徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「私が、生きる肌」―愛に狂わされ亡き妻そっくりの美女を作り上げた天才医師―

2012-07-19 23:00:00 | 映画


 スペインの巨匠、ペドロ・アルモドバル監督の、独創性に富んだ問題作だ。
 それは、神に背く禁断の世界である。
 めくるめく感情と色彩美で紡がれる、映像の世界を展開する。
 異色のキャラクターで登場する人物の、鬼気迫る存在感に唸らせられる。
 何とも、おぞましく狂った物語なのである。

 事故の火傷で死ぬ妻がいる。
 レイプの犠牲となる娘がいる。
 そして、“完璧な肌”を創る禁断の実験に没頭する天才医師と、囚われの身の美しいヒロイン・・・。
 ・・・やがて、明かされる人造美女の正体は・・・?
 これを、人はそれでも愛と呼ぶのであろうか。
 それは、謎めいたひとりの女性とともに幕を開ける。




         
2012年、トレド・・・。

のどかな風景が広がる郊外に、ロベル・レガル(アントニオ・バンデラス)の大邸宅がひっそりと建っている。
世界的な形成外科医であるロベルは、最先端のバイオ・テクノロジーを駆使した、人工皮膚開発の権威でもあった。
邸宅の一室には、肌色のボディストッキングに身を包んだ美女ベラ・クルス(エレナ・アナヤ)が幽閉されている。
ベラは、ロベルの亡き妻ガルと同じ顔を持っている。
ロベルは、“ガル”と名付けた人工皮膚をいかにして開発したのか。

・・・すべては、6年前のある恐ろしい事件にさかのぼる。
ロベルのもうひとつの生き甲斐は、愛娘ノルマ(ブランカ・スアレス)の存在だった。
母親の自殺現場を目撃したトラウマゆえに、ノルマは精神的な病を患っていたが、少しずつ回復し、妖精のような純真な少女に成長した。
ところが、知人の結婚式のパーティーに出席した夜、父子は思わぬ悲劇に見舞われる。
ある青年に、会場の外に連れ出されたノルマが、発作を起こして気絶し、こともあろうに、父親ロベルに襲われたと錯覚してしまったのだ。
その青年は、母親の営む服飾店で働く平凡な若者ビセンテ(ジャン・コルネット)だったが、ロベルは彼への復讐を決意する。

間もなくノルマは、母親の後を追うように病院で自殺し、失意と怒りに打ち震えるロベルは、ビセンテを地下室に監禁し、狂気じみた行動に出る。
ロベルは、薬物で眠らせたビセンテを手術台に拘束し、何と、性転換手術を実施する。
さらに、まだ開発途上の“ガル”を彼の全身に移植し、顔までも今は亡き妻そっくりに整形していった。
かくして、禁断の実験のモルモットとなったビセンテは、ベラ・クルスという新しい女性名を与えられ、ロベルの歪んだ愛の結晶として生まれ変わったのであったが・・・。

かつて、非業の死をとげた最愛の妻を救えるはずだった“完璧な肌”を創造することが、ロベルの夢だったのだ。
あらゆる良心の呵責を失ったロベルは、監禁したビセンテを実験台にして、開発中の人工皮膚を移植し、今は亡き妻そっくりの美女に仕上げていったのだ。
やがて明かされる、人体実験のサンプルとなった人造美女の正体に、私たちは、ペドロ・アルモドバル監督の異常な独創世界に驚かされるのである。
設定も奇想天外なら、展開も意外性に富み、ドラマは衝撃的な結末へと導かれる。
復讐と情念が交錯し、残酷さに彩られた狂気と憤怒が、スクリーンを一杯にする。
アルモドバル監督は、この作品ではじめペネロペ・クルスを起用しようとしたらしいが、ここはエレナ・アラヤで正解だった。

確かに、卑俗的な言い方をすれば、この映画の世界は実に禍禍しいものがある。
あきれる場面と感心の場面と、思わずため息の出る映画だ。
しかし、ペドロ・アルモドバル監督のこのスペイン映画「私が、生きる肌」は、物語にしても、何とも言えない不思議な力強さがある。
おそらくは、かつて誰も見たことのない、驚愕の作品に違いない。
これを、崇高な愛の奇跡とみるか、狂気に満ち満ちた悪魔の映画とみるか。
それは、あくまでも観客の自由である。
作品は、エキセントリックで倒錯的エロスとバイオレンスに、エッセンス豊かな語り口が融合した、映画作家としてのアルモドバルの集大成と見ることができる。
その挑戦心と冒険心は、特筆すべきものがある。
     [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点


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2 コメント

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・・・何とも (茶柱)
2012-07-20 23:22:45
マッドサイエンティストものというのは,なかなかに尽きないもので,ある種定番とも言えるのかも知れませんね。
なかなかに・・・。
マッドサイエンティストもの・・・ (Julien)
2012-07-21 23:14:40
ですか。
この荒唐無稽もその例にもれず・・・ですか。
アルモドバルさんという人は、これまでもいくつか作品を観ましたが、間違いなく、常識では計り知れない人ですね。
良くも悪くも。いやいや・・・。

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