山崎豊子のこの長編小説は、映像化不可能といわれていたが、若松節朗監督は、西岡琢也の脚本を得て、迫力のある壮大な映画に作り上げた。
経営再建などで揺れている、日本航空の内部対立をモデルにしていることで、原作が平成7年に発表されて以来、物議をかもしてきた問題作だ。
完成までの道のりは、いろいろ険しかったが、脚本は20稿を重ね、ようやく原作者のメガネにかなったといわれる。
「カミソリのようなヤワなものではなく、ナタのようなもので原作に切り込まないとダメだ」
そう言って、本作のプロデューサーに、山崎豊子は一貫して強い注文をつけたそうだ。
デリケートな題材を、一つ一つ丁寧に作っていったというが、これまで「贖罪」をテーマにしてきた若松監督のこの作品は、彼の思う「命の尊厳」をいかに描いたか。
考えさせられることは多い。
昭和30年代、巨大企業・国民航空社員の労働組合委員長、恩地元(渡辺謙)は、職場環境改善のため会社に立ち向かった結果、パキスタン、イラン、ケニアといった僻地に転勤を命じられる。
恩地は、任務を果たすため信念を貫き通すが、かつて組合員とともに闘った行天四郎(三浦友和)は組合の弱体化に加担し、エリートコースを歩んでいた。
恩地の同僚でありながら、行天の愛人、三井美樹(松雪泰子)は、対照的な人生を歩む二人を冷静に見続けていた。
・・・そして、行天の裏切り、さらに妻・りつ子(鈴木京香)ら家族と長年にわたる離れ離れの生活・・・。
焦燥と孤独とが、恩地を次第に追い詰めていく。
10年後、本社への復帰を果たした恩地を待っていたのは、国民航空が引き起こした、航空機史上最大のジャンボ機墜落事故であった。
国民航空の立て直しのため、会長に就任した国見(石坂浩二)は、恩地を会長室に抜擢、社内の腐敗を一掃するために立ち上がるが、それは、政界をも巻き込む、終りなき暗闘の始まりでもあった。
日本が経済大国に急成長した、激動の時代を背景に、巨大企業に人生を翻弄されながらも、自らの信念を貫いた男の姿を描く。
原作の刊行からは、10年以上が経っている。
モデルとされる、日航側の協力が得られなかったため、航空機はCGで再現し、台詞にもかなりの修正が加えられたようだ。
この若松節朗監督の「沈まぬ太陽」は、個と社会の複雑なありようにズバッと切り込んで、人間の幸福とは何かを問う、最近では稀にみる骨太の映画になっている。
未曾有の航空事故、政界の汚職などを背景に綴られるドラマの製作意図は、十分伝わってくる。
作者は、主人公の恩地を、不条理を糾したがゆえに周囲から疎まれるという状況の中で、不屈の精神で立ち向かう清冽な企業人として描いている。
この役を射止めるために、主演の渡辺謙は、山崎豊子に直接猛烈なアプローチまでしたと、自身が語っている。
映画では、表裏一体の関係にある恩地と行天、二人の対照的な生き方を軸に、昭和40年代のエピソードが掘り起こされていく。
これは、単に昭和を描いただけの物語ではない。それは確かだ。
大長編を、途中インターミッションを挟んで、3時間を超える作品にまとめ上げる作業は、容易ではなかったに違いない。
大変な、労作であることは認める。
あえて言わせてもらえば、登場人物たちは、ほかに加藤剛、小林稔待、神山繁ら、個性派ぞろいでなかなかの熱演なのだが、時として、彼らの誰もが、精密に操られているロボットのように見える。
気負いすぎ、力みすぎが目立ち、明らかに‘演技’していることがありありだ。
怒りも悲しみも、血の通った、生きた人間の持つ自然体の円さや、柔らかさが感じられず、やたらとぎすぎすしていてきわめて冷静すぎるほどに機械的だ。
大仰な台詞や表情は、それも立派なひとつの演技だが、極端にいうと、伝わってくる感動はどこか白々しく稀薄だ。
それに、企業、組織の中の男たちの生き様はそれなりに描かれてはいても、政界との闇ルートについてはあまり描かれていないし、映像自体にももっと突込みがあっていいのではないか。
そのあたり、不満は残るが、人間の心の慟哭を伝えようとする、この作品の普遍的なセンスには共鳴できるものがある。
索漠とした、希望の見えない現代だからこそと、原作者の言葉にもあるように・・・。
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実際に今、渦中にあるといっても過言ではない企業なだけに・・・。
なかなかに骨太な。
でも、たまたまタイミングが合っただけのようですけど・・・。
まあ、うまいときに公開されたものです。(笑)
映画関係者は、にんまりでしょう。
昨日、映画を観てきました。
あの事故当時は、私はまだ学生でしたがニュース映像や、フォーカスの画像は今でも覚えてます。
最初、原作を読んだ時は日航はなんて会社だ!と思いましたが、よく考えればフィクション。
でも、ノンフィクションのとこもあるし…
長い映画でしたが、個人的には時間の長さを気にすることなく、楽しめました。
・・・500人以上も乗れるジャンボ機、こんなに大きい航空機が、ちっちゃな日本で本当に必要なのでしょうか。
採算が合わないとも言われていますが、いま問題となっている、多くの不要な(?)空港とともに、企業再建に揺れる現実を、国はどういう風に立て直していくのか、大きな難題ですね。
映画のほうは、観客の入りもよいようで、採算の方はどうでしょうか。