかけると葉月が止めた。

「紫さま、どうかしたの?」

「・・・そのような物を食べたいと仰ったから」

「日本を恋しがっていらっしゃるの?」

「いや、そうではなさそうだが」

泣いていたことなど言えない。

「塔弥、私に出来ることは何でもする。 何でも言って。 オーブンがなくてもケーキもシュークリームもなんとか作ってみる。 チョコレートに見合うものを探す。 そしたらフルーツパフェだけじゃなくて、チョコレートパフェも出来るかもしれない」

何を言われているのか塔弥はチンプンカンプンだ。 だが紫揺に懸命なのが分かる。

「今はそれだけだ。 明日朝すぐに濃い乳を出す牛の所に行く」

「うん。 お願いね、準備して待ってるから」

―――待ってるから

塔弥の心に響く。 だがそれは塔弥を待っているのではない。 葉月が待っているのは濃い乳と甘い果物だ。 分かっている。 だがどこかでその言葉を鮮明に感じ喜んでいる。
紫揺が泣いていたのに・・・。
鮮明に感じたことが罪に思える。

「ああ。 頼む。 明日持ってくる」

塔弥がその場を去った。

「・・・塔弥」

葉月の声は踵を返した塔弥には聞こえなかった。



「シキ様?」

『昌耶、喉が痛いの。 薬湯を作ってきてくれる?』

シキに言われ薬湯を作り戻ってきた昌耶。 襖戸を開け部屋に入ったがシキが居ない。

「シキ様?」

部屋中を探すが姿がない。 シキだけではないロセイも。
襖戸を勢いよく開けると仁王立ちで回廊に座していた従者に問う。

「シキ様は!?」

「ちょっと待っているように仰られお房を出て行かれました」

「誰もお付きしなかったのですかっ!」

「お付きしようとしましたら、止められまして・・・」

「なっ、何ということをっ!」

目を吊り上げ従者に向かって言うと、回廊に走り出て勾欄に手をつき回廊から見える空を見上げ、口をわなつかせる。

「シキ様―――!!」

大声を上げて膝をついた。

何故か他出着を着たシキに待っているようにと言われ、回廊で座していたシキの従者が目を丸くしている。

昌耶にはシキがどこに行ったか分かっている。 追いかけることなど出来ない。

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