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書評 「アメリカ帝国の終焉」①  文科系

2021年05月04日 12時33分57秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 
 次の書評予告をしたい。ここでの僕の書評は、ご存知の方も多いはずだが、ただ感想,意見などを述べるものではなく、最近は先ず要約を何回にも渡って行う。そして最後に少しだけ意見を述べてみると、そういったものだ。今回は「アメリカ帝国の終焉 勃興するアジアと多極化世界」(進藤榮一・筑波大学名誉教授著、講談社現代新書、2017年2月20日第一刷発行)。この内容を5回にわたってご紹介する。
 著者略歴だが、1939年生まれで、京都大学大学院法学研究科で法学博士をとって、専門はアメリカ外交、国際政治経済学。ハーバード大学、プリンストン大学などでも研究員を務めて来られたアメリカ政治経済学専門のお方である。

 先ず初めに、例によってこの書の目次をご紹介する。

はじめに──晩秋の旅から
序章 トランプ・ショック以降
第一章 衰退する帝国──情報革命の逆説
第二章 テロリズムと新軍産官複合体国家──喪失するヘゲモニー
第三章 勃興するアジア──資本主義の終焉を超えて
終章 同盟の作法──グローバル化を生き抜く智恵
おわりに


 さて、今日第一回目は、「はじめに」を要約して、その主要点を本書内容でもっていくらか補足することにしたい。言うまでもなくこの書は、トランプが当選した後に書き上げられたもの。そういう「最新のアメリカ」を描き出す著作全体をこの「はじめに」において著者が上手くまとめ上げている、今回はそういう「はじめに」の紹介である。

 「はじめに」はまず、『この40年近く、何度も往復した太平洋便で見たこともない光景』の描写から始まる。
 15年晩秋に成田で搭乗した「マニラ発、成田経由、デトロイト行き」の『デルタ航空便でのことだ。乗客の九割以上がアジア系などの非白人だ。ネクタイを締めたビジネスマンではなく、質素な服装をしたごく普通のアジア人たちだ』と書いて、アメリカの非白人が全人口の38%に上ることが紹介されている。
 次に、この訪米「第二の衝撃」が続くのだが、それは全米随一の自動車都市だったデトロイトの光景である。
『ミシガン中央駅は、かつて世界一の高さと威容を誇り、米国の物流と人口移動の中心を彩り、「工業超大国」アメリカの偉大さを象徴していた。しかしその駅舎は廃虚と化し、周辺は立ち入り禁止の柵で囲まれている』
 そして、最後「三つ目の衝撃」は、『首都ワシントンに入って見た大統領選挙の異様な光景だ』そうだ。『広汎な民衆の不満と反発が、職業政治家と縁の遠い候補者たちを、大統領候補に押し上げているのである』。
『既存政治を罵倒する共和党候補で富豪のドナルド・トランプも、民主党候補で「社会主義者」を標榜するバーニー・サンダースも、党員歴を持っていない』・・・と語られてある。

 そしてこの『大衆の反逆の源は、二つのキャピタル、資本と首都──の有り様である』と続けられる。「金融に買われた」、『その醜悪な首都の政治の実態』という二つのキャピタルだ。こういう政治が『「世界の警察官」として二十世紀に君臨した大米帝国の終わりと二重写しになっている』として、次の文脈へと展開されていく。

『人を納得させる力、イデオロギーを不可欠の要件とする』と形容が付いた『ソフトパワー、理念の力』も失われて、デモクラシーを広める力もないと。その下りには、こんな傍証が付いていた。
『かつて米国はベトナムで、「デモクラシーを広める」ためとして、一五年の長きにわたって、自陣営に一〇〇万人もの死傷者を出し、敗北した』が、アフガニスタンから始まった中東戦争はこの一五年を既に超えているが、
『多くの人命を奪い、膨大な予算を投じたにもかかわらず、アフガニスタンでもイラクでも、リビアやシリアでも、デモクラシーを樹立できず、内戦とテロを進化させ、テロと混乱を中東全域に広げている』
 こうして、この「はじめに」の結びは、こうだ。
『二〇一五年、晩秋のアメリカで見た風景は何であったのか。トランプの登場とは何であったのか。それは欧州の動向とどう結び合って、世界をどこに導こうとしているのか』


(続く、このあと4回続きます)

 補足 なおこの進藤榮一氏の書評がこのブログに既に一つ存在している。「アジア力の世紀」(岩波新書)を、14年5月5、8日に要約、紹介しているから、例によって右欄外の「バックナンバー」から、年月日で入ってお読み頂けるようになっている。ちなみにこの書は、このブログ11年ほどの数十冊に及ぶいろんな読書・学習の中で、世界情勢を学ぶ上で最も参考になったベスト5に入る1冊である。例えば、僕の中では、ノーム・チョムスキーの「覇権か、生存か──アメリカの世界戦略と人類の未来」(集英社新書)に、比肩できるような。数字を挙げた実証を中心に書かれているという意味では、チョムスキーよりも現代的説得力を持っているとも付け加えておきたい。
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「暴力」と化した日本政府  文科系

2021年05月04日 12時03分08秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)

 管政権は今や、暴力で成り立っている政権と言いたい。そもそも安倍政権から続くこの政府の特徴、「説明しない」、「その説明にかかわる証拠、資料を隠す、改ざんする、破棄する」、「従来の議会運営の規則、慣行を無視する」・・・、国会、言論の府を相手にしてまともな言論を妨害するこんな暴挙がまかり通ってきたというのが、そもそもおかし過ぎる。今のその典型が、コロナ蔓延下の五輪強行開催である。
・そもそもこれだけ人が死んでいる時の世界祭典というのが、どんな民族、宗教の良識にも反する。                                                              
・まして、この蔓延下で開催するというのは、「未必の故意」の大量殺人決意に等しい。
・あまつさえ、これだけ医療崩壊が起こりつつある中で五輪村に医師、看護婦を大量派遣せよなどと言い出したが、その分死んでいく国民周辺にどういう言い訳ができるのか。
・こんな決定全てを「私には止める権限がない」などと、例によってとんでもない詭弁さえ使い始めた。

 このような五輪姿勢は今や、モリカケ、桜、検察庁や学術会議への不当介入などなどにおいて、国家の最高権力を持つとされる議会をないがしろにしてきた内閣数々の暴力の、その延長姿勢にしか見えないのである。

コメント (2)
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