親と子は、そばに居ながらにしても心をつなぎ合えない。
一番近い、他人なのかも知れない。
ドイツとトルコ、2000キロの距離を越えて、三組の親子がさすらう、再生と希望のドラマだ。
彼らは、運命のままにめぐり逢い、別れ、再びつながってゆく。
ファティ・アキン監督の、ドイツ・トルコ合作というめずらしい作品である。
カンヌ国際映画祭最優秀脚本賞、ベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)、全キリスト協会賞など、数多くの映画賞に輝く。
ドラマの構成とストーリーの展開は、東洋と西洋の交わる国トルコを舞台に、その光と影も描かれる。
1960年代、ドイツは多くの移民をトルコから受け入れ、現在では270万人ものトルコ人に対する差別が社会問題化している側面がある。
あまり知ることの出来ない、トルコの抱える社会問題が、登場人物たちの生活を背景に描かれる。
人間の根本を支えているのは、本当は家族の愛と絆なのだ。
人は、誰もが幸せになるために生まれてくるのだろう。
愛することは、許すことであり、許すことは愛することなのだ。
映画の中で描かれる、二人の女性の不慮の死はともにドラマティックで、やや唐突な感じがしないでもない。
だが、そのことが、このドラマの展開に大きく欠かせないものとなっている。
どうにもならない愛もあれば、慈愛にあふれた無償の愛もある。
父親と息子、母親と娘、異国の人間同士の愛が、国境を越えても変わることはない。
すれ違い、出逢い、惹かれあい、反発し合い、触れ合っては別れ、別れてはめぐり逢う。
運命のいたずらか、ドラマというものは何と切ないものかと思わせる。
このファティ・アキン監督作品「そして、私たちは愛に帰る」は、きわめて簡潔なスタイルで語られているものの、愛と憎しみの交錯するこのドラマは、名優たちの演技と、トルコ系ドイツ人監督の手腕が高く評価されてよい。
ハンブルグに住む大学教授ネジャット(バーキ・ダヴラク)の老父アリ(トゥンジェル・クルティズ)は、ブレーメンで一人暮らしだったが、同郷の娼婦イェテル(ヌルセル・キョセ)と知り合い、一緒に暮らし始める。
ところが、アリは過ってイェテルを死なせてしまう。
ネジャットは、イェテルが故郷トルコに残してきた娘アイテン(ヌルギュル・イェシルチャイ)に会うために、イスタンブールに向かう。
そのアイテンは、反政府活動家として警察に追われ、出稼ぎでドイツへ渡った母を頼って、偽造パスポートで出国し、ドイツ人学生ロッテ(パトリシア・ジオクロースカ)と知り合った・・・。
ネジャットとアリ、アリと出稼ぎ娼婦となったイェテル、トルコを逃れた娘アイテン、そしてロッテとロッテの母スザンヌ(ハンナ・シグラ)・・・。
三組の親子のすれ違いは、人生の旅路のさすらいとなって、“愛”そして“喪失から生まれる希望”を見出すまで、「幸せと不幸せ」「生と死」が背中合わせに存在する人生の不思議を綴っていくのだ・・・。
・・・罪を償い、出所したのち強制送還されたアリが、トルコのアタチュルク空港に降り立つ。
同じ頃、スザンヌもドイツからトルコへ渡ってくる。
ロッテの遺品を引き取るためだ。
イスタンブールのホテルで、一人酒をあおり、号泣するスザンヌ・・・。
狂おしいまでの、愛の裏返し・・・。
複雑に入り組んだ物語を、全てここに簡潔に書き綴るのは困難だ。
ただ、それぞれの異なる背景を持つ三組の親子の交錯する人生の中で、反発し合いながらも、なお強く結びつく父と息子、母と娘の絆が印象的だ。
たとえ、取り返しのつかない過ちを犯したとしても、すべてを受け入れ、憎しみを超えて許そうとする深い愛が、人間を信じる心と希望をもたらすのだ。
この映画には、ひたひたとさざ波のように打ち寄せてくるものがある。
これは、何なのだろう。
最新の画像[もっと見る]
- 川端康成 美しい日本~鎌倉文学館35周年特別展~ 4年前
- 映画「男と女 人生最良の日々」―愛と哀しみの果てに― 4年前
- 文学散歩「中 島 敦 展」―魅せられた旅人の短い生涯― 5年前
- 映画「帰れない二人」―改革開放の中で時は移り現代中国の変革とともに逞しく生きる女性を見つめて― 5年前
- 映画「火口のふたり」―男と女の性愛の日々は死とエロスに迫る終末の予感を漂わせて― 5年前
- 映画「新聞記者」―民主主義を踏みにじる官邸の横暴と忖度に走る官僚たちを報道メディアはどう見つめたか― 5年前
- 映画「よ こ が お」―社会から理不尽に追い詰められた人間の心の深層に分け入ると― 5年前
- 映画「ア ラ ジ ン」―痛快無比!ディズニーワールド実写娯楽映画の真骨頂だ― 5年前
- 文学散歩「江藤淳企画展」―初夏の神奈川近代文学館にてー 5年前
- 映画「マイ・ブックショップ」―文学の香り漂う中で女はあくなき権力への勇気ある抵抗を込めて― 5年前
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます