大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第128回

2020年03月09日 22時45分21秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第120回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第128回



日本の本島でないこともあるし、余りにも小さな島だ。 それに春樹たち、ここに勤める者にこの場所の住所は知らされていない。
よって、島であるのだから海図が必要だ。 だが海図などの読み方を知らないし、手元に海図などない。 だから船に乗った場所、そこから太陽を軸にしてどちらの方向に向かっておおよそどれだけの時間を船に乗っていたのかを告げていた。 親父さんはそこからこの場所に見当をつけたのだろう。

「ああ、移動はしてないからそこだと思う。 岩礁が多いって言ってたけど大丈夫か?」

以前、紫揺から迎えに来てもらえるのであれば、獅子がうろついている方に来てほしいと聞かされていたのでそれを伝えていた。
その方向は島の西側にあたるが、調べてみると岩礁が多いらしいと聞いた。 そして船では到底島につけることは出来ないと親父さんが言っていたと。

「全部下調べ済みよ。 俺じゃなくて親父がな。 船を出す気満々だからな。 船で岩礁は避けられないから、近くにはゴムボートで迎えに行く。 エンジン付きだぜ」

「エンジン付きの? ゴムボート?」

「そっ。 そのボートって親父とお前ともう一人、三人ぐらいは乗れるよ」

「親父さんが持ってたのか?」

「そうよ、俺も知らなかったけど。 親父の趣味は俺には理解できない」

「ふーん、船も持ってていい趣味してるじゃん。 じゃ、全面的に頼る。 こまめに連絡をくれ。 ああ、それと俺は乗らないから」

「へ?」

「彼女だけ頼む。 俺はコッチで仕事あるし。 じゃ、悪いけどあとのことも頼むな」

あとの事と言うのは船を降りた後のことだ。
紫揺と話していて感じたことがあった。 大会や遠征にあちらこちらへ出ていたはずなのに、地元以外を全くと言っていいほど知らなかった。

どこへ移動するにも、先輩の後や同期の後ろをついて歩いていたと言っていた。 道を覚える、場所を覚えるということがなかったようだった。 紫揺は乗り物を知らない、そしてきっと方向音痴だろう。

電車通学をしていたのだから定期も切符も買えるだろうが、それはあくまで近距離の話。 そして紫揺の知っている路線だけの話。 長距離となり、全く知らない駅ともなると切符は買えないだろう。
遠征の時にはマネージャーが用意していたと言っていた。

そんな紫揺を船着き場で放置されては後味が悪いし、これからも紫揺と連絡を取るつもりでいた。 その時の事を考えると、出来うる限りのサポートはしておかなくては。

「あとのことって?」

「駅まで送っていって切符を買ってやって。 出来れば、乗るホーム・・・立つ位置迄まで連れて行ってほしいくらい」

「ウソダロー、彼女って言ってたくせに、どんなお子様だよー」

かなりイイ線の彼女を想像していたのに。
春樹から『彼女』 と聞いた時には、春樹が付き合っている『彼女』 かと思い、訊いてみたが『まだ、そんなんじゃないよ』 と言っていた。 だからして、アワヨクバ、などと考えていたのに、エライ計算違いだったようだ。

「連絡待ってるから。 じゃ、ヨロシク」

スマホを切るとメモに自分のスマホの番号を書き財布を手に取った。 財布の中にはなけなしの札が入っている。 数枚の千円札を残し、ありったけの一万円札と数枚の千円札と一緒にメモを折りたたんだ。 封筒などという気の利いた物がなかったから、そのままポケットに入れる。

どうせここに居て金など使うことは無いのだから。 それに来た時もそうだったが、交通費としてアパートからの電車代、船着き場までのタクシー代を来た早々渡された。 何らかの用事でアパートに帰らなくなったとしても、その時にも交通費をくれると言っていた。 金が必要になることは無い。
それなら数枚の千円を残す必要は無いのだが、それではあまりにも寂しい。


紫揺の元に戻った春樹を食い入る様な目で見つめた。

「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。 いまから用意して出るって」

「ホントですか!?」

「ああ、用意って言っても、必要なものは全部準備済みだろうから、今から着替えて家を出るってことだと思うよ」

「じゃ! じゃ! 今夜中に出られるんですね!?」

「声が大きいよ」

クスリと笑って人差し指を唇に当てる。

「あ・・・」

思わず両手で口を押えた。

「で、いつ連絡が入るか分からない。 だから、えっと・・・」

その次の言葉が言いたくてもなかなか出ない。

「なんですか?」

「あの、そのぅ・・・」

「はい?」

ハッキリ言ってくれと眉間に皺を寄せる。 頼みごとをしているという立場をすっかり忘れているようだ。

「何て言ったらいいか・・・」

紫揺の中でブチっと糸が切れた。 それが何の糸か、そして自覚する。
私って・・・短気なのかもしれない。
当初のリツソが聞けば、大きく首を上下にして何度も頷くだろう。

「言いたいことを言って下さい」

私に遠慮せずに言ってくださいと言いかけて、自覚しながらも、短気が言葉を変えてしまった。

「ん・・・。 じゃ、連絡が入るまで・・・ぼ、僕の・・・」

「俺でいいです」

「あ、うんそうだったね。 その、俺の部屋で・・・待ってもらえるかな?」

「先輩の部屋で?」

「うん、えっと、此処では携帯を禁じられてるんだ。 でも携帯で連絡を取ってるから、誰かに聞かれたくないんだよね」

自分の部屋に紫揺を招きたいという下心があるわけではないということを、一気に言った。 下心は無いわけではない。

「あ、そうなんですね。 すみません気が付かなくて」

眉間の皺がなくなった。

「じゃ? いい? 俺の部屋に来てくれる? ・・・じゃなくて、入っても―――」

春樹が言いかける端から紫揺が歩き出した。

「行きます」

「あ。 はい」

春樹が紫揺の後を追って歩いた。

ガザンと一緒に待っているのも手だと思ったが、いつ誰が来るか分かったものではない。 この瀬戸際において誰にも見つかりたくなかった。


「ふーん・・・」

背中を木に預け、組んでいた右手を上げると指先を口にあてた。

「今夜中に出られる・・・? どういう意味だろ」

この木に来た時には春樹はいなかった。 こちらに背を向けた紫揺一人だけだったから、ここまで近づけた。
丁度寝入りそうになった時、大きな音がした。 寝入り際は、些細な音にでも敏感になるもの。 そんな時に大きな音を聞いたのだ。 何だろうと思ってベッドサイドにあるライトをつけ、窓の外を覗くと、使用人達の住む建物に向かって走っていく紫揺の姿が目に入った。

てっきり夜遅くに力の練習でもしているのかと思い後を追ったが、ただずっと立っているだけで、何かをしようとする動きが見えない。 いったい何をしようとしているのだろうかと思っていた時に、春樹が出てきたのには心底驚いた。

春樹が何を言っているのかは聞こえなかったが、紫揺の大きな声は聞くことが出来た。 それが 『ホントですか』 と 『今夜中に出られるんですね』 だった。

「やっぱり知り合いだったんだ」

口にあてていた指を頬に広げると、軽く首を傾げる。
以前、春樹と知り合いなのだろうから、春樹を紹介してほしいと言った時には、今日初めて挨拶をしただけで知り合いではないという風なことを言っていたのに。

「今夜中か・・・」

今夜何かあるのだろうということは分かる。 『出られる』 というのは、誰が何処から何処へ出るのかが分からない。 喜んでいる様子だったが、それがどう紫揺に関係するのかも。
チラッと紫揺の消えた方に目をやる。

「まぁ、一晩くらいここに居てもいいか」


「どうする?」

隣りに立つアマフウの横顔に尋ねた。 尋ねられたアマフウはまだ窓の外を見ている。

「このまま放っておく?」

再度トウオウが尋ねる。

「ま、オレはどうでもいいけどね」

言うと両腕を頭の後ろに組んでその場を離れ、ゆっくりと身体を捻った。

「・・・っつ!」

僅かに顔を歪める。
まだ背中の傷が痛むようだが、普通にしている分には何ともないほどには回復をしている。

「セッカはもう部屋に戻ったのかしら」

アマフウを振り返ると、いつの間に窓から目を離していたのだろうか、問うた相手のトウオウを見ていた。

「セッカ? セッカなら部屋に戻ったんじゃないか? だからセイハも出て行ったんだろ」

セイハは紫揺のように窓から出て行くなどということは出来ない。 階下に降りて出て行くにはセッカに姿を見られてしまう。
門限があるわけではない。 別に姿を見られて困ることもないが、こんな夜にどこに行くのだなどと、アレコレと訊かれるかと思うと姿を見られずに済むに越したことはない。
セイハが外に出たということはセッカが部屋に戻ったということだろう。

「背中・・・まだ痛いのね」

「痛いって程じゃないけどね。 どっちかって言えば、ジッとしてるから鈍(なま)ってるってとこかな」

訝し気にアマフウの片眉が上がった。 それに応えるように、トウオウの片方の口角が上がる。

「本当かしら」


「あ、あの、散らかっててゴメン」

散らけるようなものもないし、さっき帰ってきた時にそれなりに片付けていたが、取り敢えず言ってみる。
靴を脱ぎ捨てると先に部屋に上がって、なにか座布団代わりになるものを探すが、到底そんなものは見当たらない。 どうしてさっき帰ってきた時に座布団のことを思い浮かべなかったのかと、後悔するがもう今更である。 座布団は諦めよう。

「気にしないでください。 こちらこそお邪魔しちゃって」

戸を閉めると脱ぎ捨てられた春樹の靴を揃える。

「あ! そんなのいいから、上がって。 その、お茶でも入れるね。 あ、それともコーピィー」

声は裏返っているし、緊張のあまり唇が上手く動いてくれないようだ。 まるで沸騰した時にお知らせをする薬缶の様な 『ピー』 になってしまった。

「あわわ・・・えっと、コーヒーがいい?」

言い終わると紫揺に背を向け、片手で唇を、もう片手で喉を乱暴にマッサージする。

「どうぞ、おかまいなく」

言い終わると靴を脱ぐわけでもなく、上がり口に持っていた上着を置くとその横に腰を下ろし、膝に顔をうずめた。

勢いよく出てきたはいいが、このまま船に乗ってしまうということはもうニョゼと会えないということだ。
サヨナラの挨拶も出来なかった。 うううん、そんな挨拶など元から出来るはずはなかった。 紫揺が此処をこっそり出て行くからサヨナラです。 そんなことが言えるはずはない。
ニョゼに止められるか、紫揺のしたいことをさせムロイとの板挟みになるかのどちらかだ。
サヨナラなんて言ったらニョゼを困らせるだけなのは分かっている。 でも、一言も残さずニョゼの前から姿を消しては悲しみしか残らない。 まだここに居るというのに、悲しみが胸の底から溢れてくる。
紫揺の返事に向き直った春樹だが紫揺の姿を見るなり

「え? 暗っ!」 と発してしまった。

慌てて口を押える。 コホンと一つ咳を払うと仕切り直して話しかける。

「どうしたの? 紫揺ちゃんの希望通りに事が運んでるっていうのに」

あまり見てはいけないかと思い、紫揺から目を離すと湯を沸かし、唯一のコーヒーカップと唯一の湯呑にインスタントコーヒーを入れる。

「いえ、何でもありません。 その、ちょっと気になることがあったから」

くぐもった声だ。 まだ膝に顔を埋めているのだろう。

「それって・・・もしかして、急に伸ばしてほしいって言ってたことと関係ある?」

返事が帰って来ない。

「上がってきなよ。 ほら、コーヒー淹れたから」

二つのコーヒーが入った器を小さなテーブルに置くと、思い出したようにポケットからタバコとライター、携帯灰皿を出すとテーブルの上に置きかけて、カーペットの上に置いた。

「お邪魔します」

立ち上がり、お辞儀をすると靴を脱いで置かれていたコーヒーカップの前に座った。

「座布団なくてゴメン」

「いえ、カーペットがあるから充分です」

「インスタントだけど飲んで。 ミルクは入れたけど砂糖はなくて。 砂糖抜きでも大丈夫?」

ミルクは消味期限の短いコーヒーフレッシュではなく粉末状のものだ。

「大丈夫です。 頂きます」

コクリと一口飲む。

「ね、気になることがあれば言って欲しいんだけど? その、送り出す側としては・・・。 えっと、ハッキリ言って今回のことは宜しくないんじゃない? ここから出たければ、キノラさんにそう言えばいいと思うし、でも言えないって言ってたよね? 頼むのは不可能だって。
まあ、理由は言えないって言うのをコッチも了解してのことだけど。 でも今紫揺ちゃんは違う事で悩んでるんじゃないの? その、これって結局脱走って言い方になるじゃない? その片棒を担ぐわけだし、気に病んでいることは言って欲しいんだ。 でないと、ここを出た後にも紫揺ちゃんはずっと気に病むんじゃない? だったら、ここに残ってる俺が紫揺ちゃんの気に病んでることの引き続きをする? 見る? 聞く? 何だか分かんないけど、そういう協力が出来ると思うんだ」

ずっと下を向いている紫揺だったが、春樹の言葉は心に沁みている。

「・・・」

「まぁ、無理にとは言わないけど」

一口コーヒーを飲むと、ステキなお友達を入れていたポケットに手を入れる。

(ポケットから現ナマを出して渡すって、なんか嫌なシチュエーションだよな。 これなら部屋に置いておけばよかった)

とは言っても、その時には紫揺が気軽に部屋に入るとは思ってもいなかったし、強引に部屋に入れるわけにはいかないと思っていたのだから仕方がない。

「あと・・・。 これを渡しておく。 はい」

紫揺の呑んでいたコーヒーカップの横に折りたたまれた札を置いた。

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