人間の中で 老いていくことができるのは たかが肉体にすぎない。
孔子いわく
吾 十有語にして 学に志す
三十にして 立つ
四十にして 惑わず
五十にして 天命を知る
六十にして 耳順(したが)う
七十にして 心の欲するところに従うも 矩(のり)をこえず
10余歳で 勉強が嫌いになり
30余歳で 立つことも とぎれとぎれ
40余歳で とまどいを 厄年のせいにする
こんな私でも 確かに 老いるのはたかが肉体に過ぎない 今日の雨ふる ふるふるおもふ
台風の前ぶれ 意識のよこぶれ 東鳩サブレ
五十にして 執着親父
六十にして わがまま じじい
七十にして アル中ハイマー 完成の
前ぶれ たてぶれ ひよこサブレ
そんな私でも 確かに いきております おかげのおこげ
ああ ありがたや ありがたや
しじゅうごじゅう(四十五十)は 乳のみ頃
まだまだ めいわくかけますが
できれば なりたい 為に ひとさま
子供 怒るな 来た道じゃ
年寄り 嫌うな いく道じゃ
わたしゃ40の 不惑の人。 ときた。