手紙

 
 今では、電子メールというもののおかげで、手紙なんて書かなくなった。味気ない気もするけど、文章を書く、という点では基本的に同じなんだから、手軽で便利なメールは結構なものだと思う。
 だからだろうが、昨今では、喫茶店でも電車でも、みんながみんな、携帯電話を手に黙々とメールを打っている。私は携帯電話を持ってないので妙味が分からないが、つまり世の中、そういうふうになってきてるわけかな。やっぱり、ちょっと味気ない。

 モーム「手紙」は、モームの短編のなかで最も優れた、かつ有名なものらしい。
 
 モームのいわゆる南洋ものの一つで、美貌の人妻が、ある殺人事件を引き起こす。一見、正当防衛かに見えた事件だが、一通の手紙が現われ、思いもよらない新局面が展開する。……ま、ホントは思いくらいはよる展開なんだけど。

 モームの描く女性というのは、この「手紙」のレズリーもそうだし、「人間の絆」の悪女ミルドレッドもそうで、「月と六ペンス」の、ごく普通の平凡な主婦ストリックランド夫人すらそうなんだけれど、なんとも皮相で、情念的で、どろどろしている。私には不吉な印象がする。
 同じく情念的な人間でも、抑圧された性である女性がそうである場合、殊更に陰湿で、ねちねちしているような気がする。同性ながら怖ろしい。
 
 その人の価値観は両性観に最もよく現われる、と言うが、モームってきっと、ニヒルでおどろおどろしい人間だったに違いない。どうもモームには、好い印象を持てない私。

 結局、真相は闇に葬られる。で、そのとき一役買ったのは、弁護士事務所で見習をしている、ある中国人だった。
 私は個人的な訳があって中国を好きになれない。が、中国人というのはホントに、狡知に長けたコスモポリタンだな、と思う。愚直なほど勤勉でマメな国民性に憤りさえ感じない日本人とは、随分な違い。
 
 ちなみに、器用な中国人ではあるけれど、日本人と同じく、RとLとを区別して発音するのはできないらしい。

 画像は、メルチャーズ「手紙」。
  ガリ・メルチャーズ(Gari Melchers, 1860-1932, American)

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