清水辰夫の原作をもとに、阪本順治監督が映画化した。
主演俳優の仲村トオルとしては、デビュー25周年の節目にあたる、50本目の作品だそうだ。
ミステリーのような形をとっているが、<過去>と対峙する男の物語だ。
波多野(仲村トオル)は、郷里で塾教師としてひっそりと暮らしていた。
ある日、祖母が危篤に陥りながら、連絡の取れなくなった元教え子のゆかり(南沢奈央)の行方を追って、彼は12年ぶりに東京へ舞い戻ることになった。
波多野は、かつて名門校敬愛女学園の教師をしていた。
その当時、生徒の雅子(小西真奈美)との恋愛がスキャンダルとなって、教職を追われる羽目になった。
彼は、その過去をいまも引きずっているのだった。
ゆかりの暮らしていた、麻布の高級マンションを訪れた波多野は、そこに何者かが物色した痕跡を発見した。
彼は、彼女の失踪の背後に、何か事件が関わっていると感じた。
しかも、彼女は怪しげな男たちからも行方を追われているらしく、何やら得体のしれない危険が迫っていることを感じ取っていた。
彼は、ゆかりの恋人の角田(うじきつよし)と出会ったという、六本木のサパークラブで、自分を学園から追放した張本人の敬愛女学園理事の池辺(石橋蓮司)と出くわした。
・・・12年前、彼は、教え子だった雅子と結婚するも、その後離婚して逃げるように東京を後にしていた。
波多野は、よろよろと自分の体を引きずりながら、雅子の切り盛りしているバーにたどり着く。
長い歳月を経て、二人は再会する。
ゆかりの失踪に学園が関与していることを知り、彼はさらなる事件の渦中に巻き込まれていく。
彼を待ち受けていたものは、別れた妻との再会、そしてかつて自分を追放した名門高校が、教え子の失踪に関与していたという事実であった。
波多野は、忌まわしい過去と決別し、誇りを取り戻そうと、たったひとり事件の背後に潜む黒い陰謀へ立ち向かっていくのだが、12年間の空白といい、二人の間の愛といい、それまでの経緯といい、もっときめ細やかに描かれてもよくはなかったのか。
ドラマとしての構成にも無理があるし、破綻(?)もある。
何やら癖のあるキャラクターをそろえて、ハードボイルドなタッチだが、過去を背負った男女の物語にしては、もっとその深奥に迫ってほしかった。
もっとも、別れた女をいつまでもずるずると吹っ切れない男を演じる主人公の心情も理解できなくはない。
志水辰夫のベストセラー小説の映画化作品で、そのタイトルも「行きずりの街」とくれば期待も高まるのだけれど、この作品はどうも中途半端でいけない。
阪本監督が「魂萌え」で、女性をしなやかに描いてみせたような、あの繊細さはどこへ消えてしまったのか。
原作は、やや感傷に満ちた流麗な(?)一人称の語り口だから、映画の脚色などにも苦心の跡はうかがえる。
プロットや登場人物、事件についての説明も不足気味で、省略もかなりある。
いや、省略というよりは、必要であるべき部分の欠落と言ったらいいか。
それでも、主人公たちの結婚が、何故か不幸な結果に終わった12年前から、長い空白の時を超えて、ほとばしる激情がすべての時間を溶かしてゆくような、最後の結末には言いようのない安堵感がある。
この作品、ミステリーなのか、ラブストーリーなのか。
おそらく、そのどちらでもない。
阪本監督の、気負いばかりがやけに目立つ作品で、困ったことはストーリーの面白さが希薄なことだ。
この映画の主題歌「再愛」、それは人を愛するときに生まれる心の強さを表す「最愛」を示す言葉だそうだが・・・。
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もっとシンプルでよいのでは・・・。って、観もしない私に言われたくはないでしょうけど・・・。
本文でもふれたように、説明描写が不足しているのです。
説明なしで、過去から現在へ、飛躍する人間心理と状況を追うにはよほど卓越した技量や能力がないと・・・。
往年のフランス映画などには、説明のない描写だけでドラマを作り上げる、見事なまでに省略が生きている名画が数多くありましたが、日本映画では、とてもとてもそこまで期待できませんでしょう。