韓国の海辺の街を訪れた、同じ名前を持つ3人のフランス女性が繰り広げる、恋のヴァカンスだ。
心ときめくちょっとしたハプニングが、ユーモラスな吐息とともに、ささやかなドラマとなる。
ホン・サンス監督の韓国映画に、フランスの名女優イザベル・ユペールを登場させている。
映画と現実が同化するような、奇妙な楽しみを感じさせる。
でも、この作品は極めて異質で、ホン・サンスという人は、どこまで自由気ままに作品を作り上げれば、気が済むのだろうか。
風変わりな映画作りに、戸惑いと混乱は隠せないが、そこには大人の感覚がある。
この映画は、ひとりの女優に3人の異なる女性を演じさせて、自由奔放だが人生の不可思議な出会いを、いたずらで遊び半分(?)に描いた、憎めないオムニバス作品だが・・・。
初夏のゆったりした時間の流れる、海辺の街モハン・・・。
映画学校の学生ウォンジュ(チュン・ユミ)は、母親と一緒にこの街へやって来た。
そこで彼女は、フランス人女性の“アンヌ”を主人公にした、映画の脚本を書き始める・・・。
青いシャツのアンヌ(イザベル・ユペール)は、有名な映画監督で、友人ジョンス(クォン・ヘヒョ)と、その妊娠中の妻と一緒に、モハンへヴァカンスにやって来た。
赤いワンピースのアンヌ(イザベル・ユペール)は、浮気中の人妻で、夫の留守のうちに愛人の映画監督と会うために、モハンへやって来た。
そして緑のワンピースのアンヌ(イザベル・ユペール)は、夫と離婚したばかりの女性で、韓国人女性に夫を取られてしまった傷心のアンヌを、民俗学者の女友達パク・スク(ユン・ヨジョン)が慰めようとモハンへ連れてて来た。
3人のアンヌは、青、赤、緑の服で認識され、他の俳優たちも違う役で再登場するのだ。
同じアンヌという名前の3人は、それぞれが違う目的でこの海辺の街へとやって来たが、偶然にも同じ情熱的なライフガードと会う。
映画に描かれるのは、灯台のほかにこれといって何もない、異国の地で繰り返される、アンヌの恋のヴァカンスである。
アンヌの言葉は、韓国ではうまく通じない。
韓国語、英語、フランス語と、様々な言葉を使ったコミュニケーションで、言葉以上に想いを伝えようとする登場人物たち・・・。
旅の同行者や、旅先で出会う人たちとの、ぎごちないユーモアたっぷりのやり取り、中でもライフガードとの勘違いやすれ違い、ちょっとしたハプニング、ほのかな恋心が、それらのエピソードを面白おかしく紡いでいく。
遊び心に満ちた、さりげない仕掛けを施しながら、言葉の壁をも乗り越えた軽妙な会話で、ホン・サンス監督はドラマらしからぬドラマを撮っている。
ホン・サンス監督は、ここでは大げさな解釈も大きなメッセージも発せず、シーンのひとつひとつの反復、あるいは短い物語の連鎖にこだわりを見せつつ、3人のアンヌの重層的な物語を、まるでアドリブのように繋いでいくのだ。
奇妙な場所と思える小さな海水浴場で、出演者たちは、撮影直前にしか監督からセリフもストーリーも与えられない。
非常に類似したシーンが別のシーンに登場し、別の場面と呼応するという、それぞれの場面が反復の原理で構成されるという手法は、シンプルで軽妙で生き生きしてはいるのだが・・・。
だが、ロマンティックな出会いさえも、このドラマではかすんで見えるのは何故だろうか。
そうした演出に少し疲れを感じさせる頃に、ドラマは緩やかに終盤を迎える。
イザベル・ユペールが、確固たる足取りで、未知の未来に向かって遠ざかる姿を捉えるラストシーン・・・。
物語全体の構成は撮りながら考えるという、ホン・サンス監督の韓国映画「3人のアンヌ」の中で、主演のイザベル・ユペールは難しい役どころをいとも軽やかに演じているように見える。
ホン・サンス監督が「どういう映画を撮ろうとしているのか、最初は自分でもわからない」と語っているように、やや独りよがりな、作品から感じるこの独自の作風をを理解することは、少々根気も要することだろう。
韓国人監督が韓国で、ひとりのフランス人女優を配置して、韓国映画を撮った。
実験的な作品としての、一風変わった面白さもあるが、ややかったるく、どうにもつまらぬ頼りなさも・・・。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)