九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

随筆紹介  「転ばぬ先の杖」    文科系

2018年03月27日 11時11分16秒 | 文芸作品
転ばぬ先の杖  H・Tさんの作品です


「どうして杖を使わないの……転びそうで下ばかり見て歩き、足の運びもすっかり遅くなったのに」
「年寄りと思われるのがいやなの。今は若い人でも使っているよ」
「見栄っ張りもいい加減にしたら!」
 四捨五入しなくても九〇歳に手の届くようになった私。「お元気ねえ」、「元気印の深さん」などと言われ、ちょっぴり嬉しい私。やっぱり杖はいやだ。でもこの頃は足がもつれるようになり、立ち止まったことも転びそうになったこともたびたび。『老いは脚からやって来る』。私は特別だと思ったこともないのに、なぜか杖をという気にはならなかった。『年寄りの冷や水』、『老いの頑張り』などなどと言われても。
 一人で暮らす私は家族に杖のことを言われることもなく、自分の年令にも気付かないことが多い。一年前の米寿を名古屋市や友人から祝ってもらい、驚いたということもあった。
 また、今の住まいを地下鉄駅まで徒歩五分ということで決めたのに、今は三〇分近くもかかるようになったし、買い物に行っても店内で一休みすることもある。人に知られず転んだことも一度だけではない。

 思い切って、近くのデパートの杖売り場へ。美しい花模様の杖に思わず口を衝いて出たのが、「これが杖なのか?」。
 照明の下できらきら光っている杖がずらりと並んでいる。子どものころ近くの山で切ってきた枝で杖を作って遊んだこともある私は、びっくりして見ていた。
「いらっしゃいませ。杖をお求めですか。外国製の杖もございます。お宅様の身長に合うように調整できる杖もこちらに……」
「杖まで輸入? じゃあ、フランス製の杖も?」と尋ねる私に、
「韓国、中国からで、フランス製はございません」
 迷って迷って長さが調節できる折りたたみの杖を選んだ。

 明くる日から、杖を使って歩行練習。なかなかむずかしい。杖の位置と足の運びが合わない。転びそうになって、イチ・ニッ・サン。歩幅が大きくなり楽ちんだ。転びそうになる不安もだんだんなくなってきて、出会ったご近所さんもにこやかに声を掛けて下さる。ただ、慣れないうちは疲れること疲れること。夕方になると何も出来ない。夕食と風呂がやっとである。
 後ろから来た自転車にどなられることもなく、乗り物の中ではすぐに席を譲ってもらえて、買い物はレジで手持ちの袋の中に入れてくれて「配達を!」とまで言って下さる。こんな親切には戸惑いと感謝、頭を下げること多しである。

思い切って使うことにした一本の杖に支えられ、教えられる日々。私にとっては『転ばぬ先の杖』だけではなく、新発見も多い杖になった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 随筆  「私」嫌い?   ... | トップ | 100回やっても勝てない 1970 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。