ギリシャ神話あれこれ:老婆の巫女

 
 私は子供の頃から、死そのものを怖いと思ったことはなかった。が、自分だけが死から見放され、置いてけぼりにされるのは怖かった。自分だけ死ねずに、生きなければならないのが怖かった。今でもそう。
 手塚治虫の「火の鳥未来編」は、その意味で本当にイヤだった。主人公マサトが、望みもしないのに永遠の命を与えられて、肉体が朽ち果ててもなお生き続け、再び地球に生命を甦らせるハメになる。……ま、この漫画のおかげで、学生時代、哲学の勉強で、「理神論」の立場がよく分かったんだけど。

 さて。アポロンから予言の力を授かり、その神託を受けて人々に伝えた、シビュラという巫女がいた。彼女の名前はやがて、巫女の総称となった。

 で、アポロンが、クマエのシビュラ(巫女)である、美しいデイフォーブに惚れてしまった。彼はカッサンドラのときと同様、贈り物で気を惹こうとする。彼女の手に砂を握らせ、その砂粒の数に等しい数の寿命を与えて言い寄るアポロン。相変わらず傲慢で卑劣な奴。
 が結局、彼女はアポロンを拒む。例によって、与えたものを奪い返すことはできない。アポロンは仕返しに、長寿だけを与えて、永遠の若さを与えずにおいた。巫女は、醜く老いてなお生き続け、ボロきれのような姿で、千年ものあいだ、預言しながら諸国を放浪してまわった。最後には、ヨイヨイ婆あを通り越し、皺くちゃに干からびて、セミになったともいう。

 アポロンが拒まれる理由の一つは、その求愛のしつこさにあるのではないかと思う。なまじ自信家なだけに、拒まれるワケなどあるものかと、牡牛のように突進してくる。
 美しいニンフのカスタリアは、アポロンに求愛されるけれども、頑なに拒み続け、とうとうアポロンから逃れるために、泉に身を投げて死んでしまう。
 また、同じく美しいニンフのアカントスは、アポロンのしつこい求愛に腹を立て、ついに彼の顔を爪で引っ掻いてしまい、怒った彼に、トゲのある葉アザミに変えられてしまう。

 ところで日本は、世界最長寿の国なのだとか。日本て、何事についてもそうだが、質よりも量を評価するところがある。
 が、中身のない人生って、無駄そのもの。長生き自体を美徳とするのはやめたほうがいいと思う。

 画像は、ヴェダー「クマエの巫女」。
  エリフ・ヴェダー(Elihu Vedder, 1836-1923, American)

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