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暘州通信

日本の山車

▲0347 高山警察署T刑事課長と面談

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
▲0347 高山警察署T刑事課長と面談

▲前各項の経緯を経て、三月一九日、中部管区警察局に連絡を取り、事実を告げ、高山警察署の刑事課長には問題解決能力が無いので、しかるべき適切な方法を御考慮いただきたいと少し強強硬に申し入れた。

▲高山警察署の次の対応は早かった。T刑事課長より連絡があり、早速面談を行うアポが取れた。

▲私はこれまでの敬意をまとめ、ホームページにあげていたが、あらたにこれをプリントアウトしてT刑事課長に送付。約束どおり五月一二日、月曜日に面談できた。

▲0346 中部管区警察局に問題を報告

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
▲0346 中部管区警察局に問題を報告

▲平成二五年三月、岐阜県と高山市の対応について中部管区警察局に再度方向区を行った。

▲中部管区警察局のO氏は、即岐阜県に連絡をお取りくださった。

▲約三ヶ月待ったがまったく音沙汰なし。六月一九日に中部管区警察局に連絡。

▲高山警察署では依然として無回答。

▲九月下旬、中部管区警察局に連絡。

▲しばらくして高山警察署I刑事課長より電話があった。積雪時期前の面談を申し入れ、了承を得たがその後もまったく音沙汰なし。

▲十一月下旬、中部管区警察局に連絡。ようやくI刑事課長と連絡が取れ12月3日の午後に面談。しかし、その後の進捗はまったくなし。

▲年も変わって、本年三月一九日に高山警察署に連絡ようやくI刑事課長と連絡が取れたものの、辞令が出て、高山市を離れると告げられ、後任の紹介も無かった。

▲0345 中部管区警察局に問題を報告

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
▲0345 中部管区警察局に問題を報告

▲平成二五年三月、岐阜県と高山市の対応について中部管区警察局に再度方向区を行った。

▲中部管区警察局のO氏は、即岐阜県に連絡をお取りくださった。

▲約三ヶ月待ったがまったく音沙汰なし。六月一九日に中部管区警察局に連絡。

▲高山警察署では依然として無回答。

▲九月下旬、中部管区警察局に連絡。

▲しばらくして高山警察署I刑事課長より電話があった。積雪時期前の面談を申し入れ、了承を得たがその後もまったく音沙汰なし。

▲十一月下旬、中部管区警察局に連絡。ようやくI刑事課長と連絡が取れ12月3日の午後に面談。しかし、その後の進捗はまったくなし。

▲年も変わって、本年三月一九日に高山警察署に連絡ようやくI刑事課長と連絡が取れたものの、辞令が出て、高山市を離れると告げられ、後任の紹介も無かった。

▲0344 岐阜行政評価事務所の回答

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
▲0344 岐阜行政評価事務所の回答

▲岐阜行政評価事務所の職員は富田と名乗られた。

▲岐阜行政評価事務所の回答は平成二五年三月にあり、
①高山市営・長尾地区土地改良事業
②高山市営・長尾畑地総合整備事業
 それぞれの事業は、高山市にも岐阜県にも保存文書がまったく無いので着手しようにもできない。
 との回答だということであった。

▲私が提出した文書一式も無断で処分されたらしい。

◆0343 申し入れには資料と文書を提出

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0343 申し入れには資料と文書を提出

▲岐阜行政評価事務所への申し入れの趣旨は、

① 高山市営・長尾地区土地改良事業
② 高山市営・長尾畑地総合整備事業
 という二件の土地改良事業について、
③高山市営・長尾地区土地改良事業地内には、いまだに
 未換地の土地があること。
 登記に誤りがあること。
④高山市営長尾畑地総合整備事業は、
 事業が開始されたものの途中で投げ出されたまま事業が完了していない。
 市道となる位置に道路が建設されていない。
 などの問題があること。
⑤岐阜県はいずれも、はじまりは岐阜県営事業であることを認めたものの、その【施行責任は、いずれも事業移管した高山市にある】と伝え、現在は高山市が事業主体として責任がある。
⑥上記 ①乃至⑤について適正に事業を完了せよ。

 というものであった。

◆0342 岐阜行政評価事務所に問題解決をお願いする

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0342 岐阜行政評価事務所に問題解決をお願いする

▲……高山市からは何の音沙汰もない。
高山市も土野守高山市長、助役梶井正美らは、すでに去り、職員も新しくなっていたが、市政の業務体質は、変わることなく以前のままの怠惰で頽廃的な気風があとを曳いている。

▲もう高山市には問題解決の意思が見られないことから、平成二十二年の秋、【岐阜行政評価事務所】に事実を告げ、善処をお願いすることにした。


◆0342 岐阜行政評価事務所に問題解決をお願いする

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0342 岐阜行政評価事務所に問題解決をお願いする

▲岐阜地方裁判所民事部につづいて、岐阜県庁からの連絡を受け、
① 高山市営・長尾地区土地改良事業
② 高山市営長尾畑地総合整備事業
 の二件の土地改良事業については、高山市に責任があることがわかりました。高山市にはずいぶん長いあいだだまされ続けてきたことになる。

▲岐阜県庁からも指示のあったの二件の土地改良事業をきちんと完了してもらうべく、高山市の農務課に出向き、藤本課長、上垣内職員に申し入れを行った……

▲職員らは岐阜県庁からも指示があったといい、私の申し出の趣旨を理解し【善処を約束】したのだったが……

▲今に至るもまったく着手しようとしない。

◆0341 高山市の対応

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0341 高山市の対応
 
 岐阜地方裁判所民事部につづいて、岐阜県庁からの連絡を受け、
① 高山市営・長尾地区土地改良事業
② 高山市営長尾畑地総合整備事業
 の二件の土地改良事業については、高山市に責任があることがわかりました。高山市にはずいぶん長いあいだだまされ続けてきたことになります。
 岐阜県庁からの二件の土地改良事業をきちんと完了してもらうべく、高山市の農務課に出向き、藤本課長、上垣内職員に、それぞれの土地改良事業関係書簿の写しを渡し、責任を取るように伝えました。このとき、職員らは岐阜県庁からも指示があったといい、私の申し出の趣旨を理解し【善処を約束】しましたからその確認を得て帰宅したが……

◆0340 高山市の責任

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0340 高山市の責任

▲ここまで、
① 高山市営・長尾地区土地改良事業
② 高山市営長尾畑地総合整備事業
 という二件の土地改良事業について述べてきた。

▲①の高山市営・長尾地区土地改良事業地内には、いまだに
 未換地の土地が七ケ所あること。
 登記に誤りがあること。

▲②の高山市営長尾畑地総合整備事業は、
 事業が開始されたものの途中で投げ出されたまま事業が完了していない。

▲市道となる位置に道路が建設されていない。
 などの問題があります。岐阜県はいずれも、はじまりは岐阜県営事業であることを認めたものの、その【施行責任は、いずれも事業移管した高山市にある】と伝えてきた。

▲これを受けて、高山市役所に出向き、藤本農政課長、合併前まで清見村の職員だったという上垣内職員に、是正のための資料一式を渡して是正を申し入れた。
 

◆0339 追放された森ノ本一雄神官

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0339 追放された森ノ本一雄神官

▲長尾畑総(高山市営長尾畑地総合整備事業)地内に高山市道を建設するため、雇われて神社に出入りしていた無権の森ノ本一雄神官と、一民間人である山本正樹の間で、神社の境内地を分割し、売買したことは、【神社庁】の知るところとなったようです。
 
▲まもなく森ノ本一雄神官は、住居を取り上げられ、所払いとなって追放された。その居所は西之一色地区が拠金して立派な私宅があたえられていたが、森ノ本一雄神官が退去した後は取りこわされた。

▲しかしこれに関与した高山市職員の洞口正秋と、民間人山本正樹についてはまったくお構いなしのままとなっている。

▲建設予定の高山市道はこうして建設されることなく現在に至り、用地の取得費はT県議会議員、高山市職員洞口正秋、山本正樹らが着服するところとなったようです。
 この件もなぜか? 岐阜県警、高山警察署が動くことはまったく動くことはありませんでした。

◆0338 【中華料理店 株式会社 東陽】が農地を買う……?

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0338 【中華料理店 株式会社 東陽】が農地を買う……?

▲長尾畑総(高山市営長尾畑地総合整備事業)がおこなわれていたころ、名古屋市中区栄三丁目で、中華料理店を経営していた、【株式会社 東陽】 は高山市内に投資不動産を物色しており、この情報をつかんだ高山市議会議長・柿本伝助は、高山市内の有楽町で、不動産業を経営していた息子の柿本太久治(かきもとたくじ)に、この話を斡旋し、土地改良事業中の農地を名古屋市の事業経営者に売却するという普通だったら考えられない、【農地法違反行為】 が行われた。

▲この売買にあたり、名古屋氏中区上前津に支店のある【住友銀行】 は、【株式会社 東陽】 に対し、農地取得のため融資を行い担保を設定した。

▲農協でもない普通銀行が農地取得に融資するなどは、おそらく銀行法違反であろう?

▲ これについても高山警察署はまったくの頬かぶり……?

▲長尾畑総(高山市営長尾畑地総合整備事業) は、この機に頓挫。事業は停止してしまった。

▲長尾畑総の事業は完了しておらず、換地処分も行われていませんから、
【株式会社 東陽】 が買い受けた農地の換地処分も行われていないので、換地が確定していない。

▲しかも、【株式会社 東陽】が買い受けた範囲の土地は公道に出る道がない、【袋地】 で、前記の高山市道が建設されなければ出入りできない。

▲柿本太久治は、その後自己破産して行方不明となってしまった。

◆0337 道路用地が果樹園に……?

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0337 道路用地が果樹園に……?

▲花里八幡宮の旧境内地の所有権は、いうまでもなく、花里八幡宮にあるが、神官は不在で、登記済証の所在などは不明です。このため、保証書を作って所有権の分割と、移転を行ったようで、当事者は。売主が、東照宮の神官森ノ本一雄。買主が高山市。担当者が高山市洞口正秋。売買契約買主代理人が、山本正樹。

▲土地代金は文書が公開されないので不明だが、高山市の担当者は黙認。森ノ本一雄と山本正樹のあいだで売買契約が締結され、岐阜県の補助金から土地代金が支払われた。

▲買主は高山市となるはずだが、土地改良事業注の従前地ということで、高山市への所有権移転は行われず、換地処分により、高山市に換地されるはずであった。

▲長尾畑総(高山市営長尾畑地総合整備事業)は、いまだに放置されたまま。事業が完了しておらず、換地処分が行われていないため、所有権は仮に登記した山本正樹のままとなっていて、
山本正樹はこの土地にりんごの木を植えて果樹園の一部にしている。

◆0336 花里八幡宮旧境内地の所有権移転の謀略

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0336 花里八幡宮旧境内地の所有権移転の謀略

▲ 【花里八幡宮の旧境内地の所有権】は、現在の花里町に鎮座する 【花里八幡宮】 にあるが、当社は現在も神職が不在です。昭和中期ころから、当該、氏子産土の地は、次第に人家が建ちはじめ、その土地域には現在は数百戸以上の民家がたちならぶまでに発展した。当然ながら、新築の地鎮祭、地域の結婚式、出産の安産祈願、宮参り、七五三、例祭、年末・年始のお参りと神社の齋事も賑やかに行われるようになってきた。

▲このような神社齋事には、もう、當屋の手に負えなくなってきて、花里地域の西にある東照宮の神官が出張してきて代理神官をつとめていたという。

▲この神官は【森ノ本一雄】といい、花里八幡宮に雇われて出入りするうちに、次第に神社の事情に通暁するようになったが、西之一色地区で果樹園を営んでいる山本正樹は、長尾畑総(高山市営長尾畑地総合整備事業)に建設される市道が建設されれば、もっともその恩恵を受けることになることから、事業の進捗には積極的に働いていたようあるが、この山本正樹が東照宮の神官である森ノ本一雄にもちかけたのが【花里八幡宮旧境内地の所有権分割と移転】だった。

◆0335 【花里八幡宮】の境内地の無断処分

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0335 【花里八幡宮】の境内地の無断処分

▲【花里八幡宮】 の旧境内地は、大八郷三福寺地区にある【三佛寺城(一名、鍋山城(なべやまじょう)】 のあった地を含めかなり広範な地域にわたっている。

▲この城が落ちたとき、幼い姫君を抱いて逃れた乳母は比丘尼となって、南にある鎌倉街道の南麓で、餅を売って姫を育てましたが、長じてたいへんな美女として通行する人たちの口の端にのぼるようになりました。はじめはここを比丘尼坂とよんでいましたが、のちには【美女峠】とよぶようになったという。

▲花里八幡宮の祭礼は、旧暦の九月十五日だったが、この日はふたりほどの當屋のかたが、旧境内地の御旅處まで、榊(そよご、飛騨地方の方言ではしょうごい))をもって参拝されるのが常であった。

▲長尾畑総(高山市営長尾畑地総合整備事業)地内に道路を通すため【花里八幡宮】 の境内がかかる事になった。
 幅員四メートル、長さ八五メートル、地積三四〇平方メートルの花里八幡宮の境内地が道路となるため、
 越後町九九〇番地が分割(分筆)され
  越後町九九〇番地の一
  越後町九九〇番地の二
 となった。
 この、越後町九九〇番地の二、が高山市道となる予定道路地になる。

▲ところが、【所有権移転登記原因は売買】となっているのは、たいへん不可解です。神官のいない神社の土地を売ったのはいったいだれでしょうか?


◆0234 【花里八幡宮】の境内地の無断処分

2014年05月16日 | 土地改良事業の不正
◆0234 【花里八幡宮】の境内地の無断処分

▲【花里八幡宮】 の旧境内地は、大八郷三福寺地区にある【三佛寺城(一名、鍋山城(なべやまじょう)】 のあった地を含めかなり広範な地域にわたっている。

▲この城が落ちたとき、幼い姫君を抱いて逃れた乳母は比丘尼となって、南にある鎌倉街道の南麓で、餅を売って姫を育てましたが、長じてたいへんな美女として通行する人たちの口の端にのぼるようになりました。はじめはここを比丘尼坂とよんでいましたが、のちには【美女峠】とよぶようになったという。

▲花里八幡宮の祭礼は、旧暦の九月十五日だったが、この日はふたりほどの當屋のかたが、旧境内地の御旅處まで、榊(そよご、飛騨地方の方言ではしょうごい))をもって参拝されるのが常であった。

▲長尾畑総(高山市営長尾畑地総合整備事業)地内に道路を通すため【花里八幡宮】 の境内がかかる事になった。
 幅員四メートル、長さ八五メートル、地積三四〇平方メートルの花里八幡宮の境内地が道路となるため、
 越後町九九〇番地が分割(分筆)され
  越後町九九〇番地の一
  越後町九九〇番地の二
 となった。
 この、越後町九九〇番地の二、が高山市道となる予定道路地になる。

▲ところが、【所有権移転登記原因は売買】となっているのは、たいへん不可解です。神官のいない神社の土地を売ったのはいったいだれでしょうか?