徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

記録映画「マン・オン・ワイヤー」―史上、最も美しい犯罪―

2009-06-28 20:30:00 | 映画

これは、驚嘆の映画だ。
本当にあった話である。
世情の騒然とした60年代の直後、世界は一時退屈で不毛のイメージがあった。
その70年代を思い起こさせるドキュメンタリーだ。
ニューヨークの、いまはなき世界貿易センター(ワールド・トレード・センター)、この二つのタワーの間に、細いワイヤーロープを張って、命綱なしの綱渡りに挑戦した、フランス人青年の実話である。

1974年8月7日の朝、大道芸人フィリップ・プティは、高さ411メートル、地上110階建ての巨大な建物の間にワイヤーを通して、その上を往き来するのだ。
時は、ニクソン米大統領が辞任に追い込まれる前の日だった。
フィリップ・プティは、何と一時間以上もその綱の上を歩き、走り、果ては寝そべったり,ひざまづいたりした。
人々は、誰もが度肝を抜いた。
多くの人々が驚きと喜びをもって、それを見守った。

まさに、信じられないような出来事が本当に起こったのだ!
人は、これを「史上、最も美しい犯罪」と呼んだ。
東京タワーよりはるかにはるかに高い、センタービルの天辺に張られたワイヤーの上で、綱渡りをするのだ。
人間離れした、奇跡である。
それは、狂気と紙一重の、不可能への挑戦であった。
人間が、天界に近づこうとしている。
それは、アクロバットを超えた、厳粛な儀式であり、神への祈りのようにも見えた。
危険きわまりのない、極度の緊張のなかで、フィリップ・プティは笑顔さえ見せる。

仲間や幼なじみ、恋人までが彼に協力を惜しまない。
フィリップ・プティは、これまでも、パリのノートルダム寺院の上で綱渡りを披露したこともあるそうだ。
今回も、この天上的な行為の前に、周到な準備は欠かせなかった。
勿論許可が降りるはずもないから、ひっそり侵入する。不法侵入だ。
それだけで犯罪だ。
しかし、プティの行為は、もう法律の外にあった。

映画は、当時の記録フィルムと、現在の再現映像を組み合わせて、アカデミー賞ドキュメンタリー部門に輝いた。
イギリスのジェームズ・マーシュ監督は、これが長編3作目で、貴重な映像も多く使用されている。
あえて劇中では、2001年9月11日の同時多発テロには触れなかったが、全米の映画賞のほぼ全てを受賞し、それらの映画賞ではその点を評する声も高かったようだ。

ドキュメンタリー映画「マン・オン・ワイヤーは、いやいやどうして不思議なくらい繊細で、ひそやかな感動が残る秀作だ。
舗道に立って、空を見上げる驚きの人たち・・・、天空にかすんで見えるプティの姿がはっきりと、しかしそれは、とても小さく、神々しく輝いているもののように見えた。

これは現代のおとぎ話だ。
人は、いかなるときもチャレンジ精神を、そして友情の尊さ、夢を持つことの大切さを失ってはならない。
観ているものの心を大きく揺さぶるのは、不可能さえも可能にする極限の精神力だ。
地上411メートル、聞いただけでも目もくらむ高さである。
もう言葉が出ない。ため息だけだ。
死と隣り合わせの、これこそが、本当に人生を賭けた綱渡りだ。
美しき自由の伝説、その何という素晴らしさか!