徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「海を感じる時」―愛を知らぬ少女の「女」への痛ましき目覚め―

2014-09-24 13:00:00 | 映画


 1970年代後半、まだ高校在学中に中沢けいが書いた、衝撃の純文学作品が映画化された。
 この小説は「群像」新人賞受賞、当時は一躍話題となり、凄まじい反響を巻き起こした。
 一人の少女から大人の女性へと成長していく、繊細な内面を精緻な描写で抉り、女と男、家族とのつながりを豊かな感性で綴った普遍的な作品として、高い評価を得た。
 その18歳の女子高生が文壇を揺るがしたこの作品を、荒井晴彦の脚本を得て、映画は清々しくも濃密な男女像を描き出していく。

 安藤尋監督は、70年代後半という中途半端な時代の空気を、敢えて現代という設定に置き換えず、当時のままとした。
 それは、まだ微温的で因習的な、男性中心主義的な社会という意識があったからだろう。
 自由な生き方を模索する、ヒロインの焦燥といったものが物語の主調をなしており、男に寄り添っては傷つく女の中で、やがて本当の「女」が目覚めていく姿を、濃密な心理描写で描いて見せるのだ。



恵美子(市川由衣)は、洋(池松壮亮)と高校の新聞部で出会った。

授業をさぼって、部室で暇つぶしをしていた恵美子は、先輩で3年生の洋と顔を合わせた。
そこで、洋はいきなり恵美子にキスを迫り、自分は君が好きなんじゃない、ただキスがしてみたいだけだ、あくまでも女性の身体に興味があっただけで、何も君でなくてもよかったんだと、言い放った。
しかし、恵美子は衝動的に体を預けることになり、次第に洋の正直な態度に惹かれ、すべてを許していく。
だが、洋はそんな恵美子を避けるようになり、恵美子は執拗に追いかける。

幼い頃に父親を亡くし、母親(中村久美)に厳格に育てられ、愛を知らずに育った恵美子は、それでも洋を求め続け、会うたびに自分の体を差し出すのだった。
そんな関係に寂しさを募らせながらも、次第に「女」として目覚めていく自分に恵美子は気づき始める。
・・・月日は流れ、洋は進学のため上京し、恵美子も洋の近くに居たい一心で、東京の花屋で働いていた。
恵美子はどんな形でもいから、洋に必要とされたいと願いながら、彼に寄り添っては傷つき、反発し、求めていくのだったが・・・。

満たされない一途な想いと、むき出しの欲望、もがき苦しみながらもつながっていく、不安定な二人の姿をが描かれる。
立場が逆転した男女の、過去と現在が交互に描かれるが、恋愛というのはいつでも身勝手なものだし、それはいつの時代も変わるものではない。
この作品の中の二人も、それぞれ自由に生きている。
無気力な高校生らと、世俗的なモラルにこだわり続ける母親、自分を束縛するようになった男・・・、そういった世界に対する少女の反発がある。

原作者の作家中沢けいは、いまは法政大学文学部教授で、36年前に刊行されベストセラーとなった原作小説が、いま映画化されることに感慨深いものがあるだろう。
脚本も映画化を待って長いこと眠っていたわけで、ようやく作品が日の目を見ることができたというわけだ。
36年前と今とは、若者たちの性意識もかなりの温度差があるだろうし、女子高生の制服の長いスカート、家庭におかれていた足踏みミシン、女性の下着姿、古い木造アパートも妙に懐かしい。

若手実力派の池松壮亮と、静謐ながらも激しい濡れ場に果敢に挑戦した市川由衣の熱演に、新鮮な驚きを感じる。
難を言えば、役柄もあるが池松はセリフがあまりこなれていない感じで物足りないし、母親役の中村久美のヒステリックは吠えすぎて芝居が過ぎて浮いている感じも・・・。
70年代だから(?)こんなものか。そうではあるまい。

安藤尋監督映画「海を感じる時」は、荒井晴彦(「映画芸術」編集長)の脚本による力も大きいし、映画的な撮り方も、カットを割らなくても場面が持つというように、その場の空気や匂いを繊細にとらえる感覚が功を奏していると言えそうだ。
蛇足ながら、認識不足だったが、女優人生で自身の殻を打ち破って濡れ場を演じた28歳の市川由衣は、デビューして15年、単独映画主役は8年ぶりになるとは知らなかった。
結構な芸歴なのに、器用でなかった自分を振り返る彼女の体当たりの演技は、大きな成長を物語るものだろう。

全編に流れる主題は、心満たされぬ不条理な愛である

70年代を舞台にしているので、あるいは心が折れるかもしれないが、古めかしさには目をつぶるほかない。
大胆なラブシーンが多いが、二人の心情を繊細に活写している。
ヒロインが朝の浜辺で、白い波頭の海と向かい合うラストシーンがいい。

     [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点

   
   * * * * 追 記(朗報) * * * *

河瀬直美監督「2つ目の窓」吉永淳が、サハリン国際映画祭主演女優賞に輝いたのに続いて、またロシアのウラジオストク国際映画祭でも、この作品がグランプリ受賞しました。
快挙です。
河瀬監督作品、海外での評価がやはり高いですね。