(2月1日/ 「2011年日本映画ベスト10とワースト10」 一部記事追加)
チェホフなど、ロシア文学や演劇の名翻訳者として知られる湯浅芳子と、戦時下、激しい弾圧を受け、戦後民主主義の旗手となった宮本百合
子の、若き日の濃密な青春を描いている。
近代文学史の、秘められた真実だ。
異性愛、同性愛といった性愛の枠組みを超えて、この二人の関係は、どんな恋よりも情熱的で、どんな愛よりも深い信頼で結ばれたものだっ
たようだ。
二人は、激しく惹かれあって、7年間の生活を共にしたのだったが、その最初の1か月半の日々を、浜野佐知監督が10年越しの執念で映画
化した。
大正から昭和にかけて、本当にあった愛と別れを描いた、自主制作映画だ。
1924年(大正13年)、ロシア語を学びながら雑誌を編集していた湯浅芳子(菜葉菜)は、先輩作家・野上弥生子(洞口依子)の紹介で、中條百合子・のちの宮本百合子(一十三十一)と出会う。
百合子は18歳のときに書いた「貧しき人々」で注目され、天才少女と騒がれ、のちに最初の結婚に失敗した経験を書いた「伸子」が出世作となった。
19歳のとき、百合子は遊学中のニューヨークで、15歳年上の古代ペルシャ語研究者の荒木茂(大杉漣)と結婚したが、芳子と出会った5年後には二人の結婚生活は破綻して、行き詰っていた。
百合子、芳子、荒木の三人は、東京と、百合子の祖母が住む福島県の安積・開成山(現郡山市)の間を往復しながら、愛憎のドラマを繰り広げる・・・。
「スカートをはいた侍」と呼ばれ、「女を愛する女」であることを隠さずに生きた芳子と、天才少女作家としてデビューし、早くに結婚した夫と暮らしながら作家活動をしていた百合子は、出会ってすぐに強く惹かれあったのだ。
百合子を演じるのは映画初出演のシンガーソングライターの一十三十一(ひとみとい)で、自らの可能性を全面的に開花させようとする、積極的な女性作家を体現し、「私は男が女に惚れるように、女に惚れる」と公言する、芳子役の新進女優の菜葉菜は「ヘヴンズストーリー」で一躍有名になったが、今回は全く違った歴史上の女性文学者像をのびのびと演じている。
愛し合う二人の間に挟まって、苦悩しながら、何とか百合子を引き留めようとする夫・荒木は、大杉漣が頑張っている。
7年間のうちのわずかに1か月半の物語は、よくまとまっている。
極力無駄を省いて、抑制のきいた固い描写は、教科書的なのが気になるけれど、あくまでも、女性の視点からこの作品を描いているのには好感が持てる。
浜野佐知監督のこの映画「百合子、ダスヴィダーニヤ」は、二人がロシアへ旅立つところで映画の方はエンディングになるのだが、この後で、昭和7年、百合子が宮本顕治と結婚したことで、二人の無残な破局が訪れることになる・・・。
「あなたは私の前に、閉じられていた扉を開ける鍵を持って現れたのよ」(百合子)
「女と女の愛は、ともに地獄へ堕ちる決心と勇気がなければ、成就することはできないのだろうか」(芳子)
・・・二人はたぐいまれな才能を持っていて、互いが魂をスパークさせるようなめぐり会いがあって、青春の一時期を悔いなく燃焼させたということだろうか。
これまで長いこと封印されてきた秘話も、二人の異性愛と同性愛の交錯する、言ってみれば、文学史の片隅に埋もれていた愛憎のドラマだ。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
◆ 追 記 ◆ * * * * * 2011年 日本映画ベスト10とワースト10 * * * * *
恒例、お堅い映画専門誌として知られる『映画芸術』(冬号)が選んだ、2011年の邦画の「ベスト10」と「ワースト10」は次の通りでした。
(タイトル名・監督)
ベスト10 ① 「大鹿村騒動記」 阪本順二
② 「サウダーチ」 富田克也
③ 「アントキノイノチ」 瀬々敬久
④ 「東京公園」 青山真治
⑤ 「一枚のハガキ」 新藤兼人
⑥ 「歓待」 深田晃司
⑦ 「モテキ」 大根 仁
⑧ 「監督失格」 平野勝之
⑨ 「魔法少女を忘れない」 堀 禎一
⑩ 「僕たちは世界を変えることができない」 深作健太
ワースト10 ① 「ステキな金縛り」 三谷幸喜
② 「さや侍」 松本人志
③ 「恋の罪」 園 子温
④ 「プリンセス トヨトミ」 鈴木雅之
⑤ 「監督失格」 平野勝之
⑥ 「冷たい熱帯魚」 園 子温
⑦ 「冬の日」 黒崎 博
⑧ 「マイ・バック・ページ」 山下敬弘
⑨ 「アジアの純真」 片嶋一貴
⑨ 「ハラがコレなんで」 石井裕也
⑨ 「八日目の蝉」 成島 出
⑩ 「家族X」 吉田光希
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それにしても昨年の映画,ワースト10作品の方が面白そうな気がするのはなぜに・・・?
一般には知られていないような作品が、かなり高い評価を得ていたりするのです。
いやいや、ワースト映画の方に、面白い作品がそろいましたね。
映画のプロといわれるお偉い方々は、私たちとは見方が違うということでしょうか。
日本アカデミー賞とか、キネマ旬報賞等とは全く反対の結果ですものね。
人気はあちら、評価はこちらということでしょうか。