今、問題化しているインチキ建築士による手抜き工事の建物、実は友人の家の近くにもそれがあることが判明し、戦々恐々というか、どうか地震が来ませんようにと、祈る日々だそうです。それにしても、実際、ひどいなぁ……。
ということで、本日の1枚は――
■Sounds Of Synanon (Pacific Jazz)
嘆かわしく、悲しい悪習、それがジャズミュージシャンと麻薬の関係です。これで演奏家としての力量を失った者、あるいは命を落とした者、天才でありながら短命だった者、大勢いますね……。しかし、その地獄の渕から社会復帰し、大輪の花を咲かせたジャズメンもいるのです。
例えば、今回の主役、ジョー・パス(g) もそのひとりです。
ジョー・パスは10代の頃からジャズ・ギタリストとして活動していましたが、すぐに麻薬に取り付かれ、ジャズの本場であるニューヨークから追放されて諸国放浪の末にラスベガスあたりのラウンジで仕事にありついていたようですが、結局、麻薬関連で逮捕、療養の繰り返しが続いていました。
そしてついに行き着いた先が、サンタモニカにあった、麻薬やアルコール依存症のリハビリ施設である「シナノン」でした。ここには同じ経緯で入所したミュージシャンも多数おり、所内ではバンドを結成して演奏を行っていたのですが、その中でも特に実力が飛び抜けていたのが、ジョー・パスだったと云われています。
それを発見したのが、「シナノン」のスポンサーの1人であるリチャード・ボックで、ついに自身が運営するレーベルのパシフィック・ジャズで録音することになったのが、このアルバムとジョー・パスが世に出る経緯でした。
録音は1961年、メンバーはデイヴ・アラン(tp)、グレッグ・ダイクス(bration-horn)、ジョー・パス(g)、アーノルド・ロス(p)、ロナルド・クラーク(b)、ビル・クロフォード(ds)、キャンディ・ラトソン(per) となっていますが、もちろん全員が「シナノン」の入所者で、つまりはジャンキー、しかもそこで初めて楽器を手にした者もいたそうです。しかし、ここで聴かれる演奏は非常にタイトで、しかもウエストコースト・ジャズ特有の爽やかさに満ちています。
ただし、個々のメンバーのアドリブ・パートは、それまでのハードな生き様の心情吐露というか、なんとも言えない哀しみとか、人生の深みが表出された部分があり、これはけっして麻薬中毒者を庇っているわけではありませんが、それ故に、なかなか魅力的な演奏が聴かれるのでした。
まずアルバムの冒頭、「シナノン」の設立者=チャールズ・E・デデリッチに捧げられた「C.E.D.」は、沸き立つようなジョー・パスの流麗なギターからラテン調のテーマが楽しく、アドリブ・ソロも快調です。
続く「Aaron's Song」はファンキーなブルースで、デイヴ・アランのハスキーな音色のトランペットがハードボイルドなフレーズを綴って、強く心に残りますし、ジョー・パスのギターも仄かに泣いていて、シビレます。
そして3曲目の「Stay Loose」は密やかな哀愁がこもった名曲で、初っ端からジョー・パスのギターが素晴らしく、歌心満点のアドリブ・メロディは流石です。また作曲者のアーノルド・ロスのピアノも、楽しくて、やがて悲しき宴のような味がたまりません。リズム隊のチャカポコ・リズムが、これまた耳に残ります。
それはA面ラストの祝祭的な名曲「Projections」に繋がり、ソロの先発はグレッグ・ダイクスのバリトン・ホーンですが、この楽器はチューバを小型にしたようなもので、トロンボーンのような音域が出てきて、和みます。しかしジョー・パスのギター・ソロは緊張感がいっぱいで、テンションの高い演奏になっています。
B面は、アップテンポのウエストコースト風ハードバップの「Hang Tough」で幕開けですが、ここでのジョー・パスが本当に素晴らしいの一言です。まったく淀みない早弾きで、魅力的なアドリブ・メロディーが泉のように出てくるのです。そして続くデイヴ・アランのトランペットがハスキーに泣くのですから、もう、完全降伏です。この哀愁♪ 最高です。
そのデイヴ・アランをフィーチャアしたのが、次のミディム・スロー曲「Silf-Image」です。なにしろ唯一無二のハスキーな音色で、哀切のフレーズをジワジワと流してくるトランペットの魅力には、心底、惹きつけられます。そしてもちろん、ジョー・パスも翳と温もりに満ちたギターを聞かせてくれるのでした。
で、アルバムの〆は意味深なタイトルの「Last Call For Coffee」で、明日への希望を感じさせる明るい演奏です。チャカポコ・リズムにノッた各人のアドリブが、とにかく楽しい♪ そしてジョー・パスのギターが軽く弾いているようでいて、メチャ、上手いです。ちなみに裏ジャケの写真でみると、この時のジョー・パスはフェンダーのジャズマスターのようなソリッドボディのギターをプレイしていますね。弘法は筆を選ばず、ということですかねぇ~。なんでも「シナノン」に入所した時のジョー・パスは、ギターも売り払って無一文だったそうですよ。
ということで、このアルバムは実質的にはジョー・パスの初リーダー盤的な位置付けになりましょうが、それをしっかりサポートしているが、ピアニストのアーノルド・ロスです。この人は参加メンバー中、この時点では一番有名なミュージシャンで、スイング時代から活躍し、リーダー盤も出していました。ですから、このセッションでも随所に味のある演奏を聞かせてくれます。
こうして社会復帰の足掛かりを掴んだジョー・パスは、やがてパシフィック・ジャズ・レーベルと契約し、数枚のリーダー盤の他に、有名・無名のスタジオ・セッションをこなすようになり、隠れた実力者として高く評価されていきます。そしてついに1970年代になって大ブレイクするのですが、それは、また次の機会に取上げるとして、とにかく、このアルバムはジャズと麻薬という腐れ縁から、重いテーマを明るい希望に変えていく、そのドキュメントとしても興味深い作品です。
しかし、収められ演奏は素晴らしい♪ ジャズのほとんど全ての魅力があると思います。少し前にCD化されたはずですが、今は廃盤でしょうか? とにかく、このアルバムも見つけたら、即、ゲットすることをオススメします。
また、ジャズ喫茶でならば、B面をリクエストして聴いてみて下さい。