徒然草

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映画「最初の人間」―アルベール・カミュ少年期の追憶をたどって―

2013-03-08 22:15:00 | 映画


 「異邦人」「ペスト」「反抗的人間」で知られる、フランスノーベル賞作家アルベール・カミュの未完の遺作が映画化された。
 カミュは、世間には不条理とも見えた、自動車事故で不慮の死を遂げた。
 まだ46歳の若さであった。

 この自伝的小説「最初の人間」の草稿は、彼の生い立ちと思想をうかがわせる、重要な位置を占めているといわれ、2013年カミュ生誕100年記念を記念し、イタリアジャンニ・アメリオ監督・脚本で、重厚な作品として公開された。
 小説の原稿は、事故当時、カミュのカバンの中に入っていたといわれる。










     
1957年初夏・・・。

作家コルムリ(ジャック・ガンブラン)は、老いた母カトリーヌ(カトリーヌ・ソラ)が独りで暮らすアルジェリアを訪れる。
コルムリは、フランス領であるこの地で生まれ、育った。
そこは、独立を望むアルジェリアの解放戦線と、フランスの紛争の真っただ中で、一触即発の状況を呈していた。
故郷の温もりだけはあの頃のままで、いつしか心は少年の日に還っていく。

若くして父は戦死し、厳しい境遇の中で懸命に働き、コルムリを育ててくれた母、敬虔な祖母、気のいい叔父たちがいたが、彼らは文字が読めなかった。
そんなコルムリを、文学の道に誘ってくれた恩師や、アルジェリア人の同級生のことなど、数々の思い出が彼の胸に去来する。
その一方でコルムリは、現実の状況は当時と大きくかけ離れてしまったことを、目の当たりにする。

コルムリの旅は、アルジェリアの貧しい家庭に育った、彼の複雑な生い立ちをたどる。
それは、自分の存在を確かめる旅であった。
その中でコルムリは、フランス人とアルジェリア人の和解のために出来ることは何か、思い悩み続ける・・・。

カミュ原作の映画「異邦人」 (1968年/ルキノ・ヴィスコンティ監督)も、原作とともに異色の衝撃的な作品として、本作「最初の人間」ジャンニ・アメリオ監督)ともども、イタリア人監督というのが面白い。
「今日ママンが死んだ。それも昨日か、僕は知らない」
棺に安置された母の死に顔を無視し、昔なじみの女と一夜を共にし、真昼の海辺で刃物を手に持って襲ってきたアラブ人を、薄れる意識の中で射殺する。
その理由について、陪審員も裁判官も理解できない「それは灼熱の太陽のせいだ」と供述し、死刑判決にも抗わない男ムルソーを描いた「異邦人」(1942年)で、カミュは一躍文壇の寵児となったのだった。
そのカミュの、未完であれ、遺作としての自伝的作品は、文学史的にも貴重だ。
「不条理」「反抗」という言葉を知っていても、民族闘争やテロの吹き荒れるいま、カミュの奥深い思索を知るのもいい機会かもしれない。

ジャンニ・アメリオ監督フランス映画「最初の人間」は、現在(1957年)と過去(1924年)を行きつ戻りつしながら描かれる。
アメリオ監督は、淡々とと時には無表情に、穏やかな語り口でドラマを綴る。
「現在」には、緊迫した空気が張り詰めているが、「過去」には、幼き日の郷愁が詩情豊かに立ちのぼっている。
そして作家コルムリは、焼けただれたバス、死人、爆弾テロの現場を目撃する。
コルムリはカミュ自身だ。

まだ植民地だった頃のアルジェリアで、貧しく育ったカミュの回想録でもある。
アルジェリア人であると同時に、フランス人でもあるカミュの苦悩がのぞく。
だから、声を大にして叫ぶのだ。
「争うのではなく、共存を」と・・・。
そして、生まれ育った風土と人への、とりわけ自分の母への愛を感じさせる作品だ。
特別インパクトの強い、ドラマティックな展開はない。
そういう、自伝的色彩の強い作品なのだ。

南フランスのプロヴァンスに、ルールマランという小村がある。
そこに、村営かと思われる質素な墓地がある。
麗々しい他人の墓の陰に、身をすくめるようにうずくまっている小さな墓石がある。
幅70センチ、縦50センチほどの平たい石で、その表にはただALBERT CAMUS 1913-1960 とだけ刻まれている。
しかも長年の風雨にさらされて、その文字ももはや定かではない。
ノーベル賞作家の墓としては、質素を通り越してあまりにも粗末なものだった。
パリの目抜き通り、モンパルナスの墓地に立つサルトルの墓と比べても、あまりにも貧しいものだ。
カミュの墓に詣でる人の、絶えてないということか。
写真で見る限り、周囲に雑草が生えて、これでは、さながら忘れ去られた無縁仏である。
弱冠43歳でノーベル文学賞に輝いた、戦後文学の寵児カミュの墓にしては、悲しすぎはしないか。
(本文一部、平成17年6月30日付、フランス文学者・大久保昭男氏の朝日新聞記事を参照させていただきました。)

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