土木技術者が撮った中南米の「光りと影」の写真 及び 他国風情

 約22年間の中南米赴任中に土木技術者の視点から撮った写真。開通前のパナマ運河に架かる第二アメリカ橋は圧巻 & 他国事情

天空都市(5) ジャカランダ百景&他

2010-10-10 06:52:53 | ボリビア(2nd)
 ジャカランダ(Jacarandá)の植生は標高約3,000m位までです。ゆえに天空都市には有りません。本写真は天空都市から政経上の首都SUCRE迄の道中並びにSUCRE市におけるものです。
 この写真は中央広場=5月25日広場のカテドラル前に咲く清純で美しいジャカランダです。やはり心を落ち着かせてくれます。西語では「ハカランダ」です。



 同上。カメラアングルを振り、カテドラルの鐘楼を入れました。メキシコで見たジャカランダは桜の花のように一面に咲き誇っていましたがこちらは少し小ぶりに見えます。



 カメラを右に振りました。カテドラルの東門の前です。こちらは少し開花しているように見えます。きっとこれからもう少し咲くのでしょう。同地域なのに場所により咲き具合が違います。気温の変化の著しい高地ならではの現象だと考えます。



 さらに右に振りました。以前見たジャカランダの様相です。花に隠れて県庁舎がありボリビア国旗の大きなレリーフがあります。SUCRE編を参照ください。



 上記の写真の横は中央公園の遊歩道になっております。そこにベンチがあり観光らしき人々のみが景色に憩いをついております。現地の人は見慣れているのでしょうか、足早に通り過ぎて行きます。それとも今から咲くのを待っているのかも知れません。花を見ながら一杯という習慣もない様です。日本ならこんな美しい花(桜)なら通りすぎないと思うのは私だけでしょうか。でも、企業戦士として働いていた往時は花見も月見も見る余裕がなかったような気もしています。



 この教会はSUCRE編では掲載しませんでしたが市街地を見おろす丘の上に建っています。La Recoletaラ・レコレータ修道院です。ここで一生を捧げた乙女たちが修行を積んだと言われております。



 上記ラ・コレータ修道院の前は広場になっており、写真を撮っている場所には長い回廊があります。出来れば広場一面にジャカランダを回廊のように咲かせてもらいたかったのですが南側の学校の前(つまり校庭でしょうか)だけでした。



 上記の大写しです。美しく清楚です。貧困な国にはそれなりに人々の心を癒す物を神は与えてくれたのでしょう。が、貧困者にとってはそれを見る余裕すらないと思います。インフラの整備、特に生活用水、電気、学校、病院、道路に加え貧困民が自給自足できる、例えば農作物を作る灌漑施設等が彼らを支援する喫緊の課題だと考えています。



 上記長い回廊です。写真左側にSUCREの市街地側で崖になっているので手摺がついています。 右側がラ・レコレータ修道院です。白いアーチが特に目を引きます。美しい教会を見ながら、こういう所でハンモックを吊ってくつろげればと、天空都市とは違い熟睡できると、つい邪念が脳裏を過りました。まだまだ未完の修行僧です。上記の乙女たちは青い空から苦笑いをしているでしょう。帰り際に修道院の前で十字を切り懺悔の意を込めジャカランダの落葉をたむけました。



 この小さな教会は天空都市からSUCRE市内に入る所にあります。ちょうど結婚式が行われて新郎新婦に花束ではなく白い紙を細かく切った物を、粉雪が降るように投げかけていました。参加者は10人ちょっとの程度の質素なものでした。ちょうど神父の前で永遠の愛を近い、祝福されて出てきた所です。



 上記、教会の右側にジャカランダの並木がありました。こちらはまだらに咲いていました。これらのジャカランダが咲くと見事でしょう。ちょうど咲いている頃、来る機会が有れば良いのですが。やはり標高4,000m強から2,750mに下りれば空気(酸素)の濃さを実感します。



 上記を別アングルから撮っております。電線が入ります事ご容赦ください。とにかく貧困国は電線が目につきます。



 天空都市からSUCREに下りてくる国道沿いの民家の庭(駐車場)に咲いておりました。その後ろに玄関がありジャカランダが見える所の2階はバルコニーになっておりました。川沿いに建ち別荘風でした。貧富の格差を感じます。



 標高約3,000mの山岳地帯にひっそりと咲いていました。可憐で綺麗でした。



 これこそメキシコで見たジャカランダです。このように群生?していました。色が違えば桜に見えませんか?上記と同じ標高約3,000mに位置します。



 一般的には民家があり、その玄関先等に植えられているようです。念をおしますが一般的にです。単独で悪環境にも耐えて美しい容姿を表現しているものも沢山あります。



 こちらは一本だけ堂々と立っています。



 こちらは険しい岩石の山肌にしっかり根付いていました。アンデスは海が隆起したもので山脈の中には数多くの滞水層が見られ、貴重な水資源になっております。



 こちらも山肌に立っていました。気候の違いにより木の形も違っております。



 以前掲載しました吊り橋の周りにも健気に咲いておりました。 



 PILCOMAYO大河の右岸側の岩石山の中に咲いていました。川の水が上がってくるとは考え難いので、滞水層や伏流水が岩石の割れ目を伝わって花を咲かせているものと考えます。



 ちょうど沢になっている所です。一生懸命花を咲かせています。健気です。雨季前に花が散るのでしょうね。



 ジャカランダではなく以前コスタリカ編で掲載いたしました「フランボジャン」だと思います。そうだとしたらまだまだ真っ赤に色づきます。



 上記同様です。標高約3,000mの山肌に咲いていました。



 見ての通りROSEです。西語ではROSAです。



 葉の形からバラでは有りません。ブーゲンビリアです。西語ではブーゲンビレアと呼びます。標高約3,000mにも咲くのです。一般的に民家の軒先や塀に沿って咲いております。自然の中では見かけません。



 上記同様標高約3,000mに咲くブーゲンビリアです。ここも民家の塀伝いに咲いておりました。



 上記同様ブーゲンビリアですがSUCRE市内に入る民家に咲いておりました。



 最初見たときはユリだと思いました。ラ・レコレータ修道院の1クアドラ下の民家の塀に咲いていました。雄しべが6本あります。何の花でしょうか?



 上記同じ場所に小さな花が何枚も重なり合いアジサイのように咲いておりました。何の花でしょうか?現地人の若い連中は花の名前が分からない人が多く、年寄りにきくと「ケチュア語」で答えてきますので花の名前が分からないままになっています。でも上記同様に可憐な目を引く花でありました。
 ちなみにボリビアの公用語は西語、ケチュア語及びアイマラ語の3種類有ります。
 若い人は殆どが西語ですが、アンデス山脈の北側チチカカ湖付近はアイマラ語でアンデス山脈南側地方はケチュア語です。年寄りの大半はは現地語です。現地語を話す人々は殆どがインディヘナです。
 蛇足ですが、インディヘナと征服者スペイン人の混血をメスティーソと言います。ブラジルではムラータです。リオのカーニバルに出てくるスタイルの良い踊り子達は殆どがムラータです。



この記事についてブログを書く
« 天空都市(4)   とにかく働き... | トップ | 天空都市(6)  不思議な自然... »
最新の画像もっと見る

ボリビア(2nd)」カテゴリの最新記事