goo blog サービス終了のお知らせ 

黄昏どきを愉しむ

傘寿を過ぎた田舎爺さん 「脳」の体操に挑戦中!
まだまだ若くありたいと「老い」を楽しんでま~す

「御所山古墳」現地説明会に

2014-03-21 | 日記・エッセイ・コラム

私の住んで居るすぐ傍には古墳が2つもある。

「番塚古墳」と「御所山古墳」

今日はそのひとつ「御所山古墳」についての現地説明会に。

ここ御所山古墳は、国指定の古墳時代中期の大型の

「前方後円墳」です。

地元では、この古墳や堀の整備について要望しており平成19年から

古墳の保護や発掘調査が始まりました。

隣の先輩、古墳調査指導委員会 与原下区委員のSさんの薦めもあって

今日はその調査の状況の説明会に行ってきました。

これはただ文化財の保護だけではなく、将来的には地域の宝。

町の観光の目玉にもと期待を掛けている古墳ですから、先ずは

地域住民がその実態を理解しておくことが大事だと。

ここ御所山古墳は、白庭神社を祀っており地域の伝統行事

「どんど焼き」や「苅田山笠」を含めて生活に密着した由緒ある場所です。

この古墳を航空写真で見ると・・・・

規模の大きさが分かると思いますが、当時(古墳が築かれた)の姿や規模

の詳細を現在、調査してるところです。

015

神社境内で古墳調査指導委員会の方から説明があり、また実際に

調査中の処へ足を運んでみました。

016

後円部墳丘裾径 71.6m

前方部墳丘裾幅 88.4m

墳        長119,6m

004

説明では、この古墳本来の墳丘や周濠・周堤帯等も明らかになっています。

017

前方後円墳の名前は墳丘は、人力で土をたくさん盛って突き固められて

造られます。土が崩れないように周囲には石がぎっしり貼り付けられ、周囲には

埴輪が並べられました。また、周囲に、ぐるりと周濠がめぐって、その外側には

さらに周堤が作られている。

現在、発掘中の部分です。

このきちんと並べられた小石は・・・・古墳を作る時に敷き詰められた部分。

007

従って、この石は墳墓の周囲を取り巻くように円形状に連なって敷き詰められ

今日この姿で現れた・・・。

資料の中に、古墳築造のイメージ ・・・・・こんな絵が。

018

工事は、もちろん人力しか手立てはなく・・・大勢の人々が。

資料では、日本一の(仁徳天皇陵)では、延べ680万人の人々が

15年8か月働いて・・・工事費は現在に換算すると796億円も・・・凄い!

ここ御所山古墳だって、かなりの動員と年月を費やしたことでしょう。

また、周濠にも年代を表す断層がくっきり顔を出していました。

ちょうどこの写真の水が溜まっている下には「埴輪」の破片もあり、この古墳の

規模から言っても・・・まだまだ出土しそうな・・・。

「石室」だってあるのかもよ?

この地からは、翡翠、勾玉、なつめ 碧玉、ガラスなども・・・・

まさに、現在のぎくしゃくとした中国、韓国とは違って、そのころは

中国大陸や朝鮮半島との交流は大いに賑わっていた。

その証拠は、数々の出土品からもうかがわれるものです。

これって、「文化庁」にて保存されているとか、本来ならば やはり「この地」で

みんなで眺められるようになるのがいいけれどね。

大人が喜ぶだけでなく、子供たちの教材としてはうってつけでしょう。

「わが故郷の昔は」・・・ここでも、夢を与えなくちゃ!

断層って…幾重にも重なっている歴史の証拠ですからね。

012

010

まだまだ解き明かされない部分が沢山ある・・・・だから「古墳」はロマンなのかも?

この古墳の「主」は、どんな人?

どんな勢力を持っていて、この地を治めていて・・・最後はどんな結末だったの?

この地、九州であれば、円形は和人系? 方形は新羅

前方後円墳なら 勢力の合体かも? どんでもなく賑わっていたのだ。

卑弥呼だって 噛んでいるのよ・・・きっとね。

こんな夢を 「古墳」ひとつで語れるのが いいね。

分かないことに夢を膨らませるのも・・・愛嬌ですよ。

これ、私の素人考えと知識ですから、この「つぶやき」すべて信憑性も

ありませんので・・・・「あしからず」  <m(__)m>

真実が判明すれば、その時、また新しい物語となるのだから。

文化財として保存管理するには、細密な調査が必要ですが、地域住民の

生活もある。

この古墳を、いかに有効的に後世に繫いでいくかは、町自体も「町づくり」の

基本コンセプトを念頭に置き、将来を見据え、保護・継承だけに終わることなく

その成果を期待したいものである。

個人的には、観光的な開発を望みたいのですがね・・・・

古墳の隣に「古墳資料館」(苅田町にある古墳を総合した資料館)

 その中には、古墳の解説と物語がビデオで流れている

企画展では、全国各地から「古墳」を紹介するイベントを。

陳列棚には発掘された権力者が身に付けた財宝の数々・・・や

出土品が陳列されている。

付帯的設備の充実と、古墳へのルート案内標識や道路の整備も。

駐車場、綺麗なトイレ、すぐ傍には洒落たカフェやレストランが。

そして、苅田町の古墳散策ルートが紹介され

「御所山~番塚~恩塚~石塚山~雨窪古墳」と 全国の古墳マニア

がやって来る!   

そんな古代のロマン溢れる自然回帰の町としての風が吹くのが夢なんですよ。

この私。

なかなかうまくいかない現実に、 「墳外」 憤慨しています。

まぁ、この田舎爺さんが元気なうち・・・は、無理無理、

どうやら、目途がついてきた・・・

なんて時は、こちら質素な墳墓の中で眠ってる?

最後は、墓場かしかない(捗々しくない) お話でおしまい。

 

コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 庭の「草取り」終了 | トップ | 洋風「野点」? »

1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
御所山古墳の説明ありがとう。四月の等覚寺の松会... (塩じい)
2014-03-24 09:49:45
御所山古墳の説明ありがとう。四月の等覚寺の松会も是非見学してください。
返信する

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。