端布に恋した私

小さな端布を 縫い集めてつくるパッチワークは 
私の楽しい趣味の一つです。

証 明

2008-08-14 | Weblog
藤沢周平原作に惹かれて 映画「山桜」を見に行った時のこと。
チケット売り場の表示は 60歳以上(シニア)千円と表示してあり
ます。

千円札一枚出して 
「シニア一枚下さい」と私。
「何か証明ありますか?」とチケット売り場の 若い女性。
「えっ 証明が要るのですか?」「この顔のしわでは だめですか?」
と私。
「免許証か保険証ありませんか?」
買い物に 街に出てきて 時間が余り 立ち寄った映画館です。

「そんなものありません。」と私。
なければ 通常料金。

これは一大事と
私を 証明するものを 探すべく バックをかき回していると 
いつも使っている バスのカードが見えたらしく 
「ああ バスのカードがあればいいですよ」 の返事

何のことはない このカードは現金の入金を記憶し 乗り降りの時に
タッチするだけで 料金の精算が出来るもので 小銭の出し入れを
省けるものなのです。
私の証明には ならないはずなのに それでOKでした。
口の悪い友達は 「老人の無料パス と間違えたのよ」といいます。
そんなー 老人にまで間違えるなんて ……。

多分 バスの会社と提携して居たのかと 思っていますが
いまだに 不思議です。

今時 仕事の人は 大抵首から写真つきの認証カードを提げていますが
私のような 無職のものは 私を証明するものがありません。
穴熊さんに 「あなたの配偶者ですよね」と念を押して 「違います。」
といわれたら ……。
近頃 物忘れの多い 穴熊さん ありうることです。

写真の 植物 葉の淵に一杯の子供をつけています。
触ると ぽろぽろこぼれて 子供が又根を広げていきます。

子持ち弁慶草ではないかと 思うのですが……
ちょっと過保護な サボテンの仲間です。
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木 柾

2008-08-13 | Weblog
一週間ほど前 稲の収穫をしている時 稲の束を動かすたびに
沢山の 赤とんぼが まとわり付いてきます。
追っても追っても まとわり付く とんぼを見て お盆も近いことだし
ぐうたら娘が暑い中 稲の取入れをしているのを 母が元気付けに来た
のだと 母が逝って43年も過ぎているのに ふと思ってしまいました。

何のことはない とんぼは稲の束が動くたびに出る 小さな虫を
探していたのです。
子供の頃 先祖様は赤とんぼの背に乗って 帰ってくると年寄りに
教えられましたが 今の子供は信じるでしょうか。

今日から お盆。
我が家も 先ほどお寺さんが 盆のお経をあげに見えました。
若いお坊さんです。

いつも 相手をする私は お坊さんの使っておられる 鞄に興味しんしん。
今日は 昔のお医者様が 往診に持っておられたような 鞄の
小ぶりなもので とてもステキなものでした。

話の途中 中身まで拝見して 見せていただいたのが 写真の「木柾」
(もくしょう)です。
縦12cm 横6cm 高さ6cmほどのケヤキの木ですが くり抜いて
あるので 上を叩くと いい音がします。
お経のリズムを取る 為のものらしいのですが 携帯木魚のようなものです。
とてもいい音でした。
使い込まれた ケヤキの木目は とても綺麗で こんな道具を一生ものと
言うのだろうなあーとふと思いました。

扇風機の風と 冷たいお茶で一服して 黒い涼しげな紗の着物の襟を
直しつつ 帰られました。

家庭訪問の 先生が帰られた時を思い出しています。
今日も 蒸し暑くなりそうです。

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空 蝉

2008-08-11 | Weblog
今朝 長男一家がセントレアに向けて 帰って行きました。
毎年 夏に帰省しますが 孫も もう五年生です。

我が家に まだ孫が居ない頃 孫自慢をする人を あまり快く思って
いませんでしたが 今は 二人で孫にメロメロです。
迎えに行った 空港から トイザラスに 直行するのが恒例になって
いますが 私たちも孫が居なければ 訪れることもない お店です。

花火や トランプゲームに付き合い アッと言う間に日にちが過ぎ
今朝 帰りました。
元の爺と婆の生活になり 抜け殻の心境です。

「クヌギ」の幼木には 蝉の抜け殻が付いています。
まさに「空蝉」です。

孫は 年寄りの老いを忘れさせ 先の短いことも忘れさせてくれます。
帰省のたびに 柱につける背丈の印は 去年より9cmも伸びて
いました。

何時まで孫の成長が 見られるのでしょう。
二人で黙って 昼ごはんを済ませたところです。
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百日紅

2008-08-06 | Weblog
この暑い猛暑の中 百日紅が綺麗に咲いています。

暑さの中で咲く花々は どれも鮮やかな色をして しっかり暮らせと
言われているようです
それと言うのも この半月ほど 探し物をしていました。

ちょっと出かける用事が出来 めったにしないのに 気に入りの
ネックレス を付けてみましたが 着ていた洋服の襟繰りとなじまず 
はずしたところまでは 記憶に鮮明に残っているのですが 
それから後の記憶が ないのです。
時間に追われ あわてていたことも 原因です。

安物ですが 気に入っていたので いつもの定位置に後で 置くつもりで
ちょっとどこに置いたのでしょう。
氣にかかり出したら なお気にかかります。

心当たりを あちこちそれとなく片付けをかねて探しますが 見つかり
ません。見つからないと考えると 余計に氣になります。
そうは言っても この狭い家の中にあることには 間違いないと 変な
慰めを 自分に言い聞かせ あきらめていました。

ところがヒョッコリ今朝見つかったのです。
何度も探したところでしたが 気がつかなかったのでしょう。

井上 陽水ではないけど
♪♪探し物は なんですか?
  見つけにくいものですが? 
   まだまだ探す氣ですか?♪♪ の心境でした。
小さな気がかりが 解決し なんだか嬉しい日でした。
 
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収 穫

2008-08-04 | Weblog

わずかな面積の水田の収穫なのに もう一週間も 田んぼに行ったり
来たり して居ます。
日中の暑い時間を避けて 刈り取り田んぼに広げ 裏返して脱穀の
手順ですが 最後の一枚は 刈り取って 掛け干しです。

稲束をこうして掛けて干しておけば 都合のよいときに脱穀出来るので
安心です。

我が家くらいの耕作面積だと 大型機械なら30分くらいで刈り取って
しまいます。其の後乾燥機で人工的に乾燥します。

我が家の場合 刈り取った稲は 一把一把田んぼに広げ 翌日裏返し
次の日 脱穀で 出来上がりですが お天道様のご機嫌や にわか雨を
考えつつの仕事なので 大変です。

しかし 今年は世間は猛暑ですが この取り入れに関してはありがたい
お天気でした。
今日 わずかの仕事を済ませれば ひと段落です。

足も腰も 疲れていますが 働かざるもの食うべからずと 自分に
言いつつ 頑張っています。

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方 言

2008-08-01 | Weblog
子供の頃 ご近所にバリバリの鹿児島弁の一家が住んでいました。
父と職場も一緒で 子供も我が家と年齢が同じ位だったので 家族
ぐるみで 親しくしていました。

オバサンは特にバリバリの鹿児島弁で 特有の抑揚で話す言葉は
横で聞いていて 子供ながら感心して外国語を聞いている感じでした。

「英語は耳で覚えよ」の言葉通り 其の頃の訓練の賜物か 今では
難しい鹿児島弁でも大丈夫 理解できますし 物まねも出来ます。

狭い日本といいつつも いろいろな方言をテレビやラジオで聞いていると
理解できない部分があっても なんとなく心が和みます。

私の県も 知事が交代してから 県のPRで時々宮崎弁が出ています。
宮崎県も北のほうと南では 藩の領地の違いで全然方言が違います。
それと共に色々な習慣や 行事も違うようです。

そんな中「だれた」の言葉は よく口にします。(誰ですか噴出したのは)
五段活用で言えば 過去形ですが だれる だれた だれるとき
だれれば となるのでしょう。
と 言うことは形容詞。
強調するときは「ひんだれた」 となります。

つまり 疲れたという意味ですが 体の疲れのほか 心配事の疲れなど
を指す時もありますが 「だれた」のときは過去形のときが多く 
お疲れさんの 言葉をかけます。

標準語の「疲れた」でもなく「面倒」でも 「大変だった」でもなく
自分のどこかに 心地よさや満足感を残し そして疲れがある そんな
言葉が「だれた」なのです。

炎天下 穴熊さんと二人で わずかばかりの田んぼの収穫が始まります。
早くかたずいて 「だれたね」と言えるといいと思います。
コメント (4)
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