是枝裕和監督の邦画最新作「歩いても歩いても」を観た。
彼が、監督四作目の「誰も知らない」で、カンヌ国際映画祭最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞したときは、国内外で、大きな話題になった。(この映画は、なかなかよく出来た、一風変った不思議な作品だった。)
今回の作品は、成人して家を離れた子供たちと、老いた両親の夏の一日を辿る家庭劇(ホームドラマ)だ。
24時間の家庭劇には、家族の関係や歴史が刻み込まれ、そこに誰にでもある自分の家族の姿を発見する。
何十年も、同じ屋根の下で暮らし続ける老夫婦・・・。
久しぶりに、家族を連れて実家にやって来た息子と娘、そして15年前に亡くなった長男の話が交錯する。
母親の手料理は、昔と変わらない。
でも、家の内部や家族の姿は、少しづつ変化する。
食卓を囲んでの何気ない会話の中に、家族だからこそ持つ、そのいたわりと反目、愛しさ、厄介さが、ほろ苦いせつなさをもって、ときにユーモラスに描かれる。
人の心の奥底に潜む、残酷さもちらりとのぞかせながら・・・。
夏の終わりに、横山良多(阿部寛)は、妻ゆかり(夏川結衣)と息子を連れて実家を訪れた。
開業医だった父恭平(原田芳雄)と、そりの合わない良多は失業中のこともあって、久々の帰郷も気が重い。
明るい姉ちなみ(YOU ゆう)の一家も来ていて、横山家には久しぶりに、笑い声が響く。
得意な料理をつぎつぎにこしらえる とし子(樹木希林)と、相変わらず家長の威厳にこだわり続けている父がいた。
ありふれた家族の風景だが、今日は、15年前に亡くなった横山家の長男の命日だった。
跡つぎにと、期待をかけていた長男に先立たれた父の無念と、母の痛み・・・。
優秀だったという兄と、いつも比べられてきた良多には、父への反発もある。
姉は、持ち前の明るさで、家族のあいだをとりもっているけれど、子連れで再婚して日が浅い良多の妻は緊張の連続で気疲れする。
そんな中で、良多は、些細なきっかけから親の老いを実感する。
ふと口にした約束は果たされず、小さな胸騒ぎは、見過ごされる。
そして、姉たちが去り、残った良多たちは、両親と食卓を囲みながら、それぞれの思いが沁み出してゆくのだった。
日々の営みの中で、繰り返される家族のアンサンブルは、どこの家庭も同じだ。
その日から次の日にかけて、普遍的と思われる家族の24時間を描いている。
平凡な家族の一日を、丹念に追った。
この映画を観ていると、日本映画やテレビドラマで描かれてきた、多くの家庭劇が想い起こされる。
『東京物語』の小津安二郎監督や、 『お母さん』の成瀬巳喜男監督ら、巨匠たちが描いた戦前戦後の家庭の姿である。
テレビのホームドラマの礎を築いた向田邦子らの作品も、家族の喜怒哀楽をコミカルに描きつつ、生活の中に潜む‘孤独’をにじませた。
気になったのは、作品の中に沢山の笑いやペーソスを散りばめていることだ。
そういうねらい自体は、大いに結構だ。
ところが、これがよく出来ているようで、実はくどい。悪く言えば、わざとらしい。
上手いとはとても言えない。
どうにも、白々しい。
ときに、その描き方は、登場人物たちの何気ない台詞の中にぽんぽん飛び出してくる。
食傷気味である。
どうにかならないかと思った。
是枝監督は、コミカルなタッチで、随所で観客の笑いを誘いたかったようだ。
その意図が、ぷんぷんと臭う。みえみえだ。
確かに、観客からくすくす笑う声ももれているが、シナリオの出来ばえがどうも上っ調子に思えてならない。
原作、脚本、編集まで一手に手掛けた是枝監督には、人一倍‘家族’への思い入れがあったようだ。
生前、自分の母に「何もしてやれなかったなあ」という後悔から、この映画は出発したと言っているように、生の一瞬を切り取ろうとした。
その一瞬の中に、家族の記憶の陰影を織りたたんでいった。
そうして、泣くのではなく、出来るなら笑いたいと思って作った。
そのあたりに、無理に「笑い」をこしらえた意図が見え隠れする。
残念だが、日本映画の小津安二郎や成瀬巳喜男には遠く及ばない。
彼らの往年の作品には、脚本(台詞)にずっしりとした重みや研ぎ澄まされたエスプリもあった。
上っ面ではない、どこか心の底から笑える何かがあった。心の底から、である。
フランス、イギリスなどヨーロッパ映画には、上出来のユーモアのエッセンスが見事に散りばめられている。
日本映画は、悲しいかな、まだその域にはないと感じた。
家族とは、はかないものだ。
老いた親は消えてゆき、働き盛りの子供たちに代を譲る。
その子供たちも、いずれは親と同じ道を辿ることになる。
その繰り返しである。
そうした、身近な家族という小宇宙を描くことは、実は大変難しい映画作りなのだと思わずにはいられなかった。
樹木希林が、とりわけいい味を出している。この人はいつもうまいなあと思った。
とし子が、映画の中で愛聴している「ブルーライト・ヨコハマ」にも、夫婦の歴史が刻まれている。
大人の恋のイメージが濃厚だったこの懐かしい歌は、昭和44年当時21歳のいしだあゆみが歌って、150万枚という空前の大ヒットとなった曲だ。
この歌の歌詞の一節から、映画のタイトルが付けられた。
いしだあゆみは、この年のNHK紅白歌合戦に初出場した。
個人的には、作品に不満もあるが、映画の最後のシーンは印象に残った・・・。
その夏の日から7年後、良多一家は海の見える墓地に来ている。
あのとき連れていた子供は高校生になり、もう一人の4歳くらいの女の子の姿もあった。
墓地の脇には、一家が乗って来た車が止まっている。
遠く、海だけが昔と変わらずに青く輝いていた。
ミステリアスなどは何もない。
奇矯な登場人物もいない。
是枝監督のこの作品「 歩いても歩いても 」は、生きることの厄介さ、面白さ、切なさ、哀しさを夏の空気の中でとらえた一作である。
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でも「よく見てるなぁ!」って感心します。
沢山の良作を見てきたからこそ出てくる「批評」があるんですね。
黒澤明に三船敏郎とか・・・。
製作される作品の数だけはやたらと多いのですが、傑作(世界レベルの作品)となると・・・?
いやはや、まことに淋しいかぎりです。