まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

それならなぜ僕を生んだの?

2021年04月13日 | Weblog

なぜか、今朝は、こんな表題になってしまったのだけれど。

何十年前になるのか、学校から帰った庭先で母親を詰った僕がいたわけだ。

もちろん、母親は泣き始め、だ。

どんな理由からだったのか、いずれ、何かの行動、仕草を母親に叱られた腹いせに、って流れだろうな。

それにしても、ひどい言い草、世の母親方からは総スカン食いそうな物言いだよね。

それなら、からの始まりがまた、ありがちな心理というのか論理というのか思考グセというのか。

そんな流れでもあるね。

僕のこの時のフレーズは、僕の中で生きているのだけれど、果たして、母親の中では、というのか。

その外の、どこに格納されているものなのか。

要介護度3、いや、4だったか、であれば、現在時点での記憶の手繰り寄せ方は、おぼつかなく。

昨日、お昼時、タランティーノの「パルプ・フィクション」という映画の話題になり。

あれ、冒頭のシーンを、いくつかの視点で撮っていて、それを斬新な思いで観入った記憶があるんだけど。

われわれが日々、日常の中で体験・経験していることを、神の如き視点で描いていた、とも言えるか。

面白かったな。

そんなタランティーノもハリウッドを密かに襲っているスキャンダルの渦中の人かも、なんて話もあったり。

悲しい話だ。

それはともかく、今朝の雨は、いい雨だな。

春雨じゃ濡れていこう、と大見えを切りつつ今日に出かけるとします。

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