いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 カケス婆っぱ(23)

2013-03-18 06:24:15 | Weblog
                                            分類・文
      小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

 店主の藤岡は2人の様子をテーブルの脇で微笑みながらじっと見ていたが、満足そうな顔をして言った。
「どうですか、お孫さんの料理は美味しいでしょう。本人にはこうして日々精進してもらい、私は大切なお孫さんをお預かりしている以上は厳しい時もありますが、責任を持って料理職人に育てますから安心してください。それでは後は貴重な時間を2人でどうぞごゆっくりとしていって下さい。これは汽車賃にもなりませんが私の気持ちとして受け取ってください」
 藤岡は寸志と書かれた熨斗袋(のしぶくろ)をキクの手に渡した。
「とんでもねえです。社長様にはこうして色々とお世話になっている挙句にこういうものはとても受け取れません」
 キクは正座している身体を固くして、テーブルに置かれた熨斗袋を指先で押し返した。
「これは今日のお祝いに対するほんの御祝儀(おしるし)ですから、それに断られるほどの中身は入ってはおりません」
 藤岡は照れ笑いをしながら和起と目線を合わせると、後はお前に任せるからと言うようにして席を外した。
           
「立派な社長さんに恵まれて和起も良かったなあ。これで婆ちゃんは田舎さ戻っても和起の事に関しては何も心配することはなくなったよ」
 キクは感慨深げにそう言った。
 和起は先ほどまでの他人行儀のような姿勢から解き放されて、気楽に話しかけられるようになっていた。
「婆ちゃん、料理ものは冷めちゃうと味が落ちてしまうんだよ」と言いながら別の器を指して「これが車エビとキスの天ぷらで、こっちが白身魚のちり蒸しで豆腐と椎茸を盛り合わせたもの。酢醤油に付けて食べると美味(うま)いよ」
 キクは、いちいち説明する和起の表情に板前として育っていく過程の一部を垣間見たような気がしてとても頼もしく思えた。
「まるで大名様にでもなったみてえで、婆ちゃんには一生に一度食えるか食えねえかの御馳走だけど、冥土の土産には良い思い出になるかも知んねえな」
「なにを縁起でもねえこと言っているんだよ。俺はこの店で修業して1日でも早く婆ちゃんを呼べるように頑張っているんだから、まだまだ元気でいて貰わねえと困るかんな」
 和起は受け皿にエビの天ぷらを載せてキクに渡しながら真剣な顔つきをして言い、年齢のせいなのか珍しく弱音を吐いたキクに優しい目をして笑った。 (続)


                         
コメント
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