暘州通信

日本の山車

◆不彌國(フミコク)

2018年04月12日 | 日本山車論
◆不彌國(フミコク)

『魏書東夷傳(魏志倭人傳)』の記述には、

「東行至不彌國百里 官曰多模 副曰卑奴母離 有千餘家」

とあって、大意は「奴国(ナコク)(あるいは、伊都國(イトコク)から東へ百里行ったところにあり、
長官は多模(タモ)。
副官は、卑奴母離(ヒナモリ)。
である。
卑奴母離とは、辺境の防衛にあたった、鄙地の防人(さきもり)のことだという。
岐阜県岐阜市に、『延喜式神名帳』に記載される【卑奴母離神社】が鎮座する。
家屋の数は一〇〇〇余である。

その所在地として、
福岡県宇美町の宇美。
福岡県飯塚市穂波。
をあてる説がある。

邪馬壹國(邪馬臺國)の所在地は、この不彌國から、概ね一五〇〇里くらいにあったと推察される。現在の福岡県宗像市から、小倉市。大分県の宇佐市あたりになるのではないかと推察する。

*注
國名および、官名の訓み方は、筆者便宜上の仮称である。