分類・文
小説 カケス婆っぱ
第31回 吉野せい賞奨励賞受賞 箱 崎 昭
他に従業員の休憩時間や昼食時にはお茶の用意をするのもキクの仕事であることを付け加えられた。
事務所に戻り明日からでも仕事に出られることを告げて、雑談する中で国友夫婦は就職していった和起のことや、1人残ったキクのことを案じてくれた。
キクは自分にも働き先が見つかった事の嬉しさと、新たに生きる張り合いが見い出せた喜びで年甲斐もなく心が躍った。
総福寺に戻る途中で湯ノ嶽の南端を望むことが出来るが、近在の山並みから頭を擡(もた)げて、磐城一帯にその存在を誇示しているかのように見えた。
(十三)
和起が東京の割烹天峰へ就職してから4年目を迎えて、店の主人からキク宛に1通の招待状が舞い込んだ。
それは天峰で3年間無事に働き通すと、その従業員の親を招いて息子が作った手料理を味わってもらおうという趣旨と元気で働いている姿を親に見せてあげたいという主人の配慮からだった。
反面、本人に対する1つの節目として、やる気と自信を持たせる機会を与えてやる意味もある。
天峰で4年目になると誰もが経験する儀式だと従業員の間では言われている。
しかし、この業界では勤続4年目を迎えたからといっても簡単に包丁を握らせて貰える訳でもないから、この時ばかりは板長をはじめとして店の者全員が惜しみない協力をしてくれる。
店にいる限り誰もが通過する仕来たりによるものだった。
和起にとって今日がその主役であり、キクとの対面も久し振りになるから全身に緊張感が漂ったが、それは重圧ではなく爽やかなものだった。
いつもより2時間早く厨房に入り調理の準備に取り掛かった。
他の者たちも和起を追うように店にやってきて、分担された持ち場に付いた。
1年先輩になる同僚の栗原がキクを迎えに行く役に回ってくれて上野駅に向った。
《上野広小路》
板長は和起の側で料理作りの助言をしていたが、慣れない手捌きに見ていられず細かい部分には直接手を出した。
和起にとって慌しい時間の中で、栗原がキクを案内して店に入ったという情報が仲居からあったのは、厨房の掛け時計が17時を指す間際だった。 (続)
小説 カケス婆っぱ
第31回 吉野せい賞奨励賞受賞 箱 崎 昭
他に従業員の休憩時間や昼食時にはお茶の用意をするのもキクの仕事であることを付け加えられた。
事務所に戻り明日からでも仕事に出られることを告げて、雑談する中で国友夫婦は就職していった和起のことや、1人残ったキクのことを案じてくれた。
キクは自分にも働き先が見つかった事の嬉しさと、新たに生きる張り合いが見い出せた喜びで年甲斐もなく心が躍った。
総福寺に戻る途中で湯ノ嶽の南端を望むことが出来るが、近在の山並みから頭を擡(もた)げて、磐城一帯にその存在を誇示しているかのように見えた。
(十三)
和起が東京の割烹天峰へ就職してから4年目を迎えて、店の主人からキク宛に1通の招待状が舞い込んだ。
それは天峰で3年間無事に働き通すと、その従業員の親を招いて息子が作った手料理を味わってもらおうという趣旨と元気で働いている姿を親に見せてあげたいという主人の配慮からだった。
反面、本人に対する1つの節目として、やる気と自信を持たせる機会を与えてやる意味もある。
天峰で4年目になると誰もが経験する儀式だと従業員の間では言われている。
しかし、この業界では勤続4年目を迎えたからといっても簡単に包丁を握らせて貰える訳でもないから、この時ばかりは板長をはじめとして店の者全員が惜しみない協力をしてくれる。
店にいる限り誰もが通過する仕来たりによるものだった。
和起にとって今日がその主役であり、キクとの対面も久し振りになるから全身に緊張感が漂ったが、それは重圧ではなく爽やかなものだった。
いつもより2時間早く厨房に入り調理の準備に取り掛かった。
他の者たちも和起を追うように店にやってきて、分担された持ち場に付いた。
1年先輩になる同僚の栗原がキクを迎えに行く役に回ってくれて上野駅に向った。
《上野広小路》
板長は和起の側で料理作りの助言をしていたが、慣れない手捌きに見ていられず細かい部分には直接手を出した。
和起にとって慌しい時間の中で、栗原がキクを案内して店に入ったという情報が仲居からあったのは、厨房の掛け時計が17時を指す間際だった。 (続)