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随筆紹介  「切 る」    文科系

2018年04月05日 08時37分19秒 | 文芸作品
  切 る   H・Sさんの作品です


 昨年十月両肩を痛めた。台風でなぎ倒されたコスモスを切り取り、折れた生け垣の小枝を鋏と鋸で切って後片付けをした作業で腕を酷使したようだ。夕方右肩は痛かったが、一晩寝れば解消するので気にもしなかった。が、右肩の痛みは解消せず日を経るにしたがって痛みは酷くなっていった。右手で荷物が持てないので左手を使うようになり、左肩も同じように痛みがきつくなって来た。〈こりや大変だ〉、あまりにも痛みがひどいので整形外科を受診した。両肩の関節に水がたまるような炎症が起きていて、水をぬき、痛み止めの薬を両肩関節に入れる治療を受けた。二日ほど痛みは止まっていたが、ぶり返し、痛み止めの内服薬で凌いた。両肩の痛みで一番困ったのは料理だ。固い固形物を切ることが出来ないのだ。まな板の上に人参を置き包丁を入れて切り分けようとすると、肩に痛みが走るので包丁が押し込めない。物を切る動作は、手先でやっているわけではなく、肩の力で包丁を押し込んで両側に分ける。つまり組織の緻密な固形物を切るのは強力な肩の力を加わえないとやれないということを初めて体験した。
「みそ汁の具に入れたいのに大根、人参が切れないから、明日から味噌汁の具はもやしにする」と、家族に宣言した。
 日頃から、親はこき使え、その方が長生きすると、自分に都合のよい理論で生活している鬼娘(次女)が、根菜類は刻み下茹でして朝あたため、味噌を入れればみそ汁が出来るようにしてくれたが、この鬼娘は「明日から朝食は私が作るから心配しないで」なんて優しいことは絶対言わない。十一月半ばになって手が楽に使えるようになりハンバーグが作れるようになった。
 年末到来。十二月三十一日、二か月前に予約していた鰤半身が届いた。一、四キロある。これをさばいてカマの部分を切り取り、残りの一キロ強を背と腹の二つに分ける。背の方から元旦に食べる切身を三人分とる。残りの皮を剥ぎ寿司ネタを作る。これが年末恒例の私の仕事だ。包丁の切れが悪い。〈そうだ。関の刃物製造所でほれ込んで買った包丁・関の孫六があった。これを使えば何とかなるだろう〉、新品の孫六にお出ましを願った。無事、鰤はおろしおえ、用途に合うよう切り分けることが出来た。
 夕食の寿司をつまみながら寿司命の鬼娘が「お母さん鰤さばくのに苦労したみたいだから来年から鰤買わなくていいよ」と、優しいことを言った。〈ほんまかいな。人使いの荒い鬼娘。あてにはならんぞ〉と口にこそ出さなかったが私はそう思っていた。
 舌の根も乾かない正月明けに友人と焼津へ旅行した鬼娘は、またもや、えへへと言いながら鮪の塊りを買ってきた。これって私に寿司を作れということではないか。生鮪だったのでさばくことに苦労することはなかったが……。この分では大晦日の鰤半身は今年も注文することになるだろう。しょうがないか……。私も食べたいのだから……。

 肩を痛めて困ったことは、腕が伸びないから洗濯物が干せない。風呂で両手でタオルを上下させながら背中を洗うことが出来ない。衣服の脱ぎ着がしにくく時間がかかる。何気にやれていたこと全てに支障が出る。それを知らされた出来事だった。

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