端布に恋した私

小さな端布を 縫い集めてつくるパッチワークは 
私の楽しい趣味の一つです。

ゴルフ

2006-01-29 | Weblog
昨日 離れて住む息子から 亭主にゴルフのクラブが届いた。

定年後に 回りに勧められて始めて十年 なかなか上達しない。
帰ってくると スコアカードを片手に 悔やむこと 悔やむこと。
始める前は 動かない玉をたたくのに なにが難しいのかと
飲むたびに ほらを吹いていたのに。

そんな親父を 知ってか知らずか 息子が送ってくれたクラブを
焼酎のコップと 変わるがわる なぜていた。

多分クラブが良くなっても 90をきることは出来ないだろう
と思っているが そんなこと口には出来ません。

我が家から 歩いて20分の所から 車で30分の間にゴルフ場
が 7つもあるし せいぜい頑張ってもらいましょう。

それにしても コンペのたびに反省会があるのに 何を反省
しているのか 私には理解できません。
スコアの あがることを祈るばかりです。
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焼酎文化

2006-01-28 | Weblog
私の住む 田舎では 焼酎の文化があると思う。
知人の家の 棟上があればまず焼酎を届ける。
5本か 3本か 2本かは その付き合いの
親しさに比例する。

病気の見舞いは 一般世間の慣習道理だが
お返しは 集落の集まりのとき 焼酎で返す。
本家を訪ねる 盆暮の挨拶のときも 勿論焼酎は
欠かせない。
何か頼みごとや 断りごとで他人の家を訪ねるとき
その家の主が 下戸であっても 焼酎は欠かせない。

そんな田舎の 共同作業の終了時には 一杯出る。
話が弾み まとまらない話もまとまり 役場やJAの
連絡も スムーズに行われる。

この世の中に アルコールがなくなっても 全然困らない
私であるが 我が家の亭主は無類の 呑み助。
毎晩 焼酎がないことには 夜が来ない。

こんな亭主と長年暮らしていると 宴会や飲み会から
帰ってくる足取りと 顔色で その日のアルコール含有量
が 分かるようになった。
さっとお茶漬けを出すべきか 冷たい水か はたまたすぐ
寝間に案内すべきか ズボンを抜くのに支えがいるか
わが感に 狂いの生ずることは 少ない。

長年の古女房も たいしたものである。 

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向田邦子

2006-01-24 | 趣味
今年の夏は 向田邦子さんが 逝かれて二十五年になる。

戦後の 混乱の時期 親は子供たちの空腹を満たすのに
精一杯で 生活に余裕などなかった。
そんな時に 子供時代をすごした 私にとって
本を買ってもらう ことはとても嬉しいことだった。
キャラメルの中の カードを集めて もらう子供向けの 
本は 裸電球の下で むさぼるように読んだ。
食べ物にも餓えていたが 読み物にも餓えていた。

そんな子供時代の 癖は大人になっても 続いている。
やすむ前には 必ず本を枕元に置いておく。
そんな時の本に 向田邦子さんの本がある。

エッセイやドラマの脚本を 読んでいると 本当に
素敵な人だったと思う。人間に備わっている五感が全て
鋭く研ぎ澄まされていた人で 本当の大人の女性だったと思う。
知的で やさしく 思いやりがあり 鋭く 遊び上手で
舌が肥えていて ---料理も上手でーーー
本当に 惜しい人を亡くしたと思う。

切ない 恋もしていた向田邦子さん 私の憧れの人だけど
唯一つ 私と同じで冬でも室内では 靴下を履くことがなかった
と 何かで読んで知ったとき ちょっぴり嬉しくなりました。
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縫い物

2006-01-22 | 趣味
東京国際キルトフェスティバルが 昨日から始まっている。
今年こそは 腰を上げて行ってみたいと 思っていたが
この寒さと 不案内の都会に 足踏みしてしまった。

糸と針 そして布を使って なにかを作る。
何で こんなに針を握っていると 落ち着くのだろう
不思議な気がする。

企業戦士だった ご主人の残されたネクタイでタペストリー
を 作られた方や 幼い子供を残して 逝かれた母親の
古着で子供たちの ベッドカバーを作られた方
そんな話を 読んだり 聞いたりすると 出来上がった
作品ひとつ ひとつが見ているものに 語りかけて
いるようだ。
古い着物を解いて 縫っていると この着物を着ていた人
の 喜びや悲しみが 伝わってくるような気がする。

認知症で徘徊の 義父を見ながら 時間を見つけて
針を動かしていた 私はこの縫い物にどれだけ 慰められたか
分からない。

男女共同参画が 言われている時代に 女性に縫い物の話を
進めるのは 少し気が引けるが こんな楽しみ 女だけの
楽しみにしておきたい気もする。
 
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震 災

2006-01-17 | Weblog
あの日 朝六時 いつものように 枕元のラジオのスイッチを
入れた。
あの時の 驚きは今でも覚えている。
テレビをつけた。 神戸の町が 映し出され次々と火の手が
あがっている。子供の頃のあの 戦争の光景そのものだった。

足が震え テレビは見ていられなかった。
職場に行っても 一日中神戸と淡路の被災の模様を 伝えていた。
何より 痛ましいと感じたのは 建物の下敷きになり
助けられるべき 方々が押し寄せる 火災の中にのまれて
いかれたという。
親を残して逃げた方 子供を残して逃げた方 遠く離れて住む
私でも 涙が止まらなかった。

今朝 両親と兄を失い 十三歳になった少年が 式典で 追悼式に
出ておられたが その姿を見てまたも 涙を出してしまった。

時は 十一年たち あの時の幼児は 十三歳に成長していた。
本人は勿論 周りの方々のご苦労は 大変なものだったと思う。

こんな災害は 今でも起こっている。新潟の地震 この冬の
雪害 昨年の台風など 。
そんな 一番困ったとき 助けてくれる 政治が本当の政治で
あり そうあって欲しいと 心から願っている。
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畦焼き

2006-01-15 | Weblog
例年にない 寒さの続く中で ここ宮崎地方では 昨日 三月
下旬から 四月上旬の暖かさになった。
一日中 暖房器具もお休み。
着ているものも 一枚脱いで 子供たちは半袖で走り回っていた。

そんな 春の気配の中 農村地帯では春の準備が始まります。
今日は 各戸から一人づつ参加して 畦焼きが行われます。
各地区ごとに 区割りがしてあり その受け持ち地区の
畦や 休耕田 空き地 ため池の堤など を焼いていきます。

消防団に出動をお願いし 風向きや 人員の配置など 経験者の
指導のもと 半日かけての作業です。

その 昇る煙やパチパチ燃える音を聞いていると いよいよ
春の近いのを感じます。

やがてその後に 土筆や スミレが咲き始め 春が本番に
なります。



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同窓会

2006-01-14 | Weblog
生まれ在所に住む うちの旦那たち 毎年同窓会をする。
七十歳を過ぎて 人生残りが少なくなったせいか
暇人が多くなったせいか それにしても 何回もの
打ち合わせ会 をするのは表の理由で 本当は よって
集まって 焼酎飲みが多いみたいだ。

皆 じいちゃん ばあちゃんだが 話を聞いていると
昔の中学生に 還っている。
苗字は呼ばなくても ちゃん呼び で通用する。
大学の先生 農協の理事 シルバーセンターの理事長
と 現役の人たち 定年退職した人たち それぞれの 自分の
今までの 人生を背中にしまい 子供に還っている。

そんな 様子を見ていると 故郷の同窓生は 今ごろ
どうしているのかなあー と懐かしく思います。

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フライパン

2006-01-11 | 食べ物
去年の暮に フライパンを買った。
今まで使っていた フライパンの テフロンが剥げて
きたせいもあるが 二人暮らしになり 大きすぎたの
も理由だった。

小ぶりで 今流行の深めのを買って 使い始めたが これが
使い心地が悪い。
コンロに乗せたとき 五徳とフライパンの底の大きさが
まったく同じで すわりが悪い。
五徳が 少し大きいか フライパンの底が少し小さいか すれば
うまく収まるのに 必ずずれて 歯がゆいくらいずっこける。
中に 料理の材料を入れ 片手で柄を握って料理に取り掛かれば
なんの問題もないのだが 自分の買いかたの悪いのを棚に上げて
歯がゆい思いをしている。

相手より 自分がほんの少し 大きい気持ちで接していれば
何事も うまく収まるだろうに 相手と同じ次元で 対等に
接して 不満をためている 自分と同じではないか?

揉め事が起こったとき 自分が 相手より少し大人になって
なんて:::::
そんなこと 私には まだまだ出来そうに ありません。 
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春が来る

2006-01-10 | Weblog
正月のゆっくりした 気分を終えると 我が家の春の
準備が始まる。

二日前から 毎日 旦那は田んぼの枯れ草狩りに 出かけている。
昨年の 夏早期水稲の 取入れがすんで 何度か草刈をしていたが
これが最後になる。 刈り取った草は何箇所かに集めて 風のない
穏やかな日に 火をつけて 土に返す。

それと前後して 回覧板で水稲の苗の注文が 回ってくる。
大きい農家は 自分のところで苗を仕立てるが 少ししか耕作
しない 農家は JAの種苗センターに 頼むことになる。
毎年 同じ箱数頼むのに 旦那は無関心の私に必ず 確認する。
自分で 自分を確認するかのようだ。

その後 旦那の友人に トラクターで耕してもらうことになる。
やがて 集落ごとに 割り当てられた区域の畦焼きや 用水路の
掃除が始まる。
人の気配の少なかった 田んぼがにぎやかになり 煙が
のぼり パチパチとした音を聞くと 春が近いことを 五感で感じる。

終れば 公民館の庭で 一杯出て 話が弾む。
減反の進む中 こうして田んぼを守って 耕作している者が
いるからこそ 大雨のときや 台風のとき水を 保水出来るのだ
と 私は思っている。

今年も 無事においしいお米が 取れますように。
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蕎麦がき

2006-01-09 | 食べ物
この時期 近くのJAの地場産品の直売所に 蕎麦粉が並ぶ。
町では蕎麦づくりに 力を入れていて 生産者も多いし
蕎麦を食べられる お店を始めた人もいる。

新鮮な地元の蕎麦粉は 通でない 私でもおいしいと思う。
ちょっと ご飯が足りないときや 小腹のすいたとき
女友達が来たとき よく「蕎麦がき」を作る。
私にとって 母の味です。
薬缶にお湯を沸かす。あくまでも熱く ぐらぐらのお湯で
なければいけない。
大きめのどんぶりに お湯を入れ暖める。どんぶりが
温まったところで お湯をあけ 蕎麦粉を控えめに入れ 
熱いお湯を 少しづつ注ぎ 蕎麦粉を仇のごとく
菜ばしで必死でかき混ぜる。
ここが肝心で 熱湯で 蕎麦粉を煮る 状態にするのである。

蕎麦粉と 熱湯の量は経験あるのみ。

この動作を子供の頃 母は私にくどいように言い聞かせていた
記憶がある。
出来上がると 熱いうちに醤油や砂糖をつけて食べる。

上品ぶらない 食べ物である。
体にもいいし 私にとって懐かしい食べ物です。
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