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小説 カケス婆っぱ
第31回 吉野せい賞奨励賞受賞 箱 崎 昭
関根夫婦はキクが帰り掛けに、八坂神社下の畑からネギと大根を好きなだけ採っていくように言ってくれた。
総福寺へ帰る手前に八坂神社があって、その道路下に関根の畑があり確かにネギも大根も畝を並べて大きく育っている。
キクは下の畑へ降りていって大根1本と数本のネギを引き抜きながら、今夜は大根の煮物でも作ろうかと考えていた。
丁度その時に役場の野沢民子が帰宅の途中でキクの姿を目撃した。
民子は声を掛けて挨拶をしようと思ったのだが、他人の畑に入って野菜を採っている行動を変に勘繰ってキクが背を向けて気付いていないのを幸いに、その場を逃げるように去っていった。
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このことが翌日からキクにとって最悪の状態に陥る原因になってしまう。
他人の口に戸は立てられないというが、女たちが行き会うたびにカケス婆っぱが泥棒を働いたという陰口が流布されて、すっかり噂の種になってしまった。
関根夫婦はキクに対する親切が仇になってしまったと世間話に困惑した。
これを耳にしてからは会う人ごとに経緯と真相を説いたが、聞いた者は関根はカケス婆っぱを庇ってやっているのだと噂の方が勝ってしまう始末だった。
関根裕一はあの日、畑まで一緒に行ってやって自分が直接採って渡してやればこんな事にはならずに済んだのにと思うと、深く後悔をしキクに申し訳ないことをしたとしきりに反省をした。
噂の盲点は発信元の当事者が有耶無耶になってしまうことで、今回のキクの一件も結局、誰が最初に言い触らしたかは分からずじまいのままに終止符が打たれた。
キクの噂が廃(すた)れるまでに然程の日数を要しなかった。
村内に不幸が起きてしまったからだ。よりによって遠藤重孝が亡くなったということでキクの所にも戸触(こぶ)れが回ってきた。
※戸触れ=村内に重要な事が起きると組(班)長が戸別ごとに知らせて歩くこと。
妻の直子がいつもの時間になっても起きてこない重孝を不審に思い寝床に行ってみると、頭を枕の上に置き仰向けになり静かに眠っているようにして息を引き取っていたというのだ。
死因は脳内出血で、後頭部から首筋にかけて内出血により皮膚は紫色に変色していたということだった。
キクは重孝の訃報の知らせに愕然とした。
昨年の暮から幾らかの足しにでもなるならと柴売りを任せてくれたし、普段でも何かと気を掛けてくれた人だったからだ。
柴売りの初日に、リヤカーの荷台を空にして帰った時に喜んでくれた顔が強烈に蘇えった。 (続)