いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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小説 カケス婆っぱ(6)

2013-03-01 06:23:14 | Weblog
                                             分類・文
      小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞          箱 崎  昭

 笠のない電球のコードが無造作に釘止めされて天井からぶら下がって、部屋に僅かな温もりを与えてくれているような錯覚を起こすが、2人の身体を陰影にして畳に擦り付けたりもした。
「和起、大変だったな。今日からこのお寺が我が家だぞ。それにしても住む所は小さくてもでっかい家を持ったもんだな」
 キクは虚勢とも自棄(やけ)っぱちとも思われる言葉を放つと、言っている自分が可笑しくなって高笑いをした。
「婆ちゃん、ここで2人っきりになると何だかおっ怖ないような気がすんなあ」和起は臆病風を吹かせた。
「なにが怖いもんか、男のくせして。世の中に怖いものなんか何にもねえ」
 キクは即座に否定して和起の顔を見ながら思い付いたように「あるとすれば赤飯(こわめし)かな。あれは固(こわ)いもんな。それと生きている人間も怖いな。悪いことを平気でするし他人様を簡単に殺したりすんだから。あとは世の中に何にも怖いものなんかねえ」
 キクは、お化けや幽霊の類と比べたら人間の方が現実的で、もっと怖いのだと言いたかったのだが、そこまで口にすることはしなかった。和起に得体の知れないものを想像させて更に恐怖感を与えてしまうと思ったからだ。
          
                《平成2年まで存在した蔵福寺》
 生活必需品としての鍋、釜、茶碗から蒲団まで備品として揃っているので生活上の心配はない。
 囲炉裏を挟んで奥の壁側に和起の蒲団を敷き、キクは出入り口の方に蒲団を敷いた。
 和起は蒲団の中に潜り込むと同時に「暖ったけえ」と言って腹這いになり、読み残しの雑誌を広げた。和起にとって今日一番の幸せという表情を窺うことができた。
 キクも蒲団の中に入ると仰向けになって、煤けた天井を見ながら1日の出来事を振り返ってみた。
 慌しい1日だったが今朝、住み慣れた重内の炭住街を去る時には何十年来の付き合いの人たちが名残を惜しんでキクの手を握り泣く人、肩を叩いて励ます人、そしてバスに同乗して磯原の駅まで来て見送ってくれた人人など惜別の情を感受したことを思い出すと改めて胸に熱いものを覚えた。
 キク自身ヤマの人たちと別れの際は、もう逢うことのない今生の別れになるのではないかとさえ思ったからだ。
 いま、こうして高台の寺の片隅で隔離されたような生活が始まったことが、その予感を一層現実的にさせた。
 もう決して後戻りは出来ないし、この場所以外に行く先がないのだから生きられる限り、ひたすら和起の成長に日々夢を託していくことが自分に与えられた唯一の生き甲斐であり責務ではないだろうかと自問自答した。
 それにしても朝から晩まで多忙を極める1日だったが、和起が気張って一緒に行動を共にしてくれた事がキクには何よりもの救いだったし嬉しいことだった。
 明日から先のことは全く分からない暗中模索の中で、とにかく和起と2人で懸命に生きなければならないという意気込みだけは熱い炎となり身体中が火照る(ほてる)ほど強く感じた。 (続)

     
コメント
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