徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「アムール,愛の法廷」―ふとした思い込みが静かな大人の恋を醸成するまで―

2017-07-09 15:00:00 | 映画


 威厳の中、何という人間の優しさをにじませた作品だろうか。
 ある人との出会いが、人を変えたのだ。
 熟年の淡い恋と、重大事件を裁く厳粛な法廷劇という、二つの物語を巧みに絡めて描かれる。

 ヴェネチア国際映画祭で、脚本賞男優賞W受賞した、上質な大人のラブストーリーだ。
 「大統領の料理人」(2013年)が日本でも大ヒットとなった、クリスチャン・ヴァンサン監督が、1992年の監督作「恋愛小説ができるまで」で主役を演じたファブリス・ルキーニへラブコールを送り、およそ25年ぶりにこの組み合わせが実現した。
 主演男優賞ファブリス・ルキーニは、おやおやどこかで見た人だと思っていたら、 「危険なプロット」(2012年)、「ボヴァリー夫人とパン屋」(2014年)にも出演していたではないか。
 このフランス個性派名優とデンマーク出身のナチュラルな美しさが魅力のシセ・バベット・クヌッセンというベテラン女優との共演が、息の合ったところを見せている。
 デンマークを離れ、フランスで演じるのは初めてだそうだ。



ミッシェル・ラシーヌ(ファブリス・キーニ)は厳格で、人間味のない裁判長として恐れられていた。
しかし、ある日の法廷に、担当する裁判の陪審員の一人として、かつて思いを寄せた女医ディット・ロランサン=コトレ(シセ・バベット・クヌッセン)が現われる。
このことがその後の人生を変えることになる。

あの当時受け入れられることのなかった想い、彼女の優しさは医師として患者に向けられたものでしかなかったからだ。
しかし、裁判長の“鎧”をまとったままの場で、再びディットと向き合うことになったミッシエルの審議は、思いがけなくも次第に人間らしさ、温かさを帯びたものへと変わってゆく。
裁判の合間、ミッシェルとディットは逢瀬を重ね、彼の心の変化はやがて彼女の心をも動かし始めるのだった・・・。

厳格で知られる裁判長、ミッシェル・・・。
法廷を離れた彼が、ディットに愛を語る人間味あふれる一面を見せ、判決前に彼が陪審員たちに語る「正義とは何か」が印象的だ。
法廷の模様も入念な取材に基づいて描かれている。

ヴァンサン監督は社会的なテーマとして、どうしても「法廷」を撮りたかったようで、この舞台は、様々な人種、文化、社会問題など交叉しこすれ合う場でもあるからだ。
殺人罪に問われている被告として、貧しい若者が登場し、陪審員として集まった人種も言語も宗教も違う市民たちは、関係者の証言だけをもとに議論を重ね、被告に判決を下すことになる。
法廷描写にもリアリティがあり、一般人が関係者だけを頼りに真実を探りだし、ひとりの人間の有罪か無罪かを決めることの意味を観客に問いかける。

この作品の「法廷」という舞台は、社会の中でも稀な場所であり、仲間内の社会とは正反対の場所だ。
裁判所の中での撮影にこだわったのも、ヴァンサン監督が様々な言語や文化が実存する中で、しかも自らの国フランスを撮りたかったからだろう。
映画を観ているとわかるが、この物語はちょっとした「勘違い」から始まった。
その「勘違い」がふとしたアクシデントのように、愛のテリトリーとして昇華してゆく微妙なプロセスが面白い。
フランス映画「アムール,愛の法廷」は、れっきとした二人の大人が心を通い合わせていく様子が、まるで初恋のように可愛らしく描かれていて、好感が持てる。
名優二人による成長物語だ。
        [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回はフランス映画「パーソナル・ショッパー」を取り上げます。