いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 カケス婆っぱ(24)

2013-03-19 06:44:09 | Weblog
                                             分類・文
     小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞          箱 崎  昭

     (十四)
 和起が予約してある旅館は、上野駅正面の昭和通りから奥まった下町情緒が感じられる露地の一角にあった。
 この界隈は古い旅館が建ち並び、地方から上京してきた人や行商人、そあいて修学旅行の学生たちを客として栄えてきた場所である。
 2人が泊まる田辺旅館も老舗で、木造2階建ての造りは旅籠(はたご)の風情を今に残していた。
 中廊下を境にして部屋を左右に振ってあるが、宿の主人は突き当たりの通りに面した部屋を案内して明日は何時に部屋を発つかを確認すると下がっていった。
               
「今日は忙しい思いをさせてしまって疲れたっぺね」
 和起は気を緩めて田舎言葉を使った。
 祖母と孫の間柄と長年2人で生活をしていた苦しくも楽しかった頃に戻っていた。
「いいや、疲れるどころか子供の遠足みてえに今日の来るのが待ち遠しいくれえだった。何から何まで感激の1日だったよ」
 キクは満足そうにそう答えて、思い出したかのように着物の胸元から熨斗袋を取り出した。「これは社長さんからお祝いにと戴いたものだけど、和起にやっから受け取っておきな」
 そう言って和起の手元に差し出した。
「要らねえよ、東京に居ても欲しいものは何にもねえ。帰る時の土産代にしまっておきなよ。それより明日は何時の汽車で帰ったらいいんだい?」
 和起は受け取らずに、金のことから気を逸らせるようにして明日の帰りのことを心配して聞いた。
「上野駅を出るのがあんまり遅いと、向こうさ着いた時に暗くなってしまっても困っから昼頃までには汽車に乗りてえな」
 もう別れがきたかのようにキクの口調は弱々しく聞こえた。
 いかにも行商人や地方からの客を扱う旅館らしく、床の間には旅館案内と共に上野駅発着の列車時刻表が置かれてあったので手にして見た。
「11時28分発の仙台行きに乗ると4時過ぎには平駅に着くから、それにしたらどうだっぺね」
「んだなあ、それが丁度いいかも知んねえな」
 一息入れてからキクが答えた。
 2人は共に相手の健康を気遣ったが和起はキクの1人暮らしに関しては殊のほか心配した。いつまでも1人にしておく訳にもいかず思案しているところだが、今の自分にはどうすることもできない無力さを嘆いた。
 田舎の様子や出来事を話題にして暫らくは盛り上がったが、いつの間にか会話も少なくなり途切れてキクも和起も心地良い疲労感に包まれて深い眠りに入った。
 部屋と外を遮断する窓の曇りガラスに、ネオンの灯りが万華鏡のように点滅しては
変化をし都会の不夜城を見せ付けていた。 (続)
 

                
コメント
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