土木技術者が撮った中南米の「光りと影」の写真 及び 他国風情

 約22年間の中南米赴任中に土木技術者の視点から撮った写真。開通前のパナマ運河に架かる第二アメリカ橋は圧巻 & 他国事情

名誉挽回トレレウ空港ビルのファサード

2008-10-09 00:06:15 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 動植物が未だに自然に息づくバルデス半島と大自然の壮大さを感じるアルゼンチン側パタゴニア地方の拠点地、その玄関口であるトレレウ空港の出発口正面の写真です。到着口は緑色の恐竜が迎えてくれましたが、こちら側は外壁がグレーに塗り替えられてとても周りの寒い雰囲気に溶け込んでおりました。余談ですが前日もここに朝の8:00に来たのです。(開門は7:00です)が、到着地のブエノスアイレス空港の飛行機会社のストライキで欠航になり、本日に変更になりました。パタゴニアにもっと居てもらいたかった恐竜の計らいだったかも知れません。本日もキャンセルを想定し玄関の門が開く1時間前の6:00にきて、ヒーターのきいたTAXIの中で開門を待機しておりました。開門と同時にカウンターへ行くも本日もストライキが解決してないとの事でキャンセル待ちの氏名を登録し空港内での待機を余儀なくされました。結局19:00発の飛行機のキャンセル待ち搭乗可能人数枠20人中の12人目にCallされ乗れました。キャンセル待ち登録順では私は2番目に記帳しましたが何かの都合があったのでしょう。こういうのは中南米では良くあることで空港内で一夜明かしたこともたびたびあります。周りの乗客もハプニングがあることを常としておりますのでクレームをする人は居ません。クレームしたって状況はかわらないと何回も何回も学習させられているのです。理の理ですよね。または 生き方も自然体になるのでしょうね or ならされるのでしょうか。夜半にブエノスアイレス空港国内線(国際線は10数km離れています)に到着しホテルに無事到着しました。長ーい長ーい1,400kmの旅を体験しました。パタゴニアで自然体に戻り気が緩んだのでブエノスの大都会は注意しなさいという神の警告だったと気を取り直しシャワーを浴び眠りにつきました。
P.S.写真はクリック1回で大きく、もう1回で更に大きくなります。

陽はSUNSUNと昇る

2008-10-08 00:38:09 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 パタゴニアについてはまだまだ書き足りないのですが、このペースで進みますと約1年の長期に亘る連載の計算になります。今までチリ、ボリビア、ペルーの一部(ペルーは後日掲載予定)とアルゼンチンと約3ヶ国を約3ヶ月で紹介してまいりました。次回からはパタゴニアのトレレウ空港の近代的な出発口(到着時は狭い到着口を掲載しましたので名誉挽回のために)を掲載し、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス市へ向かいます。ここもマラドーナ所縁のサッカー場、タンゴの発祥地カミニートや不遇の人生から大統領夫人になり33歳の若さで亡くなったエビータ(=エバペロン)等々を掲載し、その後はイグアスの滝からパラグアイorブラジルを掲載する予定でおります。少し早回しで行きたいナーと考えております。
 さてパタゴニア地方プエルトマドリン市のラストワンの写真は大西洋から昇る日の出です。太陽が昇るに従い、海面の「光り」の反射も徐々に拡大して幻想的な自然美を見せてくれます。この大自然のパノラマの中にいると、去り難くなりますが、日本人の心を癒すプロジェクトの成功のためにはと一瞬の「暗い」憂鬱な気持ちを断ち切り旅立ちの準備をしました。

鯨観察ツアーは命がけ?

2008-10-07 12:59:22 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 プエルトマドリン市の街の通りにある鯨観察ツアーの写真を撮影しました。この写真ではゴムボートの船外に発動機を装着して4~5人の観光客が鯨観察をしています。街の中を観察して回り他社の看板も見たのですが、看板の写真はこれが一般的なようです。私の想像では少なくても鯨よりも大きな船で観察するものと思っていましたので想像外でした。(中には大型船もありましたが費用が非常に高過ぎると感じましたし、観光客の利便性(=いつでも安価に乗れ小回りが効く)を考えると一般的ではないのでしょうね。)
私には鯨の生態は分かりませんが、船を襲ったりはしない優しい性格なのでしょうね。また今の冬の時期は桟橋の先端からも肉眼で鯨の潮吹きをみる事が出来ます。今回は残念ながら望遠倍率が低いカメラなのと、桟橋の最先端には軍隊の監視建物があり見張りの将兵がいましたので撮影は出来ませんでした。
私たち土木技術者が見ると、以前にも述べましたが労働基準監督署がきて、即業務中止命令が出されます。し、私もこのゴムボートにには乗る気はしません。多分一見の客ではなくリピーターと思うのは私だけでしょうか。今回は業務優先なので断念しましたが次回フリーで来た時は乗ってみようかなーと思っております。

イカ釣り密漁船の全景写真

2008-10-07 12:05:25 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 コメントがあり標題の拡大写真を掲載いたします。

大型トラクター牽引トラックの全景写真

2008-10-02 16:44:16 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 コメントを頂き標題拡大写真を1枚貼りいたします。本日は都合5回投稿いたします。CO2を消費して心苦しく感じております。

SEPの全景写真

2008-10-02 16:37:47 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 コメントがあり標題の拡大写真を1枚貼りします。

寒いプエルトマドリン市の街路に咲く向日葵

2008-10-02 16:10:15 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 寒いパタゴニアの街路に咲く向日葵の花です。遊びと芸術性を感じ次第次第にふつふつと笑顔が湧いてまいります。やはりパタゴニア第一の斑岩の生産地だからなせるのでしょうか。もしくわラテン系民族のユーモアから来るのでしょうか。ここでは石達も寒さにも拘わらず暖かい表情に見えるのは見る方の笑顔が伝わるからだと思います。
 左クリックで写真、拡大します。

停泊中の2隻の船舶は何?

2008-10-02 15:48:34 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 プエルトマドリン港は軍港でもありますが①日曜日及び祝日②ゲートに警備員がいないとき(どういう訳か時々いなくなる)に桟橋に入いれます。私が入ったのは②のケースの場合で(現地の人たちが入っておりましたので)、ちょうど千載一遇のチャンスがあり、中国のイカ釣り密漁船が捕獲されたと新聞で読んで約1週間後の日でした。捕獲当日は大勢の軍隊、警察、中国の大使館関係者やマスコミで桟橋は人の群れでしたが1週間もすれば警備も薄れ日常の状態に戻っておりました。密漁のイカ釣り船の中国の船員は船べりで即席ラーメンを食べ、特に悪びれた仕草(様子)も無く日向ぼっこしておりました。船はいかにも密漁船と分かるような汚いもので国籍のフラッグもなく船名は中国船とわかる名でした。(多分停泊中もフラッグは掲げなければならないと思いますが、恥ずかしくて大使館員が交渉して?はずしたと思います。)また、逃亡防止どうかは不明ですが、桟橋から10m位離されて係留させられておりました。連絡用のハシゴがあり入り口はチェーンで施錠されておりました。
さて 同時期に桟橋の対岸の最奥部に珍しい4本足の工事用船舶を見ました。こちらは桟橋に接岸され、クルーは自由に出入りしておりました。この船舶の名前はSEP(Self Elevated Platform)と言い、その名の通り、自身の4本の足が海底の深さに応じて伸縮し、海底に4本の足を定着させ、このプラットフォーム上に機械等を乗せ、海洋工事をするものです。ここの海岸は遠浅で係留地点は岸から約400m地点で水深約20m位と考えます。
2隻の船の対照が「明と暗」「光りと影」に見えました。




 

斑岩の「それから」の走跡(漱石?)

2008-09-30 01:23:36 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 原石山から切り出され形状毎に選別、荒削りした斑岩はプエルトマドリンの加工場のストックヤードに(ほぼ後楽園球場の面積)色別(赤、紫、灰色の3色)に仮置き(保存)されます。ここ加工場にて顧客の注文のサイズに合わせ製品にされます。また、カットされた破片も商品になります。その後、製品化された斑岩は害虫駆除の消毒を施し、木製の枠の中に詰められて、大型トラクター牽引トレーラートラックに積み込まれます。おおよそ木箱1箱の重量は厚さ25mmx縦25cmx横25cm(斑岩製品1枚)約1.7tonあります。大型トレーラートラックには現地の道路や橋梁の耐重等々の状況を考慮し約17ton=木箱10ヶ程度積みます。(20ton以内に収める)このトラックはコンボイ(2,3台の軍団)で冬場はアンデス山脈が積雪で通行不可能となるのでブエノスアイレス→大西洋→カリブ海→パナマ運河→太平洋経由日本です。夏場はアンデス山脈を越えてチリ→太平洋日本となります。私が訪れたのは冬場でコンボイはブエノスアイレスまで約1,400kmを2日掛けて港に到着し、乙仲にてコンテナ詰めされ、通関→船舶へ積込み(アジア行きは一定の積荷の量になるまで待ち他の物と混載される)→出航となります。コンテナは20フィート(約6m)と40フィート(約12m)の2種類が、港での積み下ろしの利便性を考慮され世界中で統一化されております。中南米の大きな港は軍港も兼ねていますので立入禁止ですが、滞在期間が長ければ乙仲を通して港湾局から立入許可証明書をもらい空港と同様なイミグレーション検査及び通関をし(ここは指の甲を登録しチェックし赤外線カメラで手荷物検査)クライアントとして中に入ることは許可されました。(多分例外もしくわテロの危険を感じさせない温和な顔立ちだったのでしょう?or他の理由?)さあーこれから約1ヶ月半の長ーい船旅の始まりです。とにかく航海の無事をお祈りするのみです。








斑岩の原石山は何処?

2008-09-25 14:44:27 | アルゼンチン(パタゴニア地方)
 パンパ(不毛の大平原)の何処までも一直線に続く道路をプエルトマドリン市からアンデス山脈方面に約100km強、行った所に、あちこちと小さな丘(山ではない)が散在してきました。一見すると表面は雑草で覆われていますが、この下にアルゼンチン斑岩の原石が横たわっております。アンデス山脈はもっと西側にありますが、北と南側は見渡す限りの地平線です。なんたる広範囲な場所に原石山があるのでしょうか。想像すらつきません。この面積からすると、気の遠くなる位の量の斑岩がこの大地の下に埋っていると考えられます。何もない不毛の地にある鉱物が、丸の内の敷石になろうとは神のお導き以外には想像はつきません。さて原石山は露天掘りで、原石は重力にて自然落下させていると形容するのが率直な感想です。今にも上から落ちそうで近づき難いのですが、落ちてきた岩石をホイールローダー(石をすくうタイヤ付の機械)で拾い上げ、すぐ脇の石の形状選別場へ運び、そこで多数の現地労働者が形状毎に選別をしておりました。また、アームの長いバックホー(掘削する機械)で石を強制的に落としておりました。日本なら即刻作業中止ですが、ここまで労働基準監督署員は来ないのでしょう or 寒くて行きたくないのでしょう or この方法がここでは最適な方法なのでしょう 又は ここに監督署が存在しないのでしょう。彼ら労働者はこの寒いパタゴニアの原石山のコンテナ宿舎で暮らしております。なんと彼らの多くはボリビアの4,000m超の寒いアンデス山脈の鉱山の閉鎖に伴い、ここに移って来た採掘のプロ達だったのです。斑岩の一般的な仕様(使用)は厚さが25~35mm、幅は25*25cmの正方形です。それに合わせ選別したものを、プエルトマドリンの工場に30ton大型トラックで運びます。冒頭の道路は斑岩搬出用の道路だったのです。斑岩は火成岩なので火山地帯ならどこでもあります。もちろん日本にもです。
ここパタゴニアの何処までも無限の大地や自然の壮大さ見ていると、ひととき文明の時間を忘れさせてくれます。