徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「汚(けが)れた心」―あの時地球の裏側でもうひとつの戦争が始まっていた―

2012-08-26 12:00:00 | 映画


 戦後70年近くたって光をあてられた、ブラジルの日系移民社会・・・。
 そこには、衝撃的な真実の物語があったことをご存知だろうか。
 日系移民の大半は、第二次世界大戦後のブラジルで、日本が戦争に勝ったと信じきっていた。
 当時のブラジルと日本は国交が断たれており、正確な情報は当地に伝わっていなかった。

 あらゆる情報がデマではないかという疑心暗鬼の中で、日本の戦争勝利を断固として唱え続ける“勝ち組”と、それを信じようとしなかった少数派の“負け組”の人々がいた。
 “勝ち組”の勢力は、“負け組”を汚(けが)れた心を持つ国賊として断罪し、ブラジル各地の日系人社会で襲撃事件を引き起こしていた。
 いわば、分断された日本人移民同士の抗争である。
 このドラマはほぼ日本語だが、資本もロケもすべてブラジル製作の映画で、「善き人」ヴィセンテ・アモリン監督が歴史の暗部に切り込んだ、意欲作だ。

     
サンパウロにある、小さな町・・・。

戦争終結後、多くの日本移民の大半は、日本が戦争に勝ったものと本気で信じこんでいた。
そんな中、日系人コミュニティの精神的リーダーである、元日本帝国陸軍の大佐ワタナベ(奥田瑛二)は、大和魂の名のもとに、裏切り者の粛正に乗り出した。
ワタナベの一派が標的にしたのは、日本が降伏したという事実を受け入れた同胞たちだった。
ワタナベによって刺客に仕立てられた、写真館の店主タカハシ(伊原剛志)は、血生臭い抗争の中で心身共に傷つき、妻ミユキ(常盤貴子)との愛さえも引き裂かれていくのだった・・・。

「皇軍不敗」を信じることの呪縛から、次々と惨劇が起きる。
ここも閉ざされた社会だ。
国賊、国賊とよく言ったものだ。
いま聞いても、この言葉は悍ましい響きを持つ。
それは、汚れた心の持ち主とされた。
日本人を象徴するように、「一億玉砕」という言葉が流行した。
だが、そこから生まれてくるものは、戦争の悲劇が生んだ狂気だけであった。

確かに、この映画には「善玉も悪玉もいない」(?!)
タカハシの葛藤は、もっと強烈なものではなかったのか。
常盤貴子は、ほとんどしゃべらず、セリフも少ない。
脅えきって、硬直したような演技はそれなりに気にもなる。

ブラジルには、当時多いときは100万人を超える日系人がいた。
そんな国で、人々は何を信じ、何を心のよりどころとしていたのだろうか。
登場人物たちは、誰もがそれぞれやりきれない葛藤を抱えて生きている。
遠く祖国を離れたブラジルの地で、日本人移民は日本に帰りたくても帰れなかったのだ。
その厳然たる現実を見つめる時、見ているものにはあまりにも辛い映画だ。

日本は負けた、負けたと言いふらせば、不届きものとして国賊とされたのだ。
それなのに、勝った、勝ったと叫ぶ“勝ち組”は、ごく普通の市民だったということだ。
ヴィセンテ・アモリン監督ブラジル映画「汚(けが)れた心」は、ごく平凡な男タカハシとその妻ミユキのたどる痛切な運命を軸に、その背景となった歴史の真実を炙り出している。
ここにも、戦争の不条理がある。
地球の裏側の、日本から遠く離れた国で、日本人同士が激しい抗争を何年も続けていたとは・・・!
この映画、ブラジル製作で、どうして日本では作られなかったのだろうか。
   [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点