いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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時折、プライベートも少々。

小説 カケス婆っぱ(18)

2013-03-13 06:42:54 | Weblog
                                            分類・文
     小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞         箱 崎  昭

     (十)
 秋も深まってくると中学3年の教室は高校進学組と就職組が鮮明に分かれて、進学組は課外授業が設けられ、就職組は就職担当の教師との接触が頻繁になってきた。
 就職を希望する生徒には本人が望んでいる就職先に出来る限り叶えてやれるように県内外を問わず、求人資料を集めては個人相談に応じていた。
 その担当が高野という30歳過ぎの教師だが、何事にも親身になって応対してくれるので生徒の受けが良く就職担当に最適だった。
 高野が和起を就職のことで職員室へ呼んだのは、これで2回目でニコニコした表情で迎えた。
「中村に丁度良いと思われる就職先があるので、どうかなと思って呼んだんだ。まあ、そこへ掛けろ」
 高野は隣りの空いている椅子を指差して腰掛けるよう促した。
           
「割烹料理店で場所は東京の新橋。休みが月に2回で給料は2千円という条件なんだ。店の名は天峰といって社長さんが青森の人でな、苦労して裸一貫で店を持ったらしい。店で働いている人も東北の人たちが多くて、真面目にやれば将来は店を持たせてくらるらしいぞ」
 高野は書類に目をやりながら読むような口調で、自分が就職するかのように乗り気になって紹介した。
「いいと思うけど、決めるのはよく婆ちゃんに話してからにします」
 和起も確かに自分の希望している就職に合致していると思って聞いていた。
「慌てなくていいから、ゆっくり考えて後で返事をくれるように。この店に決まればその時には先生が直接、婆ちゃんに会って詳しいことを説明しに行くからな」
 高野は和起の意思を尊重して、この件を保留した。

 和起はその夜キクに就職の進捗状況を伝えて、思い切って住み込みで東京へ行くことに同意を求めた。
 キクはキセルの雁首に刻み煙草を詰め替えながら、真剣な顔をして話す和起を見た。キクにとって愈々来るべき時が来たと思った。
「和起の選んだ道は婆ちゃんは何も言わねえ。だけど決めた以上は婆ちゃんも陰で応援すっから頑張って働くんだよ」
「婆ちゃん1人になっちまうけど本当に大丈夫なのけ」
 和起が心配そうに問いかけるとすかさずキクは言葉を返した。
「ハ、ハ、ハ。和起だって1人になってしまうんでねえか。婆ちゃんのことは何も心配することはねえ、和起が居なくなっても寺の辺りを元気に駆けずり回って、和起が1人前になるまで楽しみに待っていることにすっから」
 キクはキセルから吸い込んだ煙草を白煙に変えて吐き出したが、煙は天井に向って弱々しく消えていった。 (続)
コメント
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