いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 カケス婆っぱ (了)

2013-03-22 06:32:52 | Weblog
                                            分類・文
     小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

 キクの上京は和起の就職4年目を迎えて節目の祝いだった事は確かだが、キクにとってもこれで一つの区切りがついたから、あとは思い残すことは何もないと思った。
 和起に旅館での朝、健康上のことで指摘された時は不意を突かれて狼狽仕掛かったが何とか擦り抜けて誤魔化せたとは思ったが、キクは最近になって断続的ではあるが微熱が出て、身体が気だるいという自覚症状がある。
 最初の内は風邪でも引いたのだろうと思っていたが、いつになっても一向に治る気配もなく微熱が出る間隔は狭まっていくのだ。
 あの時に余程、和起にその症状を明かしてみようかと思ったが悪戯(いたずら)に和起を心配させるだけだと考えると、どうしても口にすることはできなかった。 キクは自分が寝込んだら最後だという一抹の不安と覚悟を抱くようになったのは極めて最近のことだ。
 だから今回、和起に会える機会に恵まれたことは、なぜか言い表しようのない感激と満足感を得たように思えた。
           
 和起は就職してから随分と大人になったのを実感した。
 これまで2人の足跡を辿ってみると毎日が苦労と悩みの連続だったが、いつも側に和起という大切な支えがあったからこそ、それらを心の内に秘めて生き長らえたのだとキクは思っている。
 和起はもともと弱音を吐くような子ではなかったから、これから先も道程は長くても必ず自分の目的は果たすだろうと考えながら、キクはいつの間にか頬に流れ出た涙に手拭いを押し当てた。
 汽車は山間と海岸沿いを縫うようにして黒煙を上げながら、北へ向かって走行を続けていた。 (了)


             
コメント
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