直球勝負の映画である。
メランコリックで奇想天外なコメディの誕生だ。
人生の機微を露わに映し出していて、小気味の良さが光る。
そして、不器用で毛むくじゃらの愚直な愛が、冷え固まった人の心を溶かしていくような・・・。
それにしても、この作品のポーカーフェイスには参った。
両親とは実に厄介な存在で、人前で気まずい思いをさせられた経験から、ときには息苦しい思いもして、それをこの作品はたっぷりと描き出しているのだ。
ドイツの女性監督マーレン・アデは、毒っ気とヒューマニズムの混ざり合った笑いを込めて、欧州発のほのぼのとした作品を生み出してみせた。
主人公のヴィンフリート(トニ・エルドマン/ペーター・ジモニシェック)は、悪ふざけと変装が好きなドイツ人男性だ。
愛犬に死なれた悲しみを紛らわそうと、娘のイネス(ザンドラ・ヒュラー)が働くルーマニアに行き、迷惑を全く顧みず、娘の仕事場に押しかける。
当然のことながら、父のせいでイネスは仕事をしくじり、父をドイツに追い返す。
父親のヴィンフリートは得意の変装姿で、「トニ・エルドマン」と別名を名乗り、イネスの職場や自宅、レストランに突然現れては悪ふざけをするようになる。
そしてついには、国際企業の最前線で働くイネスが、業務で油田の視察に行くのに付いていくことになるのだが・・・。
トニ・エルドマンと名乗るイネスの父親は、さまざまな珍騒動を引き起こし、物語はどこへどう転がっていくのか全く予想がつかず、観る側は振りまわされっぱなしになる。
といっても、騒々しいギャグの連発があるわけでもなく、悠然としたリズムで、ポーカーフェイスがドラマを真面目くさって引っ張っていくのだ。
とにかく、トニはいたるところに現れる。
気づけばそこにいるといった具合で、イネスがおよそ現われてほしくないと思うところにも現われ、彼女を困らせ慌てさせる。
トニを名乗る父親の出っ歯に見せる付け歯、もっさりした黒髪の鬘の変装など、辛辣だが可笑しくて妙に温かく、心に刺さるものがあっても憎めない。
それにしても、トニはどうしてイネスの居所を正確に把握しているのだろうか。
イネスは、何故最初に迷惑な父親を仕事がらみのパーティーに同行させたのだろうか。
そんなささやかな疑問も浮かぶのだが、映画では説明されない。
多分、トニ・エルドマンに成りすますイネスの父ヴィンフリートは、何らかに手段で彼女の日程や立ち回り先を知り得たのだろう。
マーレン・アデ監督のドイツ・オーストリア合作映画「ありがとう、トニ・エルドラン」は上映時間2時間42分の力作で、中盤ドラマが少しくどいと思われる部分もある。
主演のジモニシェックは名演だし、とにかく俳優陣がみな上手い。
この映画は、グローバル化が進む社会で、人間にとって本当の幸福とは何かを問いかけ、戦後世代の娘と父の関係性を描きながら、孤独、世代ギャップ、価値観の相違、搾取、社会格差といった、ヨーロッパのみならず世界が直面しているる問題まで、さらりと浮かび上がらせている。
現代社会への痛烈なメッセージをも内包していて、間違いなく観客を魅了する作品といえる。
ヨーロッパをはじめ世界中で、40以上もの映画賞に輝いた。
この作品を観て惚れこんだジャック・ニコルソンは、ハリウッド・リメイクを熱望、引退を撤回し、リメイク版で自ら父親役を演じるという話が決まっているそうだ。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回はフランス・ベルギー合作映画「ザ・ダンサー」を取り上げます。