■Blackjack / Donald Bird (Blue Note)
大衆芸能の制作の基本は、所謂プログラムシステム、つまり「二番煎じ」とか「柳の下の泥鰌」なんですが、それが裏切られることが間々あります。そこには自分の好みに強い思い入れを抱くという、結果的に、ある意味でのスケベ心を逆手に取られる悔しさがあるわけですが、それが良い方向に裏切られる場合だと、非常な快感になってしまうのも、また事実じゃないでしょうか。
と、まあ、些かクドイ書き出しになってしまいましたが、本日ご紹介のアルバムはサイケおやじにとって、まさにそうした1枚でした。
録音は1967年1月9日、メンバーはドナルド・バード(tp)、ソニー・レッド(as)、ハンク・モブレー(ts)、シダー・ウォルトン(p)、ウォルター・ブッカー(b)、ビリー・ヒギンズ(ds) という、ジャズロック~ハードバップの快楽盤だった前作「Mustang」と極めて近いバンドによるものでしたから、同等の味わいを期待したのですが……。
A-1 Blackjack
一応はロックビートが強い演奏とはいえ、このオトボケファンキーな味わいは、セロニアス・モンクがジャズロックをやったような、鋭角的でミョウチキリンなムードが……、しかし絶妙にカッコイイ! このあたりの感覚は、日活ニューアクションではホンワカ場面のサントラ音源とか、ブレイク直後の日野兄弟クインテットあたりにも受け継がれるものでしょう。
そうしたビート感を素直に表したテーマ合奏からアドリブの先発を務めるソニー・レッドのブチキレた感じが、これまた常識外というか、チャーリー・パーカー直系という得意のビバップフレーズを封印してエキセントリックな節回しを演じるんですから、先入観の強いサイケおやじは吃驚仰天でした。これって……???
するとドナルド・バードやハンク・モブレーまでもが、何時もの「お約束」を破ってしまったような新感覚で勝負してくるんですねぇ……。
今になって思えば、実はそれもこれも、リズム隊の新しいグルーヴというか、厳しいまでにタイトなビート感とモダンジャズでは珍しいリズムパターンによるところだと思います。とにかくベースとドラムスのコンビネーションのカッコ良さは圧巻ですよっ!
好き嫌いは十人十色でしょうが、こんな事は当時の最先端とされていたマイルス・デイビスのバンドでさえ出来なかった、極めてロックでジャズなニューモードじゃないでしょうか。聴くほどにゾクゾクさせられる不思議な快演だと思います。
A-2 West Of The Pecos
と、初っ端の賛否両論から一転、これはアップテンポでブッ飛ばした痛快なモード系ハードバップです。マイルス・デイビスでお馴染みの「天国への七つの階段」を焼き直したようなテーマアンサンブルから、とにかく全力疾走のアドリブパートまで、本当に熱くさせられまねぇ~♪
特にドナルド・バードの大ハッスルは、この時期の代表的な名演ですし、ツッコミ鋭いソニー・レッド、マイルス・デイビスのバンドでは些か下手を打ってしまったハンク・モブレーにしても、その雪辱的な意味合いが感じられるほどです。
もちろんリズム隊の爽快さは言わずもがな、キレの良いビリー・ヒギンズのメイチャイケ4ビートには溜飲が下がります。
A-3 Loki
これまた痛快至極なモード系ハードバップの熱演で、前曲と似たようなムードが濃厚なのは、作者がシルベスター・カイナーことソニー・レッドだったというわけです。イントロもテーマもゴッタ煮のようなリフの作り方が、実にモダンジャズの王道ですよねぇ~♪
そしてアドリブパートでは、作者のソニー・レッドがエリック・ドルフィー系の過激節! 失礼ながら、ここまでやれる人だとは思いませんでした。
またドナルド・バードが、当時バリバリの気鋭だったフレディ・ハバードの牙城に迫るような勢いで吹きまくれば、ハンク・モブレーは持ち味のタメとモタレを失わずに突進、続くシダー・ウォルトンも颯爽としていますから、演奏時間の短さが残念なほどです。
B-1 Eldorado
ほとんどギル・エバンスがマイルス・デイビスと共演したかのような曲で、実際、ドナルド・バードが聞かせるスタイルは、マイルス・デイビスのムードを強く感じさせます。
このあたりを笑ってしまうのはリスナーの自由かもしれませんが、なんか憎めないんですよねぇ~。それだけギル&マイルスの作りだしていた世界が不滅の輝きなんでしょうが、臆面もなくそれをパクってしまったバンドには、それほどの目論見があったか否か……。
その中では独特のファンキーさを打ち出したシダー・ウォルトンが、素敵だと思います。
B-2 Beale Street
というモヤモヤを吹き飛ばすのが、この快楽的なジャズロックですが、これすらも一聴してリー・モーガンの「The Sidewinder」を強く連想させられます。
ですからハンク・モブレーが余裕のブローを聞かせれば、ソニー・レッドはジャッキー・マクリーンがネボケたような節回しで痛快! ドナルド・バードは当然ながらリー・モーガンを意識しつつ、ここでも臆面の無い楽しさを追求するのでした。
う~ん、ビリー・ヒギンズのドラミングが、やっはりミソなんでしょうねぇ~♪
B-3 Pentatonic
相当なアップテンポで過激に走ったハードバップの王道名演で、まずは安定感抜群のリズム隊が作りだすスリルとサスペンスが気持ちE~~♪
ビシッとキマッたテーマ合奏から痛烈に新しいフレーズしか吹かないソニー・レッド、自作のテーマを上手く変奏しつつもスケール練習に陥らないドナルド・バード、さらに縺れる寸前のハンク・モブレーが、火傷しそうなアドリブを堪能させてくれますが、シダー・ウォルトンの負けん気も良い感じです。
あぁ、これも演奏時間がアッという間の夢のひととき♪♪~♪
ということで、なかなかにモダンジャズ王道の演奏集なんですが、既に述べたように前作「Mustang」の快楽性を期待すると些かハズレます。しかしデータ的にはそれから半年ほどしか経っていない、ほとんど同じバンドが、どうしてこんなに直線的な過激さへと方針転換したのか、ちょっと驚かされるほどの快感があるんですねぇ~♪
これこそ「裏切られた快感」というか、決してM的な意味ではなく、ほとんどガイド本でも無視されているようなアルバムが、これほどモダンジャズど真ん中の仕上がりだったという結果に満足させられたのです。
ちなみに原盤裏ジャケットには、その「Mustang」が写真入りで紹介されていますから、ますます同じ傾向の内容だと思わされる、これは一種の詐術を狙ったんでしょうか。
まあ、それはそれとして、特にここでのソニー・レッドは従来の保守的なイメージを一新する前向きな姿勢が素晴らしく、ドナルド・バードやハンク・モブレーまでもが刺激を受けたかのような新しさを聞かせてくれるのは、全く望外の喜びでした。
シダー・ウォルトンのフレッシュな感覚、またウォルター・ブッカーの密かな過激さ、ビリー・ヒギンズの上手さが化学変化的に融合したリズム隊も素晴らしく、特にタイトル曲「Blackjack」でのビート感は、本当に不思議な快感を呼ぶのでした。