いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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時折、プライベートも少々。

小説 カケス婆っぱ(26)

2013-03-21 06:42:12 | Weblog
                                            分類・文
    小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞         箱 崎  昭

 何気ない言葉だったが和起の心情を捉えた。述懐にも似たキクの言うことは確かに的を射ていた。
 働いて給料を受けるということは他人のために役立ったという証としての報酬であって、雇い主の商店や会社はその架け橋なのだ。
 根本的に人と人とは皆、何らかの関連性を持って共に生き合っているのだと和起には理解できた。
 汽車の時間に合わせるようにして上野駅に向かった。
            
 駅舎の中も例外なく乗降客や送迎の人たちで混雑していたが、和起はキクを改札口の隅に待たせて手際よく乗車券と自分の入場券を購入してきた。
 ホームに入る前にキクが富田の家と製材所へ持っていく土産物を買うと言って売店のケース棚を覗きはじめた。
 和起は、その間に駅弁と娯楽雑誌を購入した。
 常磐線の各駅停車仙台行きは18番ホームから発車する構内放送が流れて間もなく列車が入線することを告げている。
 ホームの大型丸時計が11時15分を指していた。
 上りの列車が到着すると、車内から人が雪崩のように押し出されてくるのはどのホームでも同じだが、下り線の列車には空席が目立つ。
 発車時間までには未だ10分ほどの余裕があるので、和起も車内に入ってホーム側の座席に2人は腰掛けた。
「この中に弁当が入っているから後で食べたらいいよ。本もあるので退屈したら読むように」
「うん、有り難う……。まだ見習いの身で給料も碌に貰ってはいねえべのに今度ばかりは随分と世話を掛けちまったなあ」
 キクは申し訳なさそうに感謝の気持ちをいっぱい込めて言った。
「そんなの気にしなくていいから。今回は俺が店に入って4年目を迎えた祝いで婆ちゃんを呼んだんだから。本当ならばもう少しの間泊ってもらって、はとバスで銀座や浅草なんかを案内してやりたかったけど今の俺にはまだまだ無理だもんな。悪いと思っているのは俺の方なんだよ」
「駄目だ駄目だ、そんなに長居していたら按配悪くなっちまうよ」
 キクは片手を大袈裟に横に振って笑った。
 仙台行き列車の発車時間が迫ってきて、和起はホームへ出てキクのいる窓際に寄っていった。
「婆ちゃん、元気でいるんだよう。今度俺が田舎へ行く時は婆ちゃんを迎えに行く時だと思っていていいからね」
「うん、その日を楽しみに待っていっから」
 キクは素直に和起の顔を見ながら子供のように頭を下げた。
 発車のベルが鳴り響き終わると、列車は緩やかな曲線を描いた線路を惰性を付けながら和起から距離を置いていく。 (続)


                               

 
コメント
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