異文化の中で生まれ、育まれた物語だが、はじめての公開はかなり前である。
ウェイン・ワン監督の、日米合作映画だ。
小さな映画に、主要な登場人物は三人で、アメリカの大学町が舞台だ。
物語には、大きな起伏はない。
ドラマティックとはいえない。
それでも、登場人物たちの心理は細やかに、的確に描かれている。
主人公である中国人の老父の哀しみや、アメリカで暮らす娘の孤独な心の動きを映し出している。
寡黙で、静かなドラマだ。
アメリカに留学し、大学の職員をしている娘イーラン(フェイ・ユー)の元に、はるばる北京から父親シー氏(ヘンリー・オー)が訪ねてくる。
娘は中国人の夫と離婚していて、いまは一人暮らしをしている。
父親は、そのことが気がかりでならなかったのだ。
父親はすでに妻を亡くしていて、「ロケット学者」の彼は、娘のアパートメントに滞在することになった。
父は、習い覚えたばかりの料理に腕をふるって、夕食を作ってやったりするのだが、娘の方は、いつも沈んだ顔で黙々と食べるだけだ。
彼女は、家にかかってくる電話に一喜一憂している。
父親の方は、娘があまり幸せでないことを察するのだが、その不幸の気配に胸を痛めても、それ以上のことは何もできない。
あるとき、外泊した娘がロシア人男性に送ってきてもらったところを、老父は目撃する。
彼は、男が誰なのか、きつい口調で娘にたずねる。
娘のイーランは、自分が離婚した経緯と男性のことを父に告げるが、父親には父親の哀しい過去があったことを知らされる。
娘には、父が自身の経歴に小さな嘘をついていたことへの、胸に秘めた哀しみがあった。
老父は、自身の持つ過去の深い傷と哀しみを語り始め、娘の哀しみと老父の哀しみが交錯する。
しかし、二人の哀しみが解け合うことはなかった・・・。
ヘンリーオーは、知的で物静かで、寡黙な老父を演じていて上手い。
イーランの住むアパートの近くの公園で、イラン人の老婦人と知り合ってのやりとりが面白い。
片言の英語と、母国語を話すイラン婦人の‘会話’が、どこかで通じ合っているから不思議だ。
老父は娘と共通の母国語を持っているのに、どこか心を通い合わせることができない。
それでいて、このドラマは血のつながった「父娘」の物語だ。
互いに愛し合っていても、どこかで、肉親の持つ哀しみを漂わせている。
それは、映画の最後のシーンまで変わることはない。
娘の住んでいた町を離れる列車の中で、窓の外に走りすぎる景色を眺める老父の表情には、安らかさがあったが・・・。
父は長い間、家族を守るために小さな嘘をつき続けていた。
それに気づいていた娘は、素直に心を開くことができない。
お互いを労わり思い遣る気持ちに何の偽りもないのに・・・。
この父娘の想いは、祈りにも似ている。
この、父娘の対立ともとれる背景には、60年代の文化大革命の影も見え隠れする。
科学者であった父が、実は文革のときに人に言えない体験をしていて、娘はそれをうすうす知っていたのだ。
個人に宿る歴史の記憶というものは、たとえ絆の濃い家族にも、亀裂をもたらすことがあるということだろうか。
アメリカに住む中国出身者が、家庭内に秘密や嘘があることは、よく聞かれる話だそうだ。
ウェイン・ワン監督の映画「千年の祈り」は、故郷を遠く離れた異国の地で向き合うことになる、不器用な父と娘の心理を綴った、しみじみとした小品だ。
香港出身の監督、中国人作家、日本人プロデューサーによるアメリカ映画だが、そういえば、日本の小津映画を髣髴とさせる物語のようにも見える。
言語を超えた普遍的な物語で、実は心やさしい愛のドラマと見ることもできる。
ドラマの中に、「中国には、枕をともにするには三千年祈らなくてはならないという言葉があるの」と、娘が不倫相手のロシア人男性に呟くように言うシーンがある。
タイトルの「千年の祈り」とは、そこからから来ている言葉である。
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